二章
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「めいじ……それがなまえさんのいた時代の名前ですか?」
隣にいる利吉くんがこちらを覗きこむ。あれからどういうわけか彼は毎日学園に通ってくれていた。今日も朝早くから私に付き合って図書室に籠もってくれていて、売れっ子忍者の貴重な時間を奪ってはいないか心配になる。
「ううん、私がいたのはもっと先。明治は私が生まれる130年くらい前の時代だよ。」
「え、それでは日記の為に向こうの世界に帰ったとしても元の時代である保証はないのでは……?」
「……困った事にその通りなんだよね。何にせよ全部私の予想だから確信めいたことは何も言えないんだけど。」
眉を下げて見せると彼は涼しげな瞳に心配の色を滲ませた。恐らく私の行く末を案じてくれているのだろう。やはり利吉くんは山田先生に似てとても優しい。
「大丈夫だよ。とりあえず今はお目当ての山寺探しに専念しないとね。」
「あ、その事なんですが……。」
「うん?」
再び書物と向き合おうとすれば利吉くんが懐から折り畳まれた紙を取り出した。机に広げられたそれに視線を落とすとどうやら簡易的な地図のようで離れた箇所にいくつかバツ印がつけられている。
「なまえさんの証言と似通った点のある山寺を個人的に調査したものです。今のところ三軒のみですが……一番近い場所に午後から行ってみませんか?」
「え、これ……利吉くんが調べてくれたの?」
「は、はい……任務の合間に少しだけ。」
すごい。学園にも通ってくれてるからあまり暇はないはずなのに。彼の優秀さに思わずほうと息を吐いていると「ご迷惑でしたか?」と焦りの混ざった声が耳に届いた。
「ううん、すごく嬉しい。ありがとう。」
胸がいっぱいになって笑みを零すと利吉くんが照れたようにはにかむ。大人びてると言えど緩んだ表情はやはり年相応で、その可愛らしさに目を細めながら地図に向き直った。
「私も丁度現地調査してみたいと思ってたところだったの。でも一人で勝手に行くわけにもいかなくて。」
「そうだと思いました。なので是非私にお供させてください。一応父上に許可は頂いてきてますので。」
さすがに仕事が早い。あっという間に話が進んでいくなあ。土地勘もない私がみんなのいない間に迷子になって危険に巻き込まれでもしたら目も当てられないと躊躇っていた外出。それがいとも簡単に叶ってしまいそうだ。
「それじゃあお願いしてもいい?二人分のおにぎり握っていくから準備にちょっと時間かかるかもしれないけど……。」
「勿論です。私も一緒に用意しますから昼前にはここを発てるでしょう。」
「え、でも。」
予想外の申し出に戸惑っていると彼はそれを見越していたかのように微笑んだ。その瞳の奥に灯っている熱に捉えられきゅっと喉が締めつけられる。
「私がそうしたいので。どうか手伝わせてください。」
「……わかった、ありがとう。」
一歩も引かないといった力強い懇願に為す術なく頭を縦に振る。砂糖菓子程の甘さが彼の声色に含まれる度言い知れない不安に襲われ、遠ざけたい現実に最近は怯えるばかりだった。もうこれ以上、大事な物を増やすわけにはいかないというのに。
逃げるように窓の向こうへと視線を移せば八月下旬の太陽がじりじりと地面に照りつけている。きっと道中は図書室の数倍暑いだろう。大目に水分を持って行かないと。
わざと自身の思考を止めて意識を外に集中させる。こんな誤魔化しはその場しのぎだと理解していても今はこの愚かしい行為に縋る他なかった。