二章
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お風呂を済ませて縁側に腰かける。夜の風は段々秋を思わせるものになっていてもうすぐ夏も終わるのだと季節の移ろいを感じた。
学園内はすっかり空っぽの状態でぽつんとした寂しさが胸に広がる。明日からはいよいよ一人だ。孤独に負けないように気を強く持たなくちゃと頬を叩いて自分自身に言い聞かせた。
「なまえさんお邪魔しまーっす。」
「きり丸くん。」
「こんばんは、ご一緒してもいいかな?」
「ええ、こちらにどうぞ。」
今学園に残っているのは私を除けばきり丸くんと土井先生だけ。どうやら二人は最後の夜だからと私を気遣って来てくれたらしかった。私の右隣に陣取ったきり丸くんが「土井先生はそっち」と何故か私の左を指定する。先生は一瞬苦い顔をしてやれやれと言葉通りに腰を下ろした。
「今日の昼誰か来てませんでした?」
くりくりとしたつり目が無邪気にこちらを覗きこむ。きり丸くんは午後から内職に精を出していたようで訪問客の正体まではわかっていなかった。
「うん、山田先生の息子さんがね。夕方頃先生も一緒にお帰りになったよ。」
「ああ、利吉くんでしたか。それは私も会いたかった。」
残念そうに肩を竦める土井先生は今日一日所用で外に出ていた。利吉くんとはすれ違いで帰ってきたから顔を合わさなかったのだろう。
「男前だったでしょう。」
不意に先生に聞かれて彼のことを思い浮かべる。確かに容姿端麗で噂通りの素敵な人だった。
「そうですね、くのたまの子達の憧れの的というのも納得でした。また近い内に学園に寄ると約束してくれて、本当に心配りの出来る優しい人だな、と。」
「え、それは……利吉くんの方から?」
一瞬土井先生がどの部分を差しているのか判断に迷ったが恐らく約束のくだりだろうと見当をつけて素直に頷く。
「ええ、私が一人になるのを気遣ってくれたのかまた会いに来てもいいかと聞いてくれました。」
「それでみょうじさんは何と……?」
「?話し相手になってくれる人がいると嬉しいと、そう答えましたが……?」
根掘り葉掘り聞かれている意図が読めず首を傾げる。先生は私の返答を受けて「そうですか……」と何やら考え込んだ。
「あの、土井先生?」
「あ、ああ!いや失礼。利吉くんは本当に優しいでしょう。私も兄のような心持ちでいるので鼻が高いです。」
そういえば土井先生は以前山田先生のところにお世話になってたんだっけ。利吉くんともその頃からの付き合い。成る程、兄弟のような関係になるのも納得だ。
少し愛しさを含んだ土井先生の表情に利吉くんとの仲の良さが窺えた。
「ええ本当に。ですが土井先生もお優しいですよ。」
「えっ?」
わざわざ会いに来てくれたお礼も兼ねて思ったことを口にしてみれば何故だか彼は肩を跳ねさせた。心なしか顔も赤い。褒め方が直接的過ぎただろうか。確かに本心といえど不躾に感じる人もいるかもしれない。今後は気をつけようと頭の中で反省して再び意識を彼に戻した。
「や、優しい?私が?」
「はい。きり丸くんもですけどこうして会いに来てくださってるしいつも気にかけて頂いてるし。土井先生の優しさに日々救われてますよ。」
「いやそんな!私はその、特に大したことは……!」
彼がしどろもどろになっているのはどういうわけなんだろうか。もしかしたら褒められ慣れてないとか。そうだとしたらかなり可愛い。年上の人にこんなことを思ってしまうのは失礼千万なんだけれど。異様な慌てっぷりに吹き出してしまうと赤く染まった彼も夜の闇の中でつられて笑ってくれた。瞬間、二人で手を繋いでお酒を煽った日のことが思い出される。
「あのー、僕お邪魔っすかね?」
隣からきり丸くんの声が聞こえてさらに大げさに土井先生の肩が跳ねた。きり丸くんはいつ会話に入ろうかとタイミングを見計らってくれていたようで若干呆れている。
「ごめんね、きり丸くんも一緒にお話ししよう?」
「いいんすか?僕としては二人のこと見てるだけでも面白いんすけど。」
「こら、きり丸!」
にんまりと楽しげに口角を上げる彼を土井先生が真っ赤になりながら咎める。きり丸くんは「余計なことをは言いませんから」と意味深な言葉を残してぴとりと私にくっついた。
「どうしたの?」
「いや、へへ。嬉しいっす。」
じっとこちらを見上げてくるのが可愛くて頭を撫でればふにゃりと彼の顔が綻ぶ。こんな風に手放しで慕ってくれる子がいるなんて。ありがたいという気持ちに少しの寂しさが混ざって喉の奥がぐっと詰まった。
「二人の相性悪くないと思うんだけどなぁ。」
「き、り、ま、る……!」
「すんませんって。まだ何も言ってないっすから。」
土井先生から逃げるためにきり丸くんが私の陰に隠れる。先生の目をちらりと覗くと彼は私を前にう、と唸った。行き場を失くした拳骨がへなへなとおさめられていく。
「……程々にしなさい。」
「へーい。」
「返事ははい!」
まるで親子のような二人のやり取りにくすくすと笑いが零れた。今日という穏やかな夜がずっと続けばいいのに。そんな途方もないことを願ってしまう程今の空気感が心地良い。
いっそこのまま時間が止まってしまえば。あり得もしない夢物語に期待してしまう自分がいた。
駄目だ、しっかりしないと。どれだけ胸が重くなっても現実は変えられない。明日も明後日も、ちゃんと地に足をつけて生活をしていかなければならないのだから。例えいつか消えてしまう身だとしても。
小さく首を振って再び自分を奮い立たせる。大丈夫、きっと一人でも泣かないでいられる。
賑やかな土井先生ときり丸くんの会話にそっと耳を澄ませた。愛のある会話が温かい。二人から元気をもらった私は久しぶりに前向きな気持ちを取り戻し、無事新学期を迎えられそうな気がしていた。