寮
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すぐに了承の返事が来た。誰もいなくなった共同スペースの椅子に座って、緊張しながら待っている。瀬呂くんが今日一日どんな顔をしてたのか、全然わからない。後ろめたさで見ることができなかった。呆れられただろうか。嫌われたかもしれない。
受けなきゃいけない報いだと頭ではちゃんと理解してるつもりだった。けど、彼に見放されることが今こんなにも怖い。冷たい指先を誤魔化すように拳をぎゅっと握った。
瀬呂くんは何分も経たないうちに部屋から降りてきてくれた。彼が黙って私の前に座る。どこか重苦しい雰囲気に気まずくなる。それでも、私が言うべきことは一つだ。
「……ごめん、なさい。」
勇気を振り絞って出した声は思ったよりもか弱くて震えていた。恐る恐る顔を上げると瀬呂くんと目が合う。その表情にいつもの笑顔はなく、彼はじっと私を見つめていた。
瀬呂くんなら許してくれるんじゃないかって、どこかで期待してる自分がいた。でもそれは完全に甘えだった。今無言で座っている彼を目の前にして、自分の愚かさを思い知る。
「それは何に対しての謝罪?」
初めて聞く冷たい声。体が強張っていく。
「心配してくれてるの分かってたのに黙って爆豪くんのとこ行って……勝手なことしたこと。」
「俺に止められるって思った?」
図星だ。何でも私のことがわかってしまう瀬呂くんにはとっくに思考が読まれていて、不満そうな顔が私を刺した。
「……正直ちょっと怒ってるよ。」
「ごめんなさい……。」
「何が気に食わねえって俺に相談もせず轟達頼ったとこ。いやわかるよ?みょうじが爆豪助けたかったのも俺が無理矢理引き留めるかもって危惧したのもさ。でも一言くらい言ってくれても良くねえ?」
冷静だけどその口調はかなり厳しくて。何も言うことができずにぐっと唇を噛む。傷つけたのは私なんだから、泣いちゃいけない。
「まあでも何に一番怒ってるかっつーと、頼らせらんなかった自分に一番腹立ってんだよ。」
「え……。」
ため息交じりで瀬呂くんから零れたのは予想外の言葉で。私の驚いた様子を見て彼は口を尖らせた。
「俺がもっとちゃんとしてたらみょうじも頼ってたでしょ。」
もっとちゃんとしてたらなんて。そもそも瀬呂くんには十分すぎるくらい助けられてる。彼が自分を責める必要なんて全くない。
「そんな。だって今回のは完全に私が悪くて。その、瀬呂くんに言わなかったのも……止められるかもっていうのと他に、あの、これ以上迷惑かけられないと思って……。」
はあー、と今度は深いため息を吐かれる。さすがに嫌われたかもと身構えていると突然右手を握られた。びっくりして瀬呂くんを見ると彼は不機嫌そうな声をあげた。
「まァだ伝わってないの!」
「え。」
「ちゃんと話してほしーつったの!迷惑だなんて全然思わねーしそもそも迷惑かけていいっつってんの!」
「え、あ。」
どうやったら伝わんの!?と少々キレ気味だ。私の右手を握ったまま頭を抱えてしまった。
「人に頼るとかそういうの慣れてねーのもわかっけどさ。もう伝わるまで何度でも言うけど、俺は聞きたいんだよなんでも。みょうじのことなら全部。今回の件も、ちゃんと聞いた上でみょうじがほんとに行きたいってんなら止めなかったよ。」
不服そうな顔の瀬呂くん。ああそうだ。いつだって彼は私のことを大切に考えてくれてる。散々助けられてきたのにその気持ちを無視して傷つけた。彼は遠慮されるのなんて望んでなかったのに。勝手な解釈をして瀬呂くんを遠ざけた自分を、ひどく恥ずかしく思った。
「そう、なのか……。」
「いや、場合によるけどな。普通にあぶねーし。」
「そ、そうだよね。」
どこか納得していると間髪いれずに突っ込まれる。それはそうだ。瀬呂くんはいつも心強い味方だけど、私の意見を肯定してくれるだけの存在じゃない。心配だってしてくれるし、間違ってたらこうやって怒ってくれる。改めてちゃんと話しておけばよかったと後悔する。
「……こっから先は俺の我儘の話なんだけど。轟と切島だけに話してたのすげー嫌だったわ。みょうじが一番に頼るのは自分だって勝手に思っててさ。正直かなり妬いた。」
「え、と。二人は本当に誘ってくれただけで口止めしてた私が悪くて……。」
「それそれ。何も知らねーで蚊帳の外だったのがすげえ悔しいんだよ。で、そんなちっちぇー自分にもムカついてんの。」
「……ごめん。」
「や、これは俺の問題だから謝んなくていーの。」
握られてた手が離されて、代わりにポンポンと頭を撫でられた。段々いつもの瀬呂くんが戻ってきて、ずるい私はそれが嬉しかった。
「あの、改めて本当にごめんなさい。今後は勝手に危ないことしないし、ちゃんと相談もする。それで、その。これからも瀬呂くんのこと頼っていい……?」
「ん、よくできました。いいに決まってんでしょ。自分の事ちゃんと大切にできますか?」
「はい……。」
「俺が言ってたちゃんと全部の手掴めるようになるってーのは、色々すっ飛ばして無茶していいって意味じゃないのはもう理解してる?」
「うん。」
一つ一つ、丁寧に確認してくれる。まるで先生みたいだ。瀬呂くんのこの優しさに、何度だって救われる。
「もう絶対危ねーこと一人でしないって約束して。ほんと毎回心臓止まっから。」
「……約束する。」
「んじゃ、はい。」
目の前に小指が差し出された。戸惑いながらもそれに自身の小指を重ねる。指切りの誓いを立てると、よくできましたと言って彼は悪戯っぽく笑った。子ども扱いされてる気もしたけど久しぶりに話す彼との空気が嬉しくて、私もつられて笑ってしまった。
「あの、瀬呂くん。本当にちゃんと反省もしてるし今後危険なことする気もない。から、ちょっと言いにくいんだけど。」
いつもみたいな朗らかな雰囲気に戻って、他に伝えたかったことを思い出した。もちろん今回のことを正当化するつもりもないし、散々私を心配して叱責してくれた彼に言うべきことではないのかもしれない。それでも彼は何でも聞きたいって言ってくれたから。その言葉に甘えて話してみることにした。
「あの夜、瀬呂くんのおかげで爆豪くんの手掴めたの。私にも人を助けられるんだって、実感できた。こんなこと言ったら怒られるかもだけど、病院で瀬呂くんがちゃんと気づかせてくれたから、爆豪くんのこと助け出せたしヒーロー諦めないですんだ。……その、だからありがとう。」
深々と頭を下げると彼は腕を組んでちょっと考えた後、観念したように口を開いた。
「……まあ無事に戻ってきてくれたし、お役に立てたんならよかったけどね。俺との会話が原因で爆豪のとこ行くの焚きつけちまったんじゃねーかって責任も感じてたよ。」
「いや、ほんとに私が勝手にしたことだから。瀬呂くん悪いとこ一つもないから……。」
慌てて彼の言葉を否定する。言うまでもなく全部私が悪い。瀬呂くんは焦りすぎと言って少しだけ笑った。
「まあそう言ってくれんなら俺もさっさといつもみてえに戻りてーから。避けんのやめてもらえますか。」
「……ばれてましたか。」
「バレバレだわ。気まずいのもわかるけどさ、話せないのほんときついから。あからさまに顔逸らすのとかやめて。心にクる。」
「う、ごめんなさい。」
本日何度目かわからないごめんなさいを零す。するともういいよと言って瀬呂くんが私の髪を撫でた。待ち望んでいた穏やかな時間。ようやく日常が戻ってきた気がした。
「そういやさ、部屋誰に投票したん?」
「え?」
「砂糖に票入れてなかったのみょうじだろ?」
「……何で知ってるの。」
瀬呂くん曰く雰囲気でわかったらしい。砂糖くんに入ってたのは5票。全部が女子票だと三奈ちゃんが言っていた。梅雨ちゃんのけてあの場に女子は6人だった。誰が誰に投票したかは発表されてなかったしばれないと思ってたんだけどなあ。やっぱり瀬呂くんは鋭い。
「で、誰に投票したの。」
「言わなきゃ駄目?」
「んー、聞きたいなあ。」
ちょっとニヤニヤされる。これ瀬呂くんわかってて言ってるでしょ。逃げられないと観念して正直に白状することにした。
「……瀬呂くんに、入れた。」
「お、やっぱり。あの部屋気に入った?」
「……正直かなり好みだった。なんか、その、瀬呂くん意地悪してない……?」
「ま、散々心配させられたんでね。このくらいはいいかなって。」
「それを言われるともう何も言えない……。」
楽しそうな顔の瀬呂くん。やっぱり彼のこと怒らせちゃだめだなあ。熱くなった顔を両手で抑える。
「水族館で買ったやつ、飾ってくれてたな。」
「う、やっぱ見られてた。」
「いやあれすげー嬉しかったわ。にやけるの我慢してたもん。」
「……瀬呂くんの部屋にはなかったね。」
あまりにからかわれるのでせめてもの抵抗。あと若干気にしてたこと。瀬呂くんの部屋にぬいぐるみがなかったこと。正直結構ショックだった。でも彼の余裕の表情は全然崩れてくれなくて。いつもみたいに飄々と答えられる。
「万が一のために鞄に隠しといた。さすがに同じもん持ってたらデートしたのばれるっしょ。」
なるほど。本当にぬかりない。多分私が質問攻めにあわないよう配慮してくれたのもあるだろう。自分だけが大事にしてたのかもとかいう不安は一瞬で吹き飛んでしまった。相変わらずずるい。
「男子には内緒にしときてーの。変に茶化されんのも嫌だしな。おそろいの優越感は俺だけが知ってればいーの。」
何か瀬呂くん、今日はいつにも増して押せ押せな感じがする。嬉しい言葉の供給過多でさっきからずっと心臓がうるさい。夜に寮で二人っていう状況も相まってどんどん顔が熱くなる。
「今まではみょうじのペースに合わせてたつもりだけどさ、俺も余裕ねーから。頼ってもらえるよう、今後は多少強引に行くからな。」
動揺している私に気づいてるのか、瀬呂くんは駄目押しで爆弾を落とした。強引に行くっていうのは、どういう意味だろう。ただでさえ寮で会う時間が増えるのに、これ以上距離が近づいたらもうどうしていいかわからない。
「お手柔らかに……?」
これだけ返すのが精いっぱいで、私は耐えきれなくなって顔を逸らした。瀬呂くんはこっち向いてと私をからかった後、可愛いと言って笑った。
その後夜遅いのもあってお互い自分の部屋へと戻ったけど、なんだか眼が冴えてしまってしばらく眠れなかった。
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