寮
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれから2日たった。相変わらずニュースは神野の事件一色だ。
オールマイトが事実上のヒーロー活動引退を表明した。平和の象徴の引退はかなり衝撃的なもので、社会に不安が広がる中今一度ヒーローの本質が問われているようだった。
プッシーキャッツのラグドールさんは、やっぱりオールフォーワンに個性を取られてしまったらしい。活動を見合わせると報道された。
そしてベストジーニストさん。他のプロヒーローを身を挺して救った彼の傷は深く、一命はとりとめたものの長期の活動休止が発表された。あの場で彼が傷ついていくのを見ていることしかできなかった自分が腹立たしい。けれどあそこで飛び出していたら、それこそ私はヒーローを目指せなくなっていただろう。この悔しさも忘れちゃいけない。
入院していたみんなは無事退院できたようだ。消太くんに怒られた時はみんなにも話がいってるんじゃないかと思ったけど、クラスチャットを見る限り大丈夫らしい。ばれるのも時間の問題だし、そもそもちゃんと謝罪しなきゃと思ってはいるんだけど。みんなに嘘をついてるみたいで心苦しい。それでも私が勝手にやったことだから、この痛みは受け入れなきゃいけない。
昨日母から連絡があり、私は今実家に帰っている。家庭訪問があるのだそうだ。雄英は今後万全の態勢を取るために全寮制になるらしい。消太くんが言ってたやつってこれだったのか、となんとなく納得した。
時間になってインターホンが鳴る。出迎えるとそこにはスーツ姿の消太くんとオールマイトがいた。
「相澤くん、いらっしゃい。オールマイトはお久しぶりね。」
「失礼します。」
「しばらくだね。」
父の関係で何度か会っているため、母も二人とは顔見知りだ。消太くんとは私が入院してる時に会ったばかり。家庭訪問といってもそんなに新鮮味はない。とりあえずリビングのソファに腰かけてもらって本題に入る。
「えー、もうお話いってるとは思いますが全寮制についてです。」
「ええ。頂いた書類には目を通してます。」
「それで、お嬢さんの入寮を許可していただけますでしょうか。」
まあ特に話すこともないだろう。うちはヒーロー一家だし母が渋るとも思えない。消太くんたちにはお茶でも飲んでちょっとゆっくりしていってもらえればいい。
「私は……この子が本当に入寮しても良いなら、それでいいんです。けれど、少しでもそうじゃない気持ちがあるなら……。入寮に賛成はできません。」
「お母さん!?」
驚いて隣の母を見る。こんなことを言うとは思わなかった。いつだって母はヒーローである父に背く行為はしなかったからだ。けれどやっぱり母の顔は真剣で。冗談を言ってるようには見えない。体育祭の後話したように、母も何か思うとこがあったのかもしれない。
「私、ずっとあの人がこの子にヒーローを目指すのを強いているのを見て見ぬふりしてきたんです。この子が追い詰められているのもわかってたのに……。USJの時も合宿で襲撃があったって聞いた時も、すごく後悔しました。とんでもない世界にこの子を放り込んでしまったんだと……。だからもう、間違えたくないんです。無理に、なまえに険しい道を歩いてほしくない。」
母は涙ぐんでいた。こんなに心配させてしまっていたのか。初めて聞く母の本音に私まで泣きそうになる。それと同時に今まで母の気持ちも考えず好き勝手動いてしまっていた自分を恥じた。入学してから二度の入院。私が本当にヒーローになりたいのかもわからない。そんなの、目指してほしくもなくなるよなあ。
私たち親子はようやく気付き始めた。私たちのこれまでに疑問を持ち始めた。今が変わるときなんだ。だから私も、自分の気持ちをちゃんと言わなきゃいけない。お母さんに安心してもらえるよう、涙をぐっと堪えて笑顔を作った。
「お母さん。私大丈夫だよ。」
「でも……。」
「確かに前はそういう気持ちもあった。お父さんに言われて目指してきただけなのにこんなんでヒーローになっていいのかって。でも今は違うの。ちゃんと誰かを守りたいって、誰の手も取り零さず掴めるように強くなりたいって本気で思ってる。それに気づかせてくれたのは雄英の友達だよ。雄英に入ってなかったら、私はヒーローを目指せなかった。」
「なまえ……。」
涙を流しながら母が私を見る。なんだか久しぶりに幼い頃に戻った気がした。
「だからお願い。我儘言ってるのはわかってる。それでも私雄英にいたいの。みんなの隣にいたい。」
隣にいてもいいと、いてほしいと瀬呂くんが言ってくれた。その言葉を信じたい。今度こそ肩を並べて、胸を張ってみんなとヒーローを目指したい。
「……わかったわ。あなたがそう言うなら。二人とも、娘をよろしくお願いします。」
「何があっても娘さんは守ります。必ず身の安全を保証すると約束します。」
オールマイトと消太くんが頭を下げる。私と母も深々とお辞儀をした。
帰り際、二人を見送っていると車に乗り込む前のオールマイトが私の頭を撫でた。体育祭で抱きしめてくれた時みたいな穏やかな目。引退しても、姿が違っても、やっぱりオールマイトはオールマイトだ。
「みょうじ少女、見違えたよ。迷いがなくなったように見える。」
「はい。今度こそ、わき目を振らずにヒーローを目指せそうです。」
拳を前に突き出すと彼もそれに合わせてくれる。なんだかおかしくて二人で笑いあった。オールマイトの手は以前よりも小さくなったけど、変わらず温かかった。
「オールマイト、聞きたいことがあります。」
「ん?なんだい。」
「緑谷くんについてです。」
私の言葉にオールマイトの瞳が揺れる。動揺しているのはバレバレで。今のでもう確信してしまった。
「ここではもちろん話せませんけど、いつか機会があったらちゃんと答えてくれますか。」
「……私に、答えられることなら。」
返答を濁された。私の予想通りならば相当重大な事実。彼が隠したがるのもわかる。
今度こそ車に乗り込むオールマイト。私は見えなくなるまで見送った。いずれ私が話す機会を得た時、世間はどうなってるんだろう。その状況によっては、オールマイトもちゃんと答えてくれるだろうか。
望み薄だなと少々苦笑しながら家の中へと踵を返す。抱え込むところ、緑谷くんそっくりだ。誰からも好かれる平和の象徴であるためには孤独でいなきゃなんて。そんな皮肉なことあっていいのだろうか。
どうか、どうかオールマイトも緑谷くんも健やかでいられますように。夕焼けに染まった空を見上げて、そんなことを願った。
1/5ページ