神野
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マスコミの声が響く。それはどこか絶望を帯びていた。
『えっと……何が、え……?皆さん見えますでしょうか?オールマイトが……しぼんでしまってます……。』
ヒーローの中でも彼のあの姿を知っている人は少ない。それが今、全国民の前に晒されてしまっている。街の人たちはあれをオールマイトだと認識できない人もいるようで、ざわざわと戸惑いの声ばかりが聞こえる。
偶然知ってしまったオールマイトの秘密。あの日私は絶対誰にも言わないと誓った。まさかこんな形で明るみに出ることになるなんて。呼吸を忘れてしまいそうなほど頭は真っ白だった。
「そんな……ひみ……つ……。」
隣で小さく聞こえた緑谷くんの呟きを私は聞き逃さなかった。彼の顔は見たことないくらい真っ青になっている。入学してすぐにも思ったけど、やっぱり彼もオールマイトの秘密を知っていた一人なんだ。
ボロボロのまま縮んでしまったオールマイトを、緑谷くんはピクリとも動かず凝視している。オールフォーワンに何かを言われて動かなくなってしまったオールマイト。私たちは固唾を呑んでそれを見ていることしかできない。
「そんな……嫌だ……。オールマイト……!」
「あんたが勝てなきゃあんなの誰が勝てんだよ……。」
「姿は変わってもオールマイトはオールマイトでしょ!?」
「いつだって何とかしてきてくれたじゃんか!」
先ほどまで絶望ムードだった周りから、懇願の声が聞こえてくる。このままオールマイトが負けてしまえば、被害は神野だけでは済まなくなるだろう。みんな祈ってるのだ。いつだって市民を守ってくれるオールマイトを、この場の誰もが信じているのだと理解できた。
「オールマイト!頑張れ!」
「まっ負けるなァ!オールマイト‼頑張れえええ‼」
あちこちから聞こえる応援の声。あまりにも無責任で、あまりにも重い期待。けれどこれが平和の象徴ということなのだ。私も、皆も、彼を信じずにはいられない。絶対勝ってくれるのだと、その肩に信頼を乗せずにはいられなかった。
「「勝てや‼オールマイトォ‼」」
緑谷くんと爆豪くんの声が耳に響く。私もぎゅっと手を握って、祈るようにモニターを見た。お願い、オールマイト。勝って。
オールマイトは、まるで私たちの声が届いたみたいに笑った。再び彼の右手が筋肉で増強される。そこだけにマッスルフォームを集中させてるんだ。もうきっと、何発も攻撃を撃てない。ぐっと唇を噛んだ。
オールフォーワンがオールマイトに向き直り空中へと浮かぶ。また戦闘が始まろうとしていたその時、下から炎が飛んできた。オールフォーワンは一瞬でそれを吹き飛ばす。
エンデヴァーさんだ。エッジショットさんもいる。他のヒーローたちが加勢してくれ、少しでもオールマイトが戦いやすいよう救助者を避難させているのがわかった。
街の人たちも私たちも、プロヒーローもみんなオールマイトを信じてる。その重圧がどれほど重いものなのか想像もつかないけれど。誰もがオールマイトの勝利を願ってる。そして彼は、いつだってその期待に応えてくれるんだ。
私たちが声を挙げて応援する中オールフォーワンは姿を変えた。恐らく個性をいくつも掛け合わせた禍々しい右腕。いや、これを腕と呼んでいいのかもわからない。改めてオールマイトが対峙している脅威の大きさに足が竦んだ。
オールマイトとオールフォーワン。二人の拳がぶつかる。凄まじい爆風が起こり、モニターには煙だけが映っている。何が起こっているのか確認することができない。いくつもの轟音が重なり、異次元の戦闘が繰り広げられていることだけは理解できた。
煙がなくなってきて、オールマイトが渾身の一撃を振りかぶっているのが見えた。
「オールマイト……!」
オールマイトの雄叫びと共に、重い拳がオールフォーワンを仕留める。爆風の後巨悪が地面に沈む様子が、画面に大きく映し出されていた。
私たちは息をするのも忘れてただその画面を見つめる。小さくなったオールマイトが、瓦礫の中片手を挙げた。ああ、勝利のスタンディングだ。
「オールマイトォ‼」
街中の人が涙を流しながら彼の名前を呼ぶ。左腕をあげたオールマイトは瞬時にマッスルフォームに変わり、いつもの筋骨隆々の姿で微笑んでいた。私はなぜだか、この姿のオールマイトを見るのは最後な気がした。
倒されたオールフォーワンは拘束され、移動牢に入れられていく。私たちも焦凍くんたちと合流した方がいいという話になり、とりあえず歩みを進める。
ふとモニターを振り返るとボロボロのオールマイトがカメラ、いやモニターのこちら側を指さしたのが見えた。
「次は、君だ。」
その言葉に、街中が沸いた。普通に受け取ればまだ見ぬ犯罪者への警鐘。平和の象徴の折れない姿。けれど、隣の緑谷くんが街の人と全く違う表情で泣き崩れたのを見てそうではないのだろうと思った。
クラスでオールマイトのトゥルーフォームを知っていたのは恐らく私と緑谷くんだけ。そして多分、緑谷くんは私よりもオールマイトと関係が深いんだろう。以前から考えていたことが確信に変わりつつある。でも、それを整理するのは家に帰ってからにしよう。
泣いている緑谷くんを抱き起こし、焦凍くんたちとの合流へと向かう。なんとか二人とも無事会うことができて、私たちは警察に爆豪くんを送り届けた。その間爆豪くんは少しもしゃべらなかった。
その後半日かけて私たちは家路を辿った。事件の混乱もあってなかなか動けなかったのだ。私は退院した後一人で部屋に帰ることになっていたので、それほど急に咎められることはないはずだ。いや、救出したのがテレビに映ってたらわからないけど。
とにかくようやく長い夜が明けた。爆豪くんも戻ってきた。みんなと別れて自分のマンションが見えてきて、全て終わったのだと力が抜けた。