神野
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頭で警鐘が鳴っている。早く逃げろと。
「すまない虎。前々から良い個性だと……。ちょうど良いから……貰うことにしたんだ。」
「とまれ動くな。」
穏やかなのに身震いしてしまうような声。発した主は虎さんの腕の中で動かなくなっているラグドールさんを指して、個性をもらったと言った。人の能力を奪える個性。そんな敵が連合の中にいたっていうのか。
この場から早く立ち去りたいのに、何故だか体が動かない。全身で危険信号を感じているみたいだった。
「連合の者か。」
「誰かライトを……。」
「こんな身体になってから、ストックも随分と減ってしまってね……。」
プロヒーローたちの声を無視して自分の話を続ける敵。近づいてくる足音を合図に、ジーニストさんが素早く身柄を拘束したことが塀越しに分かった。
「ちょ、ジーニストさんもし民間人だったら……。」
「状況を考えろ。その一瞬の迷いが現場を左右する。敵には何もさせるな。」
ベストジーニストさんの力強い言葉に、ほっと胸をなでおろす。よかったこれで安心だ。そう思ったはずだった。
「せっかく弔が自身で考え、自身で導き始めたんだ。出来れば邪魔はよして欲しかったな。」
何が起こった。
ほんの一瞬。一瞬で、塀の向こう側が消し飛んだ。私たちは振りむくことも、息を吐くことさえもできなかった。ヒーローたちはどうなったの。今どんな状況なの。何もわからない。ただ邪悪な存在が禍々しい空気を纏って存在している。それを理解するので精いっぱいだった。
あの一瞬で私たちみんな死んでいたんじゃないか。自分の死を、いとも簡単に錯覚させた。個性を奪える個性、凄まじい強さ。もしかして、もしかしてあれは。オールフォーワン。かつての巨悪。その人なのか。
「さすがNo.4‼ベストジーニスト‼僕は全員消し飛ばしたつもりだったんだ‼みんなの衣服を操り瞬時に端へ寄せた!判断力・技術……並の神経じゃない!」
高らかに叫びながら拍手を送る敵。普通じゃないと姿を見なくても分かった。息が上手くできない。指先一つ動かすのすら困難なほど、体は恐怖で支配されていた。まるで地面に張りついたように足が動かない。
「相当な練習量と実務経験故の強さだ。君のは……いらないな。弔とは性の合わない個性だ。」
軽い衝撃音と共に放たれる不穏な言葉。さっきから全然ベストジーニストさんの声が聞こえない。他のプロヒーローの声も。何も状況がわからない。体は全く言うことを聞いてくれず、逃げることも助けに行くことも叶わない。涙を押さえて息を殺すのに必死だ。私たち誰も、一歩も動くことができない。
「ゲッホ‼くっせええ……。んっじゃこりゃあ‼」
「!」
突然水が跳ねる音がしたかと思えば待ち焦がれた声が聞こえた。爆豪くん。塀のすぐ向こうに彼がいることにこの場の誰もが気付いた。
「悪いね爆豪くん。」
「あ!!?」
その後次々に敵たちが現れたのがわかる。合宿やUSJで聞いた声がしてきた。またワープ個性を使って場所を移動したんだろうか。何にしても状況は最悪だ。プロヒーローたちの安否はわからず、連合とオールフォーワンの中に爆豪くんが一人。
「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね……君が大切なコマだと考え判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。すべては君の為にある。」
まるで師が説くように優しく語り掛けるオールフォーワン。死柄木のことを弔と呼び、親しい間柄なのがわかる。連合の後ろにはこんな巨悪がいたっていうのか。私たちは、これほどまでに途方もない悪意と戦っていたというのか。
一瞬でプロヒーローを退け建物を更地に変えてしまう相手。そんな奴と爆豪くんは今対峙している。さっき感じた死の錯覚。爆豪くんが殺されてしまう未来が嫌でも見えた。
今ならまだ間に合う。相手は私たちには気づいてないはずだ。絶対に死なせたくない。大丈夫、遠距離なら私は有利だしそれほどリスクもないはず。今度こそ動かなきゃ。あの時とは違う、怪我もしてない。震えるな、動け。お願い動いて私の足。
「!」
ようやく振りむこうとした瞬間、隣の百ちゃんに体を押さえられる。緑谷くんたちも飯田くんに動きを止められていた。必死で私たちを行かせまいとするその手は震えている。二人も相当怖いはずだ。それなのに私たちを守ろうとしてくれている。自分の勝手な行動で彼女たちを危険にさらすわけにはいかない。焦りで血が上っていた頭がスッと冷静になっていく。
「やはり……来てるな……。」
それでも状況は変わっていなくて。オールフォーワンの言葉に冷や汗が滲む。まずい。気づかれた。どくどくと心臓が脈打つ。けれどその言葉は私たちに向けられたものではなかった。
「すべて返してもらうぞ!オール・フォー・ワン‼」
「また僕を殺すかオールマイト。ずいぶん遅かったじゃないか。」
後ろからまた爆風が吹く。オールマイトがこの場に来たのだとすぐわかった。教科書や父の話でしか聞いたことがないけれど、二人は因縁の相手。私たちは今とんでもない場面に立ち会っている。その気迫にビリビリと体が痺れ、やっぱり身動きが取れない。
轟音だけが聞こえ、その音がするたびに爆風が吹く。全く状況が確認できないけど、死闘が繰り広げられていることだけは理解できた。爆豪くんのオールマイトを呼ぶ声が聞こえる。恐らく今、優勢なのはオールフォーワンの方なのだろう。
「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ。だから……ここは逃げろ弔。その子を連れて。」
穏やかな声が響く。まずい、このままじゃ爆豪くんが連れて行かれる。何か、何かできることはないのか。オールマイトの邪魔になりたくなくて、きっと彼も下手に動けない。
「黒霧、皆を逃がすんだ。」
「ちょ!あなた!彼やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけどワープを使えるならあなたが逃がしてちょうだいよ!」
仲間を心配した言動。敵の結束の固さが窺える。けれどその願いをオールフォーワンが聞き入れる様子は感じられない。黒霧と呼ばれた敵の個性を強制発動させて無理矢理ワープを使うみたいだ。敵も味方も、あの人にとっては使い捨てのコマなのだろうか。
「さあ行け。」
「逃がさん‼」
オールマイトがなんとか逃走を阻止しようとしてるようだけど、オールフォーワンを相手にしながら連合の動きを止めるのは困難だ。妨害されてうまく足止めができない。
「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトをくい止めてくれてる間に!コマ持ってよ。」
仮面敵の声がする。コマっていうのは絶対に爆豪くんを指してる。このままじゃまた連合が爆豪くんを連れて逃走してしまう。きっとオールマイトもすぐに助けに行ける状況じゃない。連合の数って何人だっけ。ざっと思い浮かべただけでも5人以上いる。それだけの人数いくら爆豪くんでもさばききれない。なんとか隙をつけないだろうか。
「今行くぞ‼」
「させないさ。その為に僕がいる。」
オールマイトが助けに行こうとしている声は何度も聞こえるけれど、オールフォーワンに阻まれ爆豪くんの元に駆け付けられないようだった。爆豪くんもオールマイトを気遣ってうまく動けてないはずだ。こんなに近くにいるのに。友達がピンチなのに。私たちは戦うことが許されない。全員が唇を噛んでただ見ていることしかできない。
何か、何かできることはないのか。私たちが爆豪くんを助け出せればオールマイトも全力で戦える。何でもいい。付け入る隙を探さなきゃ。
「飯田くん、皆!」
突然緑谷くんが口を開いた。彼の目も諦めてない。何か作戦を思いついたのだとすぐにわかった。
「だめだぞ……緑谷くん……‼」
「違うんだよあるんだよ!決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!それでもかっちゃんを救け出せる!方法が‼」
「言ってみてくれ。」
「でもこれはかっちゃん次第でもあって……。」
「なんでもいい。教えて。」
爆豪くんは賢い人だ。今の状況とプライドを天秤にかけても、瞬時に正しい選択ができる。それが彼の強さの証だ。
「この策だと多分……僕じゃ……成功しない。だからみょうじさん、切島くん。君たちが成功率を上げる鍵だ。」
「私……?」
緑谷くんが順を追って説明してくれる。私たちは一つも聞き漏らさないよう彼の近くに集まる。
「僕のフルカウルと飯田くんのレシプロでまず推進力、そして切島くんの硬化で壁をブチ抜く!開けた瞬間、すぐさま轟くんの氷結で道を形成してほしい。なるべく高く飛べるよう。さらにみょうじさんの風で加速!空中での安定にも力を貸してほしい。敵が僕らに気付いてない!これまで敵に散々出し抜かれてきたけど……今僕らがそれを出来る立場にあるんだ!」
危ない橋に変わりはないけど、全員無傷で脱出できそうな作戦。飯田くんと百ちゃんも反対せずに耳を傾けていた。
「かなり賭けだけど、確かにそれなら戦闘せずに助けられるかも。」
「うん、手の届かない高さから戦場を横断する。そしたら……切島くんとみょうじさんだ。僕じゃダメだ。轟くんでも飯田くんでも八百万さんでも……。入学してから今まで、かっちゃんと対等な関係を築いてきた君たちの呼びかけなら……‼」
信頼を託してくれる緑谷くんの強い瞳。けれど少しだけ不安がよぎる。私は一度爆豪くんの手を掴み損ねてる。彼はまだ、私を見放さないでいてくれてるだろうか。信じてくれてるだろうか。
「切島くんはともかく私の手取ってくれるかな、爆豪くん。」
「あのかっちゃんが君の手は一度掴もうとしてくれたんだ。絶対に出来る。」
「……そう。そうだよね。」
絶対に出来る。緑谷くんの力強い言葉に気持ちが引き締まった。そうだ、ここで弱気になんてなっていられない。今度こそあの手を掴むって決めたんだ。だから私は今ここにいるんだ。拒否されても、悪態吐かれても、無理やりでも掴んでやる。それでまた、彼の自信満々な姿が見たい。