合宿
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それからしばらく泣いていた。自分の中でせき止めていたものの歯止めが利かなくなって、幼少期ぶりにわんわん泣いた。その間ずっと瀬呂くんは優しく抱きとめてくれていた。私が泣き疲れて眠ったあとお医者さんに意識が戻ったことを報告したら案の定怒られたらしい。もっと早く言えって。引き止めたのは私なのに本当に申し訳ないことをした。
その後再び起きると横にはお母さんと消太くんがいて、事件について簡単に教えてくれた。
敵が去ったあと救急と消防が到着した。生徒41名の内意識不明の重体が15名。重軽傷者が私含め12人。無傷で済んだのは13名。そして、行方不明者1名。
あまりの状況の凄惨さに聞いていて気分が悪くなってくる。爆豪くんは連れ去られて響香や透ちゃんもまだ意識不明。悔し涙がボロボロと零れた。
「プロヒーロー6名の内ピクシーボブが頭を強く打って重体。あとはラグドールが……行方不明だ。」
「え、ラグドールさんも。なんで……。」
「さあな。爆豪が狙われた理由もわかってない。お前にも怖い思いさせて、悪かったな。なまえがいなけりゃ、ガスで死者すら出てかもしれない。本来戦闘を咎めるべき教師からこんなことを言うのは本当に情けない話だが、助かった。」
「私は、できることをしただけで……。結局被害あんまり抑えられなかった。消太くんに感謝されるようなことは何もできてないよ。」
「十分だ。いいか、あんまり思いつめるなよ。余計なことも考えるな。今はゆっくり休んでろ。」
「……うん。」
消太くんの目は釘を刺しているように見えた。余計なこと、というのは恐らく今考えてることで。相変わらず鋭くて苦笑が漏れる。
それから敵サイドは3名が逮捕されたと聞いた。それ以外の敵はみんな逃げ果せたらしい。相対したつぎはぎ男や仮面敵を思い出す。直接戦ってまるで歯が立たなかった。連合が力をつけて強くなっていることを認めざるを得ない結果だ。
響香たちの顔だけでも見たいとごねたけれどちゃんと安静にしろと怒られた。母も相澤先生も帰って今は一人だ。背中も足も、火傷の痛みはもうない。今はうっすら痕が残ってるけど、今後綺麗に戻るらしい。私は自分が思っていたよりもガスを吸っていたようで、本来戦える状態じゃなかったようだ。アドレナリンどばどばじゃなかったらとっくに気を失っていたのだとお医者さんに怒られながら聞いた。
どうせなら、爆豪くんに手が届くまで無理出来たらよかったのに。自分の掌を見つめながら悔しい気持ちばかりが浮かんでくる。きっと彼の手はまだ掴める範囲にある。私に今できることは何だろうか。せめて居場所さえわかれば。次々と浮かんでくる問題に頭を悩ませていると、不意に病室の扉が開いた。
「焦凍くん、切島くん……?」
「!なまえ。」
私の姿を確認すると駆け寄ってくる焦凍くん。ぎゅっと手を握られて心配そうな顔で覗き込んでくる。
「なんともねえか……?」
「うん。心配かけてごめんね。切島くんも。お見舞い来てくれたの?」
「あー、なんかじっとしてらんなくってよ。」
バツが悪そうに目を逸らす切島くん。そうか、襲撃の時彼は補習でずっと施設にいたはずだ。仲のいい爆豪くんがピンチなのに待機命令を出されたままで動けなかったんだろう。焦凍くんも、すんでのところで爆豪くんの入れられていたビー玉を掴めなかった。私たち3人、みんな悔しい気持ちは一緒だ。いてもたってもいられなくなってここに来たのだろう。
「……私、爆豪くんのこと助けられなかった。」
「っそんなん!俺なんてなんもできてねえよ!」
思わず声をあげる切島くん。彼の目には少し涙が滲んでいて、ぐっと胸が締めつけられる。
「俺も助けられなかった。なまえだけのせいじゃない。」
「爆豪くん私に向かって手を伸ばしてくれたの。もうちょっとで掴めたの。でも体動かなくてバランス崩しちゃって……。」
目を伏せるとつないでいる手にぎゅっと力が込められた。焦凍くんは私を安心させるように頭を撫でてくれる。
「悔しい気持ちは3人とも同じってことだろ。……じゃあ一緒に救けようぜ。」
「え。」
切島くんから拳が突き出される。彼の今の言葉は私たちだけで爆豪くん救出に向かおうと言っているように聞こえたけど、間違いだろうか。そもそも捕まってる場所がわからないのに、そんなこと可能なのか。
「さっき八百万の病室に行った。警察とオールマイトと話してた。敵の一人に発信機を取り付けたらしい。その信号を受信するデバイスをオールマイトに渡してるとこ、見た。」
淡々と説明する焦凍くん。黙って頷く切島くん。二人の目は決して冗談を言っているとかそんな感じではなくて。実際に行動に移そうとしていることが伝わってくる。思わず拳をぎゅっと握った。
それにしても百ちゃんさすがだ。きっとそれがなかったら捜査も難航しただろう。自分も危機にさらされているときに人のために動ける。ヒーローの鑑だ。
「その受信機を百ちゃんにまた作ってもらおうって話?」
「ああ。」
「この件は、一人でも死者が出たら私たちの負け。まだ仮免も取ってない私たちが敵のところに乗り込めばプロヒーローの仕事を逆に増やすかもしれない。絶対に行くべきじゃないのはわかってて、爆豪くんを救出に行こうって言ってる?」
「それは、わかってんだ!わかってんだよ……!でもここで動かなきゃ、俺ァヒーローでも男でもなくなっちまう!ダチを助けてえんだ!できることがあるのにじっとしてらんねえんだよ‼」
病室内に切島くんの声が響く。彼の熱い気持ちをぶつけられて少し泣いてしまいそうだった。もちろんこれは感情に任せて行動するべきことじゃない。ヒーローの卵の私たちが現場に出向いたからといって足手まといになるだけだろう。けれどきっと彼らも考えて悩んで出した答えだ。さっきまでの私と同じように。
「ごめん、嫌な言い方した。でも違うの。これは確認。」
「え。」
「私も行く。」
ぽかんと口を開ける二人。意外な答えだっただろうか。自分で言うのもなんだけど私はそれなりに優等生だ。止められると思われてたのかもしれない。でもずっと私は行くつもりだった。爆豪くんを助けられる手段が少しでもあるなら、一人でだってその場所に出向いたと思う。
「ずっと考えてた。どうやったら爆豪くんを助けられるかって。せめて居場所さえわかればって。前の自分だったら二人のこと止めてたかもしれないけど。でも今は助けたいの。どんなことをしてでも助けたい。二人が怪我してる私に声をかけてくれたのだって悔しい気持ちわかってくれてるからなんでしょ?」
「ああそうだ。俺も掴めなかった。なまえも相当悔しかっただろうと思ってここに来た。」
「でもいいのか?本当に何があるかわかんねえし……。」
いざ了承の返事が返ってくると私の心配をしてくれる切島くん。やっぱり彼はヒーローだ。けれど私ももう、助けたいと思ってしまった。誰の手も取り零したくないことに気づいてしまったんだ。
「それは今さらだよ。少なくとも私はもう行く気になっちゃってる。それに敵に正面から突っ込んでいくなんてことはしないでしょ?」
「ああ。隠密活動のつもりだ。正面切って戦闘はしねえよ。」
「わかった。それならなおさら一緒に行く。いつ決行かだけ教えて。」
「緑谷が起きるの待とうって話してんだ。起きなかったにしても明日の夜には行く。」
緑谷くんまだ目覚ましてないのか。彼もボロボロだったからなあ。きっと誰よりも爆豪くんを助けたいと思っているだろう人。一緒に行くなら適任だ。
「じゃあ時間だけ教えてもらったら私も外出とくから。」
「明日クラス皆で緑谷の見舞い行こうって話してんだ。その時爆豪救出に行くこと話そうって思ってんだけど。」
「え、みんなの前で?大丈夫?」
「確実に反対されるだろうな。」
「でも俺らは枉げねえよ。」
二人の強い意思を感じる。飯田くんとかすごく怒りそう。他のみんなも止めてくるだろうな。それだけ危ないことをしようとしてる自覚はもちろんある。
「……私の名前伏せといてもらってもいい?なんか全力で止められて見張りまで付きそうな気がしてきた。」
「それは言えてっかもな。わかった、みょうじの名前は出さねえ。」
主に瀬呂くんには死ぬ気で止められそう。それがわかってて行くって言ってるんだから相当タチ悪いよなあ。でも、これだけは私も枉げたくない。初めて自分で枉げちゃいけないって思ったことだから。ここは盛大に我儘になろう。
「ありがとう。お見舞いに来てくれたのも、誘ってくれたのもほんとありがとね。」
二人は緑谷くんの様子も見ていくと言って病室を出て行った。明日の夜、爆豪くん救出に向かう。それまでの時間はしっかり体を休めるのと作戦を考えるのに使おう。今もきっとできることはある。それが例えエゴだとしても。
やれるだけやるんだ。今度こそ、あの手を掴みに行く。
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