合宿
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「彼なら、俺のマジックで貰っちゃったよ。」
ふいに頭上から降ってきた声。木の上に、敵。仮面を被ったその男は手に2つのビー玉を持っていた。
「こいつぁヒーロー側にいるべき人材じゃあねえ。もっと輝ける舞台へ俺たちが連れてくよ。」
「!?っ返せ‼」
「返せ?妙な話だぜ。爆豪くんは誰のモノでもねえ。」
「返せよ‼」
「彼は彼自身のモノだぞ‼エゴイストめ‼」
敵の煽りに我慢できず叫ぶ緑谷くん。駄目だ、熱くなりすぎてる。けれど無理もない。緑谷くんはこんなボロボロの中爆豪くんを助けるために駆けつけたのだ。例え不仲であっても大切な幼なじみに変わりはない。そしてその爆豪くんは忽然と姿を消してしまった。混乱するのも頷ける。
私たち全員で守っていたはずの爆豪くん。この人が攫ったっていうのか。さっきまで私たち以外の声も物音もまるでしなかった。誰にも気づかれず、静かに、容易く、それも一人で。一体どうやって。嫌な汗が滲む。
「どけ!」
焦凍くんが氷結で木の上の敵を捕らえようとする。けれど躱された。空中を軽やかに逃げる相手を、今度は私の風で吹き飛ばす。
「おっと。危ない危ない。我々はただ凝り固まってしまった価値観に対し、それだけじゃないよと道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされてる。」
私の攻撃も躱される。この敵かなり身軽だ。いやそれ以上にフラフラで威力出てなかった。駄目だ集中しろ。ここで逃がすわけにはいかない。
相手は喋る余裕すらあるようで、嫌でも強いというのが理解できた。
「爆豪だけじゃない……常闇もいないぞ!」
常闇くんまで。後ろ2人を持っていかれたってことか。ますますわからない。誰にも気づかれずヒーロー志望の男の子を2人も攫えるなんて。一体どんな個性持ちなんだ。
「もともとエンターテイナーでね。悪い癖さ。常闇くんはアドリブで貰っちゃったよ。」
わざと私たちにビー玉を見せつけてくる敵。もしかしてあの中に閉じ込めてるのだろうか。だとしたら意図的に手の内を晒してることになる。かなり舐められてる。けれど数も合う。さっきマジックって言ってたし、あそこに何でも閉まっておける個性なのかもしれない。
「ムーンフィッシュ……歯刃の男な。アレでも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性。彼も良いと判断した!」
「この野郎‼貰うなよ!」
「み、緑谷くん押さえて。」
怒りで言動がわけわからなくなってる。神経を逆撫でするのが得意な敵なんだろう。術中にはまっちゃいけない。お茶子ちゃんに円場くんをお願いして、焦凍くんと一緒に飛び出す。
彼の最大威力と私の今できる最大風力で敵を捕らえようと試みる。けれどそう簡単にはいかなくて。氷結と風圧で倒されてもおかしくないのに、敵は空中をひょいひょいと逃げていく。
「悪いね俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ!ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか。開闢行動隊!目標回収達成だ!」
敵の声が高らかに響く。聞こえたのは回収達成という言葉。それはつまり爆豪くんのことで。焦りから鼓動が速くなるのがわかった。
「短い間だったがこれにて幕引き‼予定通りこの通信後5分以内に回収地点へ向かえ!」
恐らく連合全員に連絡を取っただろう目の前の敵が、焦凍くんの氷壁を使いながら遠ざかっていく。駄目だ駄目だ。爆豪くん、常闇くん。絶対に連れていかれるなんて駄目。
「幕引き……だと。」
「ダメだ……!」
「させねえ‼絶対逃がすな‼」
焦凍くんの言葉を合図に駆け出す。意識は朦朧としてるしあんまり話せなくなってきてるけど、そんなこと言ってる場合じゃない。彼らの手を掴まなくちゃ。何が何でも助け出す。
そう思ってるのに全然追いつけない。なんてスピード。やっぱり今回襲撃に来てる敵は有象無象なんかじゃない。
「諦めちゃ……ダメだ……‼追いついて……取り返さなきゃ!」
「しかしこのままでは離される一方だぞ。」
「麗日さん‼僕らを浮かして、早く!そして浮いた僕らをみょうじさんが風で押し出して!」
走りながら聞こえる緑谷くんの指示に胸が痛んだ。みんな爆豪くんたちを助けたいと思って全力で走ってる。それなのに、体が言うことを聞いてくれない。今すぐにでも強い風を出したいのに、痛みと目眩でうまく力が出せない。
「ごめ、今ちょっとそれだけの威力出ない。っだから私も浮かせてほしい。ハ、それで梅雨ちゃん。浮いた私たちを思いっきり舌で投げて。投げ、られたスピードを加速させるくらいの風なら、っ多分出せる。」
「なまえちゃんあなた具合が……。」
「とにかくお願い。」
緊急事態だ。私に駆け寄ろうとした梅雨ちゃんを制して平気だと伝える。本当は私が個性使うのが最短時間なはず。それができないのがとてつもなく悔しい。けれどできる範囲でできることをするしかない。
「障子くんは腕で軌道を修正しつつ僕らをけん引して!麗日さんは見えてる範囲でいいから奴との距離を見はからって解除して!」
「なるほど人間弾か。」
「待ってよデクくん、その怪我でまだ動くの……!?なまえちゃんも戦えるような状態じゃないんやろ!?」
「私は、……大丈夫。まだ、動ける。」
足は痛むけどまだみんなと一緒に走れてるんだ。あと数分なら持つだろう。多少無理しなくちゃ爆豪くんたちは帰って来ない。行くんだ。自分の何を犠牲にしたって。
「おまえは残ってろ。痛みでそれどころじゃあ……。」
「痛みなんか今知らない。動けるよ……早くっ。」
緑谷くんも変わらない。両手が折れてボロボロなのを焦凍くんが心配したけど、助ける意思をまげるつもりはないようだ。いつもの全然諦めていない目でまっすぐ前を見据えている。その気迫に押されて、お茶子ちゃんがとりあえず彼の両手に応急処置を施す。お茶子ちゃんの着ていたシャツを包帯代わりにして木片で固定させた。もちろんこれで痛みが和らぐわけないし気休めだってわかってる。彼ももう気力だけで動いてるんだ。
緑谷くん、焦凍くん、障子くんとひとかたまりになって梅雨ちゃんの舌で巻いてもらう。それからお茶子ちゃんが個性をかけてくれて私たちの重力がなくなり、飛ばされる準備ができた。ちなみに私は個性が使えるよう手は自由にさせてもらっている。
「いいよつゆちゃん。」
「必ず二人を救けてね。」
梅雨ちゃんの言葉に深く頷く。2人の協力の下、私たちはものすごい勢いで前方へと飛ばされた。
「いき、ます!」
私も後方に向かって風を打ちさらにスピードを加速させる。どんどん遠ざかっていた仮面男の姿が近づいて来る。タイミングよくお茶子ちゃんが個性解除してくれ、四人分の体重で敵を下敷きに着地した。
「知ってるぜこのガキ共‼誰だ!?」
着地地点には別の敵も何人かいて。さっきのつぎはぎ男の顔が見えた。ここが敵の合流地点だろう。緊迫した空気が流れる。
「Mr.避けろ。」
「!了解!」
「っみんなさがって!」
つぎはぎ男から放たれるとんでもない量の炎。さっき戦ってた時の比じゃない。咄嗟に緑谷くんを庇って背中が燃える。
「みょうじさん!」
「っああ……!」
痛い。意識が飛びそうだ。もう個性を使うことすらままならない。けれど敵は待ってくれなくて、さっきお茶子ちゃんたちを襲っていた女の子が私たちめがけて走ってくる。
「み、どりやくん……!」
女の子が緑谷くんに掴みかかる。なんとか近寄ろうとするけど注射器のようなものを投げられ慌てて避けた。その隙に緑谷くんが跨られてナイフを突きつけられる。
「トガです出久くん!さっき思ったんですけどもっと血出てたほうがもっとかっこいいよ出久くん‼」
「はあ!!?」
クレイジーな言葉と共にナイフが振り下ろされる。咄嗟に彼女に体当たりして無理やり緑谷くんから引きはがす。けれど今度は私の方が捕まってしまい、跨られて身動きが取れなくなる。さっき焼けた背中が地面に触れて、激痛に顔が歪んだ。呼吸すらまともにできない。
「あなたはなまえちゃん!カァイイねえ。カァイイからお友達になりたいです。なのでチウチウしちゃいます!」
「っは、」
「みょうじ!」
ナイフが下りてくるのが見えた瞬間、障子くんが割って入って助けてくれた。危ない。私も緑谷くんももうボロボロで、ほとんど力が入らない。立ち上がるのすらやっとの状態だ。
「爆豪は?」
「もちろん。……!?」
つぎはぎ男に聞かれて仮面男がポケットへと手を伸ばす。やっぱりあのビー玉が2人だったんだ。ポケットをごそごそと探していると、仮面男は何かに気づいたようだった。それと同時に障子くんが叫ぶ。
「三人とも逃げるぞ‼今の行為でハッキリした……!個性はわからんがさっきおまえが散々見せびらかした……右ポケットに入っていたこれが、常闇・爆豪だなエンターテイナー。」
「障子くん……!」
敵から奪い取ったであろうビー玉が彼の手にしっかりと握られている。さすがだ。さっき着地した時に取っていたのだろう。
「ホホウ!あの短時間でよく……!さすが6本腕‼まさぐり上手め!」
別の敵と戦っていた焦凍くんも走ってきてみんなで逃げる準備をする。これで奪還達成だ。そのはずなのに。何だろうこの胸騒ぎ。目の前の敵の余裕な態度が引っかかる。
「!?」
それでも四人で逃げようと向きを変えると。そこには広がる黒い靄。これ、見たことある。
「ワープの……。」
緑谷くんの小さな呟きが消えて行った。USJの時に苦しめられたワープ個性。それがまた目の前にいる。
「合図から5分経ちました。行きますよ荼毘。」
「まて、まだ目標が。」
「ああ……アレはどうやら走り出す程嬉しかったみたいなんでプレゼントしよう。悪い癖だよ。マジックの基本でね。モノを見せびらかす時ってのは……。」
仮面を外した敵がペロリと舌を出す。
「見せたくないモノがある時だぜ?」
口の中にあったのは爆豪くんと常闇くんが入っているビー玉。それじゃあ障子くんが今持っているのは。
「ぬっ!?」
障子くんの手の中に収まっていたビー玉が氷へと変わる。まずい、囮を用意されてた。本物じゃない。
「氷結攻撃の際にダミーを用意し右ポケットに入れておいた。右手に持ってたモンが右ポケットに入ってんの発見したらそりゃー嬉しくて走り出すさ。」
「くっそ!!!」
完全に揶揄われている。怒りがふつふつと湧いてきた。敵たちは嘲笑いながら遠ざかっていく。
「そんじゃーお後がよろしいようで……!?」
ワープの靄へと入っていく仮面敵。やばい攻撃が間に合わない。そう思った瞬間、突然別方向から光が飛んできた。見覚えあるキラキラ。ネビルレーザー、青山くんだ。いつからここにいたのだろう。隠れて攻撃の機会を窺ってたのかもしれない。彼も相当怖かっただろう。
青山くんが放ってくれたレーザーは仮面敵の顔面を直撃し、その拍子に口からビー玉が零れ落ちた。せっかく彼がくれたチャンス。逃すわけにはいかない。全員で駆けだして掴みに行く。
「いっ……!」
けれど背中と足が痛くて。こけそうになるがグッと踏ん張る。隣の緑谷くんが腕の痛みに倒れてしまったのが見えた。
遅れをとった私たちとは違い前を行く障子くんと焦凍くん。2人が思い切り手を伸ばし障子くんがビー玉の一つを掴むのが見えたけど、もう一つはあとちょっとのところで掴み損ねる。ワープから手が伸びて横取りされたのだ。爆豪くんのビー玉を攫ったのは、つぎはぎ男。意地悪く口許を歪ませたのがわかった。
「哀しいなあ、轟焦凍。」
つぎはぎ男がビー玉を持って靄へと消えていく。駄目だ、行かせない。最後の力を振り絞り自分に追い風を足しながら足を動かす。
「ば、くご、くん……!」
必死で手を伸ばす。仮面敵の個性を解除された爆豪くんがつぎはぎ男に首を掴まれてるのが見えた。息も忘れて彼へと走る。
「手……!」
私の縋りつくような目に、爆豪くんからも手が伸びる。もうちょっとで、届く。あと数センチ。
「!?」
かくんと力が抜ける膝。火傷した方の足だ。バランスを崩して地面に倒れる。折角掴めるはずだった爆豪くんの手が遠ざかっていく。なんで。なんで。動けこの体。
「かっちゃん‼」
私の後ろからボロボロの緑谷くんが力を振り絞って折れた手を伸ばそうとするけれど。
「来んな、デク。」
聞こえてきたのは拒否の言葉で。私たちの手が届くことなく爆豪くんは靄とともに消えて行った。緑谷くんの叫び声が山にこだまする。地面に倒れこんだ私はそれを聞きながら朦朧とした意識を手放した。