合宿
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夕食時。私は2人分のお皿を持って、ある場所に向かっている。さっき緑谷くんが教えてくれた、洸汰くんの秘密基地。
坂を上っていくと崖の上に広場のような場所があり、そこにはぽつんと座っている洸汰くん。その横顔は寂しそうに見えた。
「こんばんは。」
なるべく優しく声をかける。彼はびくりと肩を震わせた後、キッと私を睨んだ。
「今度は何だよ!あのもじゃもじゃ野郎に聞いたのか!?」
もじゃもじゃ野郎。緑谷くんのことかな。口の悪さは爆豪くんに匹敵するかもしれない。警戒をやわらげてもらえるよう、とにかく自己紹介をする。まずは人となりを知ってもらわないと。
「勝手に入ってきてごめんね。私みょうじなまえ。肉じゃが持ってきたから一緒に食べよう?」
「いらねえ。ヒーローになりたいとか抜かすような奴らとつるむ気はねえよ。」
完全拒否。けれどこれは想定内だ。構わず進んで一つのお皿を地面に置き、私はその隣に座る。勝手にテリトリーに入ってきた私に彼は怒り心頭だ。
怒っている洸汰くんには申し訳ないけど、いただきますを言って一口ジャガイモをかじる。これ、なかなかおいしい。広がるだしの味を噛みしめる。すると洸汰くんはますます気に入らないようで、先ほどより大きな声をあげた。
「食うな!出てけよ!どいつもこいつも俺にかまうな!どうせヒーローになりたいなんて言う奴らにはわかんねえくせに!」
「私のお父さんね、No.4ヒーローだったの。」
「は?」
洸汰くんには申し訳ないけど、自分の話を無理矢理聞いてもらうことにした。突然切り出された親の話に彼は意味が分からないという顔をしている。だけど話は聞いてくれるようで、怒った様子はそのままでじっとこちらを窺っている。
このまま彼が社会を否定して、自分を置いて行った両親を否定して、自分の持ってる個性を否定して。この世の全てを憎んでしまうことが悲しかった。彼はまだこんなに幼いのに誰も信用できない。きっとそれは想像以上に苦しいことだから。少しでも心の拠り所ができればと思った。
「親もヒーローかよ。どうしようもねえ。あんなんただの殺し合いだ。狂ってるよお前ら……!」
「うん。私もそう思う。」
「はあ?」
「お父さんね、敵にやられて死んじゃったの。」
洸汰くんの鋭かった目が見開かれる。彼はとても動揺していて、けれどどこか安堵したようなそんな顔をしていた。
「敵が自爆してね。たまたま近くにいた小さな子を庇って死んじゃったの。周りの人も、ニュースでも、みんなお父さんのこと褒めてたよ。さすがヒーローだって。」
「……クソだ。」
「ほんとにね。でね、私その時にはもうヒーロー目指してたんだけど、周りのそういう反応、嫌だなと思ってた。」
先ほどよりも真面目に話を聞いてくれている洸汰くんが、ストンと隣に座った。同じ境遇の人間がいること、気づいてくれたのだろうか。
「じゃあなんでヒーロー目指せるんだよ。」
「うーん、残念ながらそれはよくわかんないんだよねえ。」
「はあ?お前、嘘ついてるんじゃないだろうな。」
「違うよ。実は私最近までわけもわからずヒーロー目指しててね。」
なんだこいつという目を向けられる。そりゃそうだ。雄英にまで入っておいてなんでヒーロー目指してるかわかりませんって言ってるんだもんな。今までの言葉全部嘘だったのではと疑われている気がしたので慌てて説明する。
「で、今も目標は謎のままなんだけど。最近思うんだ。力をひけらかしたいとか、敵を倒したいっていう目的じゃないって。」
洸汰くんはよくわからないという顔をしていた。多分彼にとってヒーローは力を誇示して戦うもの。戦闘狂って思われてるのかもしれない。
「ヒーローが敵倒したいって思ってなくてどうすんだ。」
「確かにね。でもなんていうか、敵を倒したいっていうより、平和な世の中にしたいって思うんだよ。」
「平和な世の中……。」
「うん。洸汰くんや私みたいな思いをする人がいない世の中。まあそのためには敵が出てきちゃったら倒さなくちゃいけないんだけど。」
「結局かよ。」
「うん、そう。結局。でも、それが続いていって、敵がいなくなって、ヒーローが暇になるような世の中になればさ。もうヒーローが死ぬことはないし私たちみたいに悲しんで泣く人もいなくなると思うの。」
少しでも彼の心に届くと良い。どれだけ願っても死んだ人は帰って来ない。それでも、もう一度救われることはあるんだ。手を差し伸べてもらえることはあるんだよ。
「だから私、ヒーローになって過去の自分を救いたいのかもしれないね。」
「過去の、自分。」
しっかりと、嚙みしめるように彼は私の言葉を繰り返した。何か響いただろうか。いや、響かなくたっていい。元々そんな大それたことができるとは思っていない。
ただ私は、その気持ちわかるよって言いたかった。父が死んだ時ほしかったのは称賛の言葉なんかじゃなかった。置いて行かれた自分の心にも誰かに寄り添ってほしかった。それがわかるからこそ、今彼の隣にいる。
洸汰くんはそれきり何も言わなかった。ただ持ってきたお皿を自分の膝に置き、一緒に肉じゃがを食べてくれた。彼の頬が濡れていたことに私は気づかないふりをした。