合宿
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
合宿三日目のお昼。今日も引き続き地獄の強化訓練だ。よく眠れたから頭はすっきりしているけど、きついことに変わりはない。相変わらず水面に向かってモーセを続けている。
先ほど消太くんのお小言が発動した。期末テスト、お茶子ちゃん・青山くん・私のチームは合格ラインぎりぎりだったらしい。確かに最後はかなり運に身を任せちゃったし、私の攻撃も威力が定まらなくてダメダメだった。
消太くんは何をするにも原点を常に意識するように言った。訓練もただだらだらやるだけでは意味がない。自分がヒーローになりたいと思った原点を心に留めておくことで、現在の行動にも意味がでてくる。いまだ自分の原点が見つからない私は、とりあえず体育祭の時の気持ちを忘れないようにしている。今はそれが精いっぱいだ。
「ねこねこねこ……それより皆!今日の晩はねえ……クラス対抗肝試しを決行するよ!しっかり訓練した後はしっかり楽しいことがある!ザ!アメとムチ!」
水面を割りながらピクシーボブさんの声に耳を傾ける。肝試しかあ。ホラーは苦手。アメとムチっていうかムチとムチだ。みんなでイベントっていうのはちょっと浮かれちゃうけど。夜の鬱蒼とした山の中歩くのかなり怖そうだなあ。覚悟しとこ。
一旦モーセをやめて今度は洗濯機をすることになった。旋風を起こして池の水を渦状に回していく。池の水がなくなってしまっては困るので細心の注意を払ってるんだけど、かなりうねりが出て難しい。これだけの量の水を制御するにはやっぱり相当の量個性を使用しなきゃならない。目の前で水がぐるぐる回っているのもあって眩暈が加速してきた。
池の水を回しては休憩、また回しては休憩を繰り返す。制御のために水面を見なくてはならないのでモーセの時と比にならないくらい体に不調が来る。ずっと視界がぐらぐらして気持ち悪い。吐きそうだ。
青い顔で休んでいると頭上にお茶子ちゃんの姿が見えた。彼女も同じような顔色をしてずっと空中を飛ばされ続けている。あまりにつらそう。やっぱり個性上限をあげるのって簡単じゃないんだなあ。後ろを向くと他の皆も必死で訓練に食らいついている。
私も負けてられない。まだ眩暈もふらつきも治っていないけれど、気合を入れなおして再び池に戻った。
夕方になってそろそろ訓練も終わりの時間だ。今日はこれで最後だしやってみたかったことをやってみよう。
最大威力の旋風を起こし池の水をどんどん回す。風の勢いによって空中へと水が吸い上げられたところで回りの空気を圧縮する。ピタリ、と大量の水の塊が頭上で固まって動かなくなった。
池は空っぽ。空気で空中にとどめられた水。成功だ。これが応用できれば竜巻を起こしながら瓦礫処理まで一緒にできる。トルネードの名に恥じない技になりそうだ。
空気操作をして池の水を元の場所に返す。個性を解除すると再び池は潤いを取り戻した。それにしても個性使いすぎたなあ。今日も今日とて口の中は血の味だ。おいしくない。ティッシュで顔を綺麗にしながら夕食場所へと向かった。
夕食づくり。今日のメニューは肉じゃがだ。材料カレーとほぼ一緒だからストックしやすいんだろうなあ。今は爆豪くんの横でジャガイモの皮むきをしている。
「爆豪くん包丁使うのウマ!意外やわ……‼」
「意外って何だコラ!包丁にうまい下手なんざねえだろ‼」
「あるでしょ。」
華麗な包丁さばき。才能マン爆豪くんが処理しているにんじんは皮も綺麗に剥けていてサイズも均等だ。何より切る速度がめちゃくちゃ速い。本当に何でもできるんだな。
「みょうじも綺麗に皮むくなあ。」
「一人暮らしだからこれくらいはね。」
爆豪くんほどの速さではないけど、私も任された大量のジャガイモをテンポよく剥いていく。上鳴くんに褒められてちょっと嬉しい。日頃の家事の賜物だ。
全部剥き終わったので他にやることはないかとうろうろしていると、緑谷くんたちの会話が耳に入った。
「その子がさ、ヒーロー……いや、個性ありきの超人社会そのものを嫌ってて、僕は何もその子のためになるような事言えなくてさ。」
洸汰くんの話だろうか。緑谷くんはどうやら接し方がわからず困っているらしい。確かに彼はずっとヒーローに憧れてきた人だ。中学までは無個性で、ずっと個性そのものにも憧れがあった人。今この世界全部を嫌っているだろう洸汰くんに、彼が掛ける言葉を見つけられないのもわかる気がした。
「……轟くんなら何て言う?」
「……場合による。」
「っ……そりゃ場合によるけど……!」
いかにも焦凍くんらしい。漠然とした答えに緑谷くんは困ってしまっている。立ち聞きを続けるのもあれなので輪の中に入れてもらうことにした。
「ごめんお話入れてもらって大丈夫?」
「お。」
「わあ!みょうじさん。」
後ろから急に声をかけられて驚く2人。ごめん。そんなにびっくりするとは思わなかった。どうぞどうぞと歓迎され、2人の隣に並ぶ。
「緑谷、さっきの続けるが素性もわかんねえ通りすがりに正論吐かれても煩わしいだけだろ。言葉単体だけで動くようならそれだけの重さだったってだけで……大事なのは何をした・何をしてるか……だ。言葉には常に行動が伴う。……と思う。」
優しくて強い、焦凍くんらしい言葉だと思った。体育祭の時、緑谷くんは体を張って焦凍くんにぶつかった。その姿を見ていたから焦凍くんも私も心を動かされたのだ。
洸汰くんは、ヒーロー科である私たちを憎んでる。彼から信用をもらうためには、それ相応の覚悟で行動に移さなければならない。
「経験してないことって共感できないから、言葉の重みって変わると思う。だから俺の気持ちなんて誰もわからないくせにって、洸汰くんも反抗しちゃうんじゃないかな。緑谷くんがどうしても洸汰くんと仲良くなりたいなら、ヒーローや個性の良さを説くんじゃなくて、彼のその寂しさに寄り添ってあげてほしい。君のことを知りたいって、話を聞いてあげてほしい。」
「洸汰くんに何があったかは、洸汰くんにしか計れない……。」
「ん、そうだね。」
初日に私が言った言葉を思い出したかのように口に出す緑谷くん。焦凍くんの言葉にも納得したようで、さっきより少し晴れ晴れとした表情になった。
「そうだね、確かに。通りすがりが何言ってんだって感じだ。」
「お前がそいつをどうしてえのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ首突っ込むのもアレだぞ。そういうの気にせずぶっ壊してくるからな、お前。意外と。」
「体育祭の時とかね。」
「……なんかすいません……。」
「ふふ。ねえ緑谷くん。一つ教えてほしいんだけど。」
「え?」
小さくなってしまった緑谷くんにお願いをする。彼は考えるしぐさを見せた後、快く了承してくれた。その後飯田くんに叱られて、私たちは作業へと戻った。辺りからはいい匂いが漂って来て、最高の肉じゃがが完成しようとしていた。