合宿
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次の日、朝早く目が覚めた。現在AM4:00。昨日の洸汰くんの話が重く響いて、よく眠れなかった。
みんなを起こさないように布団から起き出し、体操着に着替える。身支度を整えて食堂に向かうとすでに人影があった。こんなに早くに誰だろ。
静かに食堂へと入っていくと、振り向いた彼が驚いて私を見た。お互いに誰も起きてないと思ってたらしい。目の前の彼とは直接言葉を交わしたことはなく、なんとなく気まずい雰囲気になる。
「おはよう、物間くん。」
「ああ、おはよう。いつもこんなに早いのかい?」
「ううん、なんか眠れなくて。物間くんは?」
「僕は枕が変わると寝られないんだ。」
「……繊細なんだね。」
「意外そうな顔しただろ今。」
ちょっと想像と違った。物間くんは少し不満そうにしながらも座りなよ、と彼が座っている前の席を指した。大人しくその席に座る。
出会い頭に食ってかかられるかと思ってたけど、案外普通だ。いつも怖いことを言いながら叫んでる姿しか見たことなかったから戸惑ってしまう。正直ちゃんと会話が成り立つかも不安だったのに。2人の時は優しい、爆豪くんタイプなのだろうか。
何を話していいのかわからず、ただただ無言で座っている。どうしよう。共通の話題あるかな。ぐるぐる考えてもあまりいい案が浮かばない。すると彼はため息をついて、私の方をじっと見た。
「君、案外口下手なんだね。」
「そうかも。あんまりリーダーシップ取るタイプじゃないし。」
「それこそ意外だ。体育祭の爆豪戦なんてかなり強気な人に見えたけど。」
「え、爆豪くん相手に控えめで行ったら死んじゃうよ。」
「どんな暴力野郎なんだよ彼は。」
見たままでですが、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。あとで爆豪くんに伝わったら間違いなく爆破される。
「物間くんは、爆豪くんに喧嘩売っててすごいなあって感じだった。」
「まあ、アレも作戦の内さ。」
「私もそう思ってたんだけどね。この前食堂での物間くん見て元々の性格なんだと思って。」
「はっきり言うなあ!僕も人並みに傷つくんだけど!?」
「ごめんごめん。冗談。」
詰め寄り方がすごかったので慌てて謝る。彼は口を尖らせてこれだからA組は、と不満を零した。だけど怒った様子は見られなくて。ちょっと競争意識が強いだけで、彼は本当は優しい人なのだろう。軽口を叩いてしまったことが申し訳なくなる。
「まあ、君や爆豪くんの力がすごいのは悔しいけれど認めているよ。うちのB組連中もね。」
「え、私も?」
「そりゃそうだろ。体育祭3位。No.4ヒーローの娘で強個性。容姿端麗、成績優秀。実力を疑う余地なし。」
つらつらと並べられる文言に少し面食らってしまう。彼がこんな風に人のことを褒めると思ってなかったから、なんて返したらいいかわからなくなる。
「わ、私そんな。そんな風に言ってもらえるような人間ではなくて。」
思わず否定すると突然彼の顔が曇った。頬杖をつきながら冷たい視線で見上げられる。
「ふーん。他人からの称賛を謙遜できるくらい余裕があるって事かい?」
「え、えっと。」
先ほどまでと違い棘のある言葉。何か気に障るようなことを言っただろうか。不穏な空気が朝の食堂を包む。
「僕の個性はコピー。でも触らなきゃ発動しない。スカもある。かなりピーキーなものだ。」
スカってなんだろう。コピーできる個性には条件があるってことなのかな。
「上へ行って称賛を浴びるにはそれなりの覚悟と努力が必要なんだよ。君みたいな強個性の人間にはわからないかもしれないけどね。」
「あ、」
体育祭で心操くんが言っていた。おあつらえ向きの個性。人より一歩抜きんでていると言われるような個性を、私は生まれつき持っている。そんな私が、不遇な立場から必死で努力してきたであろう彼からの称賛を謙遜とはいえ否定した。物間くんは、きっとそれに腹が立ったんだ。
「気づいたみたいだね。さすが頭が回る。まあ謙遜も美徳だけどね。ずっとそんな控えめな態度でいたら、遠慮なく足元掬っちゃうよ。」
「……ごめんなさい。」
やれやれといった様子で席を立つ物間くん。忠告してくれたんだろうか。案外面倒見がいい。
同じ立場にならないと、その人の気持ちを本当に理解することはできない。昨日洸汰くんの話を聞いて実感したばかりじゃないか。自分の無神経さに腹が立った。
まだまだ自分を受け入れられてないのかなあ。父が死んだ時のことを思い出してネガティブに引っ張られているのかもしれない。こんなことじゃ折角の合宿に支障が出る。気合、入れないと。
物間くんがいなくなった食堂はがらんとしていて、何の物音もしない。誰の耳にも届かない深いため息が、朝の空気に消えて行った。
AM5:30。みんなまだ寝ぼけ眼で外に集まっている。こんなに朝早くから一体何をするんだろう。
「お早う諸君。本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる仮免の取得。」
消太くんはいつもと変わらない。先生たちいつ寝ていつ起きてるんだろう。ちゃんと寝られてるのか心配になってくる。
「具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。」
真剣味を帯びた言葉に背筋が伸びる。仮免が取得できれば、私たちもインターンなどでヒーローとして活動できるようになる。そのためにはまず訓練を積み、実力をつけなくちゃならない。巨悪に立ち向かうために、今はできるだけ個性キャパを増やしたい。
「というわけで爆豪、こいつを投げてみろ。」
消太くんが渡したのは入学初日の体力テストで使ったボール。あの時も爆豪くんに投げさせてたなあ。
「前回の……入学直後の記録は705.2m。どんだけ伸びてるかな。」
なるほど。これまでの成果を測るのか。確かに体育祭や職場体験。爆豪くんもどんどん強くなってる。1キロくらい軽々行きそうだ。
みんなの前に出て肩を回す爆豪くん。なんか楽しそう。体力テストの時と同じように個性を使って思い切りボールを投げた。
「んじゃ、よっこら……くたばれ!!!」
くたばれ。相変わらず掛け声が物騒。入学当初は敵っぽい言動にビビってたっけ。慣れって怖い。
「709.6m。」
消太くんの持っている計測器には、依然とさほど変わらない記録。え、なんでだろう。かなり飛んでることに間違いはないけど。みんなも困惑の声をあげている。
「約三カ月間様々な経験を経て、確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。」
消太くんが順を追って説明してくれる。確かにUSJの時に個性キャパちょっと増えたけど、それ以降はあんまり変わってないかも。
「だから、今日から君らの個性を伸ばす。死ぬほどキツイがくれぐれも死なないように。」
縁起でもない台詞に顔が引きつる。消太くんが楽しそうな時ろくなことないんだよなあ。これから何をさせられるのかわからない不安に、みんなの顔が青くなった。