合宿
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あっという間にお風呂の時間。大浴場はなんと温泉。ごはんに続き最高だ。体と頭を洗って湯船につかる。
「湯船広い~。」
「極楽やなあ。」
お茶子ちゃんと一緒に肩までつかる。一人暮らしのお風呂は足あんまり伸ばせないからなあ。貸切で露天風呂なんてそうそうできない贅沢。堪能しとかないと。
「今日はいきなりハードモードやったなあ。」
「なまえさん先頭に立っての攻撃、ありがとうございました。」
「そんな、みんなもありがとう。大変だったよねぇ。」
「急にRPG始まったかと思ったもんね。」
お互いを労いながら今日の苦労を振り返る。魔獣、何体倒したんだろう。覚えてないほどたくさんいた。あれだけの数の生き物を作り出せるなんて、やっぱりプロはキャパシティも広いんだろうなあ。
会話に入って来ずどこか一点を見つめる響香。何見てるんだろう。気になって声をかけてみる。
「どしたの響香。」
「いやなんていうか、でかい。」
響香の視線の先には百ちゃんの胸。確かに大きい。思わず目が行ってしまう。よくないとは思っていてもそういうお年頃。発育の話題にシフトしがちだ。
「なまえちゃんもなかなかのプロポーションだけどね。」
「ふぁ!?」
見えない何かに後ろから掴まれる。透ちゃんか、これ。完全に油断してた。
「なんかこう見てるとエロ同人みたい。」
「いやエロ同人て。」
透ちゃんの見えない手でぎゅむぎゅむ胸を揉まれている様子を、三奈ちゃんとお茶子ちゃんがしげしげと見つめている。いや、助けてください。
「お肌も綺麗よね、何かしてるの?」
ようやく解放され梅雨ちゃんの方に逃げると、もちもちとほっぺを触られながらスキンケアについて聞かれた。みんなも十分肌綺麗だと思うけどなあ。
「結局人類が辿りつくところは、ニベア。」
「ニベアかあ。」
みんなから賛同が得られる。これについては異論の余地なかった。やっぱたどり着くよね、ニベア。
「梅雨ちゃんもいつも髪綺麗だけどなんかしてる?」
「私も気になりますわ。」
いつでもつやつやの梅雨ちゃんの髪。密かに憧れている。どんなお手入れをしているのだろう。
「そうね、いつも同じヘアオイルを使ってるわ。今日も持って来てるから、あとで使ってみる?」
「え、いいの?」
「使う使う!」
私も梅雨ちゃんみたいなサラ艶髪になれるかなあ。その後もみんなそれぞれおすすめの化粧水やシャンプーについて教えてくれる。こういう情報交換ありがたい。参考にさせてもらおう。
女子トークに花を咲かせていると、隣の男湯から何やら不穏な声が聞こえてきた。
「峰田くんやめたまえ‼君のしていることは己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」
峰田くん、またか……。こうなることは予想できてるので対策済みだ。あらかじめ洸汰くんに見張ってくれるよう頼んでおいた。覗きダメ、絶対。
「壁とは超える為にある‼プルスウルトラ!!!」
「速っ‼」
「校訓を汚すんじゃないよ‼」
罵倒を乗り越え恐らく峰田くんの手が壁の頂上に来ようとしたその時。
「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ。」
「くそガキイイイイ!!?」
洸汰くんがきっぱりと突き放してくれ、峰田くんの愚行は阻止された。あまりに至極真っ当な意見だ。こんな小さな子に人としてのモラルを教わるなんて、どうなってるんだろう彼は。
「ありがと洸汰くーん!」
三奈ちゃんの声とともにこちらを振り向く洸汰くん。けれど少し刺激が強かったらしい。女子の裸を見てしまった動揺で後ろ向きに体が傾く。
「わ、あぶな……!」
思わず湯船から飛び出したけど、どうやら緑谷くんがキャッチしてくれたらしい。大丈夫だよと隣から声が聞こえてくる。よかった。
「アンタあのまま飛び出してったら男湯だったからね?」
「め、面目ない。」
「何事もなくてよかったです。」
「うん。でもちょっと心配だから先あがるね。」
意図してなかったとはいえ怪我させてしまうかもしれなかった。緑谷くんが対処してくれてるみたいだから大丈夫だとは思うけど、一応様子を見に行ってみよう。一度体を流して脱衣所へと向かう。
Tシャツとハーフパンツに着替えてプッシーキャッツさんの事務所を目指す。髪乾かすのはあとにしよう。
「マンダレイのいとこ……洸汰の両親ね。ヒーローだったけど殉職しちゃったんだよ。」
「!」
事務所前に辿りつきドアを開けようとして止まる。聞こえてきたのは身に覚えのある話だった。思わずさっと壁際に体を隠す。
「二年前……、敵から市民を守ってね。ヒーローとしてはこれ以上ない程に立派な最期だし、名誉ある死だった。でも、物心ついたばかりの子どもにはそんなことわからない。親が世界の全てだもんね。自分を置いて行ってしまったのに世間はそれを良い事・素晴らしい事と褒めたたえ続けたのさ……。」
マンダレイさんから語られる、洸汰くんの悲しい過去。いや、彼にとっては今も続く苦しみだ。なんだか聞いていられなくなって、くるりと踵を返した。
息がうまくできない。彼の小さな肩に乗っていたのは、誰にも理解してもらえない憤りと寂しさ。
マンダレイさんの言葉が頭に響いている。物心ついたばかりの子どもにはわからない。本当にそうだろうか。洸汰くんは、今がヒーロー社会で、ヒーローが市民を守るのは当然だと言われていることがわかってるんじゃないだろうか。わかった上で、市民を守って死んだヒーローを囃し立てるこの社会を気持ち悪がってるんじゃないのか。
父は、爆発に巻き込まれて死んだ。子供を庇って。警察の人もニュースのアナウンサーも、何百人を救って死んだ英雄だと彼を褒め称えた。
確かに常に強いヒーローであろうとした父にとっても名誉ある最期だったのかもしれない。けれどすでにヒーローを目指していたはずの私は、それにずっと違和感を覚えていた。お父さんはよくやったよと褒められても父は戻ってこないのに。喪失感はなくならないのに。まるで彼が死んだのが正しかったみたいな言葉の数々。段々とこれでよかったのかもしれないと刷り込まれて、父の死を悲しむことさえ咎められているような感覚が当時とても怖かった。
洸汰くんがヒーローを憎んでしまった理由。それは本当に誰にも計れないものだ。その悲しみが、ぽっかりと開いた心の穴が、埋められることはもうない。両親は返って来ないのだから。ぽたりと髪から落ちる雫を、私はしばらく拭えなかった。