合宿
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やっと施設が見えてきて、よろよろしながらゴールへと向かう。空はすっかり夕焼けに染まっている。お腹空いたのと個性使い過ぎで気持ち悪い。
「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねえ。」
「何が三時間ですか。」
「腹へった……死ぬ。」
「く、くらくらする。」
「悪いね。私たちならって意味アレ。」
「そんなあ。」
これも合理的虚偽だろうか。若干口内に血の味がしてきて鼻を抑える。
「でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら。特にそこ5人。躊躇のなさは経験値によるものかしらん?」
ピクシーボブさんが指さしたのは爆豪くん、焦凍くん、緑谷くん、飯田くん、そしてなぜか私。褒められたのは嬉しいけどもう喜ぶ元気がない。
「三年後が楽しみ!ツバつけとこー!!!そちらはいい男いたら紹介して!」
「ええ。」
プップと焦凍くんたちに唾を吹きかけるピクシーボブさん。ほんとにツバつけてる。物理的に。適齢期的なアレで焦っているらしい。結婚願望強いんだな。消太くんを勧めようかとも思ったけど怒られそうなので黙っておいた。
「適齢期と言えば、」
「と言えばて!」
「ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」
緑谷くんの視線の先には帽子をかぶった男の子。私も気になってた。バス降りた時もお二人の隣にいた。どこか目つきが爆豪くんに似ている。
「ああ違うこの子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから。」
じゅうせい、じゅうせい?どんな字だろう。多分甥っ子的な何かなんだろうけど。あとで百ちゃんに聞いてみよう。
「あ、えと僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね。」
かがんで優しく手を差し出す緑谷くん。すると突然男の子からパンチが繰り出され緑谷くんの股間にクリーンヒットした。
「きゅう。」
「緑谷くん!おのれ従甥‼なぜ緑谷くんの陰嚢を‼」
死んだ顔で倒れてしまった緑谷くんを飯田くんが介抱する。抗議の声をあげても男の子は一向に気にする様子がなく、寧ろ凄んでる。最近の子怖い。
「あれって痛いの?」
「痛い。」
「死ぬほど痛い。」
「地獄が見える。」
思わず隣に聞いてみると瀬呂くん、切島くん、上鳴くんが口をそろえた。顔が青ざめてる。やっぱ痛いんだ……。
「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ。」
「つるむ!?いくつだ君‼」
やっぱりなんとなく爆豪くんに似ている。同じことを思ったらしい焦凍くんが口に出して本人にブチギレられていた。危ない。言わなくてよかった。
でもどうしてだろう。この幼さであそこまでヒーローに嫌悪感を持っているのも今時珍しい。何かそうならざるを得ないことが、彼の身にあったのだろうか。年齢の割に険しい目つきがなんだか気になった。
「茶番はいい。バスから荷物降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ。」
淡々と説明する消太くんの言葉に従って、荷物を部屋に運ぶ。疲労のせいか持ってきた荷物は朝より重い気がした。部屋は和室になっていて、今夜ここで雑魚寝するのかと思うとわくわくが止まらなかった。みんなでお泊まり。嬉しい。
「いただきます‼」
食堂に集まりようやく晩ごはん。お昼抜きだったからあまりにも染みる。お味噌汁最高。五臓六腑にしみわたる。
「爆豪くんから揚げ取って。」
「自分で取れやクソが。」
「届かないから……。」
「チッ、貸せ。」
私のお皿に唐揚げが山盛りになっていく。なんだかんだ言ってちゃんととってくれるんだよなあ。女子の食べる量全然把握してなくてちょっと笑ってしまったけど、彼は案外世話焼きだ。
私の席は爆豪くんと緑谷くんの間。前に座ってるのは飯田くんと梅雨ちゃん。なんだか珍しいものを見たみたいな顔で見られた。
「オラ。」
「ありがとう。でもこんなに食べられないからちょっともらって。」
「雑魚が。」
「雑魚とかじゃなくない?」
自分のお皿から爆豪くんのお皿に唐揚げをよける。爆豪くんは嫌がることもなく一口それを頬張りうめえと呟いた。
「なまえちゃん、本当に爆豪ちゃんと仲がいいのね。」
「だてに職場体験一緒に行ってないな!」
「そうなんだよね。」
「ンなわけあるかァ!」
すごい否定されてる。けどこれは照れ隠しかなあ。うん、そう思っとこ。隣をなだめつつサラダをむしゃむしゃする。あれだけ個性使ってたのに爆豪くん元気だなあ。
「カロリーこそ正義。」
「みょうじくん、至言だな。」
唐揚げにマヨネーズをつけて口いっぱいに頬張る。ほどよく揚がった鶏がおいしい。米がすすむ。切島くんと上鳴くんはテンションが上がりすぎて、土鍋で炊いているのか執拗に質問していた。ピクシーボブさんに若干引かれてる。
「太んぞ、デブ。」
「デリカシーがない。というか私より爆豪くんの方が食べてるよ。」
「言えとるなあ。」
「うっせえ丸顔。」
「失礼すぎやん。」
揚げ物食べてるときにカロリーの話しないでよ。ナンセンス界のプリンス。ねー、とお茶子ちゃんと顔を見合わせる。
「あれ、緑谷くんどうしたの。」
「いや、ちょっと洸汰くんのことが気になって。」
先ほどから黙っている彼の視線の先には仏頂面で野菜を運ぶ男の子の姿。
「何でヒーロー嫌いなんだろうと思って。」
「それは確かに。」
「みょうじさんは何か思いつく?」
「うーんどうかなあ。でも、あんまり突っ込むの良くないかもよ。」
「え。」
「何があったのかは、彼自身にしか計れないことだから。」
「……そう、か……。」
今ので伝わっただろうか。おせっかいはヒーローの基本。緑谷くんはそれを体現したような人だ。実際私も彼の言葉に救われた。それでも、触れられたくないこともある。それがどれだけ小さな男の子でも、踏み込んでほしくない境界線はあるだろう。
だからといって考え込んでしまった彼があの子を放っておけるとも思えないけど。どうかまた緑谷くんが無理しませんように。願いを込めてから揚げを口に放り込んだ。