合宿
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幸いすぐ近くに広めの公園が見つかり、ベンチも空いていた。もう16時過ぎてるのに全然陽は暮れていなくて、ちょっと暑いくらいだ。夏だなあ。
「みょうじなんか飲み物いる?」
「あ、待って。一緒に買いにいこ。ここは驕らせてください。」
「あのねえ……。」
「私も今日のお礼したいから。ね、お願い。」
「……その顔で断れるわけないでしょ。」
懇願の意を込めてじっと見つめていたら瀬呂くんが折れてくれた。よかった。
「選ばれたのは。」
「綾鷹でした。」
「カルピスじゃん。」
「いや、その文言聞くとつい。」
ガコンという音ともに缶が落ちてくる。私はカルピス、瀬呂くんはコーヒー。瀬呂くん、大人だ。ベンチに戻って2人で乾杯した。
「おいしい。」
「喉渇いてたもんな。」
渇きを潤すようにごくごくと飲む。公園は広いからか案外静かだ。
「んで、なんか話したいことがあるんです?」
「……お気づきですか。」
「なんとなく。」
私が本屋さんを選ばなかった理由。単純に瀬呂くんともっと話したかったから。それと今日1日一緒に過ごして、やっぱり彼には聞いてもらいたいと思ったから。
「瀬呂くん、あの。お父さんの話、聞いてくれる?」
「元No.4ヒーローの?」
「うん。」
話の内容までは予想がついていなかったようで、瀬呂くんは少し意外そうな顔をした。清く正しく強い、最高のヒーロー。そんな父のイメージを崩してはいけないと決して言えなかったこと。それを彼には聞いてほしかった。
それから私は話し始めた。父に教えられてきたこと。ヒーローになるよう育ってきたこと。それが最近おかしいんじゃないかと緑谷くんの言葉で気づいたこと。私には目標がないこと。憧れのヒーローがいないこと。父がほんとはどんな人だったか知りたいと思ってること。ベストジーニストさんに聞いて余計わからなくなったこと。そして焦凍くんとの仲がこじれてしまった原因の一端は父にあること。もちろん、焦凍くんの家の話は伏せて。
その一つ一つを、瀬呂くんは真剣に聞いてくれていた。響香とちゃんと友達になったあの日みたいに、口を挿まず、否定をせず。ただただ黙って聞いてくれていた。
「……プロヒーローの家って色々あるんだなって、簡単に切り捨てることはできるけどさ。」
「うん。」
「俺は、ちゃんと一緒に悩みたいよ。」
話し終わって始めに彼から紡がれたのは、私の全部を受け入れてくれるような温かい言葉。理解できないからと突き放すのではなく、寄り添いたいと歩み寄ってくれる。手を差し伸べてくれる。ああそうだ、彼はこういう人だ。改めて瀬呂くんの優しさに触れて、うっかり泣いてしまいそうだった。
「なんつーかこう、入学したての頃とかさ。あんま自分の個性だっていう意識もなかったんだろ。」
「うん。あの頃はなんか、父のものだと思ってたから。」
「でも体育祭もあって変わってさ、今すげー前向きに頑張れてんの、尊敬する。」
「え。」
「いやまずおかしくね?って気づけんのもすげーし、これまで好きだと思って信じてきたもん疑えるか?って考えたら、俺多分できない。」
「そ、れは。でも、きっかけは多分、瀬呂くんだよ。」
私の人生のはずなのに、なぜか敷かれたレールの上を歩いていた。自分の個性のはずなのに、ずっと借り物のような気がしてた。それにはっきりと気づかせてくれたのは緑谷くんなのかもしれない。けど、考える最初の手がかりをくれたのは、間違いなく瀬呂くんだった。
「え、緑谷じゃなく?」
「うん。瀬呂くんは覚えてないかもしれないけど、初めての戦闘訓練の後反省会やったでしょ。」
「あー、あったな。」
「その時にね、瀬呂くんだけが言ってくれたの。"みょうじが強いのはみょうじが頑張ってるからじゃん"って。」
「……やべ、覚えてねえ。」
そんなこと言ったっけと頭を掻く瀬呂くん。やっぱり覚えてなかった。それはつまり、あの言葉は気を遣って言ってくれたんじゃなくて心からの言葉だったという意味で。じんわりと胸が熱くなる。彼が覚えていてくれてなくて、私はすごく嬉しかった。
「ふふ、それでいいよ。強個性とかさすがNo.4ヒーローの娘とか言われてる中で、私自身父に感謝しなきゃって笑ってた中で、瀬呂くんだけがただ私を見てくれてた。私自身の頑張りを感じてくれてた。何でもないみたいに自然に出た言葉で、私を救ってくれたの。」
「……そっか。みょうじにとってなんかきっかけになったんなら、俺も良かった。」
「大げさじゃなく、あの時のこと、私一生忘れないと思う。」
すっかりぬるくなってしまった缶を握り締めて、もう一度彼に向き直る。遠くで子供たちの遊んでいる声が聞こえた。
「だからありがとう、瀬呂くん。」
ちゃんと笑顔で。感謝の気持ちを伝える。なぜだか瀬呂くんが息を呑んだのがわかった。
「……俺の方こそ、隣で笑ってるみょうじ見てると救われた気持ちンなるよ。」
いつものように、ポンポンと頭を撫でる大きな手。
「だからみょうじがずっと笑ってられるよう、一緒に悩ませて。一人であんま、抱え込んでほしくない。」
「……うん。ありがとう。ちゃんと相談する。」
今だって十分助けてくれてるのに、まだ一緒に荷物を持ってくれようとする。少しでも私の肩が軽くなるよう、背負ってくれようとする。今日は瀬呂くんが底抜けに優しいのを実感してばかりだ。
「あ、俺に言いにくい事なら耳郎にでもいいのよ。ってかこのことは耳郎も知ってンの?」
「響香にはちょっとだけ話したよ。けど、お父さんのことは言ってない。から、もしよかったら瀬呂くんの口から伝えてくれないかな。」
「俺から?なんで。」
「いや、ちょっと響香の前だと泣きそうなので……。」
「泣いちゃえばいーじゃん。」
からかいながらも任されましたと了承してくれる瀬呂くん。きっと本当は自分の口から伝えなくちゃいけないことなんだろうけど、やっぱりまだ人前で泣くのには抵抗がある。最近ほんと涙腺緩みっぱなしで危ないから。この話しながら響香の顔見たら絶対泣く。
辺りが暗くなってきた。気づけばいつの間にか18時を過ぎている。
「ちゃんと話してくれてありがとな。」
「ん、でもこんな時間になっちゃった。そろそろ帰ろっか。」
「……ま、あんま遅くなっても危ないしな。送ってく。」
「大丈夫だよ。帰る電車反対でしょ。」
「そーなんだよなあ。」
2人の家の中間地点で遊ぶことにしたから、帰りは真反対だ。家まで送ってもらうわけにはいかない。瀬呂くんを不良少年にしてしまう。
少しゆっくりめに、別れを惜しみながら歩く。もう少し一緒にいたいけど、困らすわけにもいかない。自分の気持ちとは反対に、駅にはすぐ着いてしまった。
「んじゃ、また合宿で。」
「うん。今日は本当にありがとう。」
「俺の方こそ。すげー楽しかった。ありがとな。」
別れの挨拶を終えたのになんとなく動けなくて、2人ともなかなか背中を向けられない。瀬呂くん、反対側のホームなのに。行ってほしくないと思ってしまう。だけどそろそろ電車が来る。引き止めちゃだめだ。
「あの、瀬呂く……。」
「みょうじ。」
もう一度私の頭に伸びる手。ポンポンといつものように撫でた後、離れて行かずにするりと頬に触れる。
「え、あの。」
じっと見つめてくる瀬呂くんはいつもより顔が近くて。段々と距離が縮んでる気がして。もうすぐそこに、瀬呂くんの顔。何も考えられなくなって思わずぎゅっと目を瞑った。
『電車が参ります。』
突然のアナウンス。びっくりして目を開けると、瀬呂くんはパッと手を放した。
「気をつけて帰ってな。電車乗り遅れないよーに。」
「あ、う、うん。」
いつも通りの様子で手を振って向かいのホームへと消えていく。呆然とその背中を見送って、今来た電車に飛び乗った。
心臓はうるさいくらい鳴っていて、顔は湯気が出そうなほど熱い。状況を掴めないまま、心を落ち着かすために必死で素数を数えている。
キ、キスされるかと思った。去り際の彼の顔が浮かぶ。次会う時もきっとあんな風に、何でもないみたいな顔して接してくれるんだろうな。なんていうか、ずるい。
先ほど触れられた頬に手を当てる。すぐ近くの瀬呂くんの顔、聞こえる息遣い。すべてが鮮明に思い出されて、余計に熱を持った気がした。
その日の夜、クラス女子のチャットにお礼と報告をした。水族館楽しかったとか、格好を褒めてもらったとか、公園でたくさん話せたとか。手をつないだことと別れ際のことは言わなかった。
三奈ちゃんと透ちゃんは「告られてないの!?」「まだ付き合ってないの!?」と不満爆発で、瀬呂くんに文句の連絡を入れる一歩手前だったけど、楽しめたのならよかったと響香や梅雨ちゃんがなだめてくれたので何とか収まった。
寝る前にスマホの写真を見ながら、今日の出来事を思い出す。2人で撮った写真。この瀬呂くん、かっこいいなあ。響香にだけ見せよう。
お土産は棚に飾った。ちょこんと座った小さなギャングオルカさんを見て、思わず口許が緩む。
気を抜くとさっきの出来事が思い出されて、すぐに顔が熱くなる。それでも1日、すごく楽しかった。これまでのお礼もちゃんと言えた。私にしては上出来だ。
次に会えるのは、合宿の時。それまでにいつも通りに戻らないと。いまだおさまらない火照りを隠すように、電気を消して目を閉じた。