合宿
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は瀬呂くんとの約束の日。私は朝から何度も鏡の前を行ったり来たりしている。これで本当にいいのだろうか。ちゃんと教えてもらった通りにメイクも髪もセットしたけど。
いや、自信を持たなくちゃ。みんなにあれだけ協力してもらったんだから。
白の半袖ボリュームスリーブブラウスにダスティピンクのマーメイドスカート。鞄は明るめブラウンのミニショルダーバッグ。靴はヒール低めのボルドーパンプス。
若干夏っぽくなくなってしまったけど許してほしい。元々イエローのような明るい色は似合わない。
メイクはローズピンクのチークに似た系統のシャドウ。マスカラはせずにビューラーと軽いアイラインだけ。筆でのせていくタイプのアイブロウで眉を整え、リップは薄ピンクのジューシー系ティントだ。控えめだけど発色良くてかわいい。
髪は緩く巻いてハーフアップにした。最後にリボンがモチーフのネイビーのヘアクリップで留める。ベストジーニストさんからもらったバレッタもあったのだけど、デートに他の男の人からのプレゼント身に着けるのもなあと思い今回はやめた。
あまりごちゃごちゃするのも良くないという結論になりアクセサリーはイヤリングだけになった。白いお花の小さいイヤリング。ささやかだけどちゃんと可愛い。これは響香チョイス。
そわそわして落ち着かない。さっきから全然時計が進んでないような気もする。どうしよう、結構早いけどもう出ようかな。
移動してた方が気が紛れるはずだ。鏡で最終確認をして気合を入れなおし部屋を出た。今日の予定はまず、水族館。待ち合わせは水族館の最寄り駅の近くにある大時計だ。
お化粧して外出るとみんなに見られてる気がする。自意識過剰。うう、なんか息が苦しくなってきた。
駅についてしまった。約束までまだ30分もある。結構待つことになるかもだけど、もう待ち合わせ場所まで行っとこう。
「……え、」
時計の下には見慣れた横顔。なんで。瀬呂くん、もういる。待ち合わせ時間間違えてだろうか。慌てて彼のいる場所まで走る。
「瀬呂くん……!」
「!」
声をかけて視線が合うと、彼は一瞬目を見開いた。いつもならすぐに笑顔を返してくれるのに、口元を手で隠しながら無言でこちらを見ている。
「……瀬呂くん?」
「あ、や、早いなみょうじ。」
「瀬呂くんの方が早いよ。ごめんね時間間違えてた?」
「や、ちゃんと合ってるよ。俺が来たくて早く来てただけ。」
その言葉に鼓動が速くなる。瀬呂くんもちゃんと楽しみにしてくれてたんだ。嬉しい。
いつも余裕綽々の彼と、なぜかあまり目が合わない。どぎまぎした様子を見るのは本当に久しぶりで、ちょっと新鮮な気持ちにすらなる。
「……あー、駄目だわ。」
「えっ。」
その場にへなへなとしゃがみ込んでしまう瀬呂くん。駄目という言葉が気になって、この格好変じゃないよねと不安になってきた。
「みょうじサン可愛すぎ。すげー似合ってる。」
「え、と。ありがとう、ございます。」
「はは、また敬語なんのね。」
立ち上がって私の髪を優しく撫でる。なんか王子様みたいだ、と思った。いつもと違って瀬呂くんの顔もちょっと赤い。
「今日のためにお洒落してくれたの。」
「まあ、そういうことです。」
「まじかぁー。ほんとかわいーわ。誰にも見せたくねー。」
「残念ながらクラス女子には見られてるんですよねえ。」
「え、どゆこと。」
2人で目的地に向かって歩き始める。ここで初めてクラスの女子チャットに情報がいきわたってしまったことを報告した。もうこれに関しては全力で謝るしかない。ほんとごめん。
「まあ、いーってことよ。おかげでこんな可愛いみょうじ見れたしさ。」
「うう、そう言っていただけると幸いです……。ほんとにごめんね。」
「そう謝りなさんな。」
「瀬呂くんも今日、かっこいい。」
「いつもかっこよくない?」
「いや、そういわけでは、ないです。」
「ハハ、じょーだん。ありがとな。」
瀬呂くんはベージュのトップスに黒のワイドパンツ。この前の勉強会の時ともまた雰囲気が違ってすごくかっこいい。なんていうか、見惚れる。
「お、着いた。」
見えてきた水族館は最近できたばかりのもの。かなり大きな施設で、中央にある大水槽が売りらしい。チケットを2枚買って展示へと向かう。
「俺が出すのに。」
「いいの。お互い学生なんだからそんなにポンポンおごってもらえないよ。」
「いや今日は結構一世一代よ?」
チケットは計画を立てている時点で各自で買うようお願いした。瀬呂くんは渋ってたけどさすがに申し訳ない。水族館って結構値段するイメージだったし、ここは少し頑固にならせてもらった。
最初の展示はオオサンショウウオ。毎度思うけど何でこの子たちはこんなに積み重なってるんだろう。広い水槽の中でなぜかひとかたまりになって動かない。団子状態だ。
「これ、下のやつ生きてんのかな。」
「生きてるとは思うけど……、1番下の子って何考えてるんだろうね。」
ポジション取りを失敗してしまったばっかりに、次々と仲間に上に乗られてしまった不憫な子。ちゃんと呼吸できてるのか不安になる。
オオサンショウウオさんと別れを告げた後に貝やらチンアナゴやらを見て、ようやく大水槽へと辿りついた。建物の中央に円柱状の水槽が聳え立っている。床から天井までガラス張りになっているので、2階からも魚が泳いでる様子が見える仕様だ。
「大きい……!」
「すげーな。」
「見て、サメいる。」
「お、ほんとだ。あっちサバだ。」
「わ、めっちゃ大群。」
「あっちアジ。」
「こっちもすごい。」
「お、マグロ来た。」
「……おいしそうなやつばっかり言ってる?」
「ばれた。」
寿司ネタばかり言う瀬呂くんが気になって思わず指摘する。彼はわざとやっていたようでケラケラと笑った。わかるけどね。ちょっとおいしそうとか思っちゃうし。
それにしても水槽眺めてる瀬呂くんの横顔、なんか綺麗だな。水と光のコントラストのせいか、どこか幻想的な雰囲気。暗めの照明も相まって、少しドキドキした。
その後しばらく2匹のエイを眺めて、別のフロアに移った。私がかなり楽しみにしていた展示。そう、ペンギンコーナーだ。
「うあ~かわいい~!」
「いっぱいいんなァ。」
よちよちと歩くペンギンさん。そのおぼつかない足取りにもうメロメロだ。餌をねだったり段差でこけたり。どうしようもなく可愛い。
「なんかボードある。」
「あ、一人一人の名前わかるようになってるね。」
瀬呂くんが見つけたのはペンギンさんたちの名前がわかるボード。羽のところに巻かれている腕輪の色で個別認識できるみたい。相関図まで書かれていて、その内容が結構ドロドロしてる。
「この子とこの子、夫婦なんだね。」
「でもこいつ浮気してんぞ。」
「ほんとだ。奥さん嫉妬深いって書いてるけど。」
「浮気相手にブチギレて殴り込んだことあるって書いてんな。」
「こわ。北条政子かな?」
「突然のインテリやめて。」
ペンギンの世界も大変だ。結構色恋が入り乱れている。ペンギンさん同士だけじゃなくて飼育員さんに恋してる子もいて、なんだか微笑ましかった。
全員の名前を確認しながら見ていたら、結構時間が経ってしまった。少し足が疲れてきたねということで、名残惜しいけどペンギンさんたちにバイバイして次へと進む。
クラゲの水槽がいくつも並べられているフロアにベンチがあったので2人で並んで腰を下ろした。疲れた足を休めながら、何を話すでもなくぼんやりとガラスの中を眺める。暗闇の中で水槽だけに光が当てられ、その中を優雅に漂うクラゲ。なんだか日常を忘れてしまような、不思議な感覚。
「……私これ、1日見てられるかも。」
「俺も。」
まるで映画でも見ているかのように、ふわふわと流れていくクラゲを見つめる。なんかこのままぼーっとしてたら閉館時間になっちゃいそう。
「ショーとか見なくてよかったん?」
「ああ、ギャングオルカさん。」
「シャチな。」
「ふふ。いいの。結構人多かったし、小さい子たちが見られた方がいいでしょ。」
「……あー、そういうとこ。」
すげえ可愛い、と言いながらちらりと視線を合わせる瀬呂くん。再び顔が水槽に戻ったかと思えば、すぐそばにあった手が重ねられた。驚いてそちらを見ると、顔が少し赤い。
「ちょっとだけこのまま。いい?」
「……うん。」
私もつられて赤くなる。でも全然嫌じゃなくて、そこからは何も言わずにしばらく手を重ねたまま水槽を眺めていた。瀬呂くんの手は大きくて温かくて、立ち上がる時に離れてしまうのが寂しかった。
良い時間になってきたし、そろそろ出ようかと水族館を後にする。すると出口のすぐそばにお土産屋さんがあったので、何か買いたいと立ち寄った。
「今日見られなかったから、ギャングオルカさんのぬいぐるみにしようかなあ。」
「シャチな。」
「ん、あれ。こっちほんとにギャングオルカさんだ。」
「ほんとだ。こういうとこからも仕事くんのスゲーな。」
色々悩んだ結果、2人でおそろいのギャングオルカさんぬいぐるみを買うことにした。棚とかに飾れる小さめのやつ。これなら持って帰る時も大変じゃない。
「んじゃ、これは俺からのプレゼントっつーことで。」
「え、そんな。」
「いーの。これくらいさせて。」
そう言うと私の手からひょいとぬいぐるみを取り、さっさとレジに向かってしまった。瀬呂くん、やっぱできるなあ。行動が全部スマート。邪魔にならないように店の外で待っていると、すぐに戻ってきて袋を渡される。
「はいよ、お待たせ。」
「……ありがとう。嬉しい。」
「俺も一緒にいられて嬉しーからさ、そのお礼。」
「それだったら、その。……同じ気持ちだから私もなんかあげたい。」
「はー……、んっとに。もう十分すぎるっつーの。」
項垂れる彼はまた顔を赤くさせながら、ポンと私の頭を撫でた。
「このあとどうする?行きてーとこある?」
「んー、そうだなあ。どっか公園とか行きたいかも。」
「おっけ、んじゃ近くの公園目指していくかあ。」
現在16時。帰りの時間のことを考えるともうお店を回ったりは出来なさそうだ。一応本屋さんも計画には入っていたけど、それよりもなんだか瀬呂くんと話をしていたかった。
隣で歩く彼をちらりと見ながら、もう一度手をつなぎたいかもなんて。言えるはずのない気持ちを閉じ込めた。