期末テスト
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夕方。陽が落ちてきたのでそろそろ解散しようということになった。百ちゃんに見送られながら、広い門を出ていく。
「またいらしてくださいね。」
「うん、遅くまでありがとう。」
「ほんと助かった!」
「神様仏様ヤオモモ様!」
最後まで拝んでいる上鳴くんと三奈ちゃん。百ちゃんの解説わかりやすかったもんなあ。私も勉強になった。紅茶もクッキーもおいしかった。
百ちゃんとバイバイしてみんな一緒に駅への道を辿る。辺りは夕焼けに染まっていて、なんだか青春だなあとぼんやり考えた。休みの日に私服で勉強会。全部初めての体験だ。
ぞろぞろと歩く中で、自然に瀬呂くんと隣になる。前では4人が試験について話していて、ロボという単語が聞こえた。
「途中遊んでたろ。」
「う、サボり警察だ。」
「逮捕しちゃうぞ。」
「裏声やめて。」
おちゃらける瀬呂くんに思わず笑いが漏れる。手錠をかける真似をする彼に私も犯人役の寸劇で返した。すると前を歩いていた三奈ちゃんがくるりとこちらを振り向いた。まじまじと見られている。何だろ。
「あ―――‼思い出した!」
「え?」
突然声をあげる三奈ちゃん。どうしたの。周りもびっくりして見ていたけど響香だけはなんだかすぐに合点がいったらしかった。
「アタシらこっちに用事あったんだよね!ほら、上鳴と尾白もさ!一緒に来て!」
「んえ?なんで。」
「かまわないけど。」
男子2人はわけが分からないと言った顔をしながらもこっちこっち!と引っ張る三奈ちゃんについて行く。響香も協力してそれとなく口裏を合わせていた。
「ってことで2人は先帰ってて!ごめんね!」
「ウチもこっち付き合ってくから。また学校で。」
「う、うん。またね。」
「気ーつけて帰れよ~。」
大きく手を振りながら別方向に見えなくなっていく4人。ぽつんと残された私と瀬呂くん。三奈ちゃん、わかりやすすぎるよ……。無理矢理2人にされたこと、瀬呂くんなら気づかないわけない。若干気まずい気持ちだったけど隣の彼は気にしていない様子で、んじゃ帰るかと歩き始めた。
「なんか嵐のように去ってったね。」
「ね。何の用事だったんデショウ。」
完全にわかってる人の言い方。みんなの実家的に帰る方向全員同じだったはずだもんね。明らかに不自然。そんなに気を遣われると逆に申し訳なくなる。
辺りはすっかりオレンジに染まっている。隣で歩く背の高い彼を盗み見ながら、瀬呂くんの色みたいだなあとこっそり思った。
「みょうじサン、反抗期なんだって?」
無言になってしまった私に突然切り出された話題。体育祭の帰りに響香に話した、私の気持ちについて。瀬呂くんにならいいよと言っていたので、恐らくどこかで彼女に聞いたのだろう。
「あ、響香から聞いた?」
「まあそんなとこ。反抗、してるんです?」
悪戯な視線で見つめられる。深刻にするでもなく、こんな風にいつも自然体で受け止めてくれる瀬呂くんの優しさに何度も救われてきた。
「うーん、反抗、してますねえ。」
「何に、っていうのは聞いて良いやつ?」
ちゃんと私の気持ちも慮ってくれる。踏み込む境界の見極めが、彼はとてもうまいと思う。私がこれ以上来ないでほしいという線には、多分決して入って来ない。人の思いを感じ取ることに長けた、器用な人。
「あー、うん。その、過去の自分全部かなあ。」
「全部?」
「……うん。全部。今まで、信じてきたものとか、自分が当たり前だと思ってきたものとか。全部、疑って、間違ってたことに気づいたら、ちゃんと反抗して正して。自分なりの正解を見つけていこうかなって。」
そのために父についてもっと知りたい。私のこれまでについても、これからについても、もっとちゃんと考えていきたい。まあ、職場体験で余計わからなくなってしまってるのだけど。
私の答えに、瀬呂くんは少し考える素振りを見せる。夕日に染まった彼は、さっきよりも真剣な顔で私を覗き込んだ。
「そっか。反抗、なんだよな?」
「え。」
「否定じゃないんだよな?」
一瞬言われている意味が分からなくて戸惑う。否定、ってことは、これまで生きてきた私を全部なかったことにするのと多分同じだ。これまでのことは全部おかしかったって否定して、過去を忌み嫌いながら生きていく。それは、違うと思った。
「う、ん。多分、否定じゃない。」
「ん、なら応援する。今までの自分全部を否定するって言うなら止めたけど。」
最近思う。瀬呂くんは私より私のことがわかってる気がする。今言ってくれてなかったら、きっと反抗と否定の境界が曖昧になって苦しんだ。容易に想像できる未来だ。その時も、彼がこうやって光を照らしてくれるのかもしれないけれど。
「……瀬呂くん、なんかすごいなあ。その辺ちゃんと区別できてなかったかも。」
「や、何もしてねーよ。ちょっと心配だっただけ。」
瀬呂くんはいつも何もしてない、気にしなくていいと言う。けれど確かに何度も私の心を掬い取ってくれていて。日に日に存在が大きくなっていくのがわかる。私にとって、太陽のような眩しい人。
「反抗はいいよ、自分が正しかったのか考えるのが今みょうじにとって大事なことなんだろうしさ。でも否定はさ、悲しいでしょ。みょうじがこれまで努力してきた分とか、そういうの全部否定するっていうのはしんどいし、悲しい。」
温かい言葉。私のことを気にしてくれるのがわかる言葉。いつだって才能だとか遺伝だとか言わない。私自身を見てくれて、その上で努力してると認めてくれる。それがどれほどの勇気になっていることか。
私は、過去を無かったことにはしたくない。過去とは決別したくない。されるがままだった自分も、弱い自分も、全部受け入れて答えを見つけたい。全部ひっくるめて未来に向かいたい。瀬呂くんは、そんな気持ちを改めて気づかせてくれた。
「ありがとう、瀬呂くん。」
「いんや何もしてねーよ。」
また何もしてないと言う。いつも彼は何でもないみたいに私を救うのだ。本人はそれに気づいているのだろうか。ずっと変わらない姿勢で隣にいてくれる彼の存在がとても嬉しかった。
「なんかほんと、助けられてばっかりだなあ。」
「ま、人に頼るのも大切ってね。」
ポンポンといつものように頭を撫でられる。毎回恥ずかしくなって照れてしまうけれど、この大きな手が私を安心させてくれる。
「肝に銘じます。ふふ、今度なんかお礼しないとね。」
「んじゃ、俺1個お願いあるんだけど。」
「ん、何?」
歩みを止めてこちらに向き直る瀬呂くん。改まった顔に鼓動が速くなる。瀬呂くんの目が、私を捉える。向かい合わせ。夕暮れ。なんだか世界に2人きりみたいだ。
「テスト終わったらの話なんだけどさ、どっか一緒に出掛けてくれませんか。」
「……え?」
彼からの申し出は、思ってもみないものだった。思わず素っ頓狂な声をあげる。というか、どういう意味の誘いだ。もしかして、いや。まさか。都合のいい考えが浮かんでは消える。顔が熱くなっていくのがわかった。
「ちなみに2人で。」
「……ナンパ?」
「上鳴じゃねーからな。れっきとしたデートのお誘いです。」
私がするであろう質問を先回りされる。ほとんど照れ隠しで聞いた最後の可能性もなくなり、逃げ道は残されていなかった。デート、という単語をはっきり言われたことで、もう瀬呂くんの目も見られない。周り夕焼けでよかった。赤いの絶対ばれてるけど。
「いや?」
私の目線に合わせて、下から覗き込む瀬呂くん。優しく見つめられて、その目はどこか熱を帯びていて。断れるわけなかった。
「……い、やじゃ、ないです。」
自分でも聞こえたかわからないほど小さな返事。それでも瀬呂くんは満足そうに目を細めてよっしゃと呟いた。
「んじゃまたテスト終わったら詳しいこと話そ。やっぱ無理はナシな。」
うまく言葉が出なくてただただ頷く。再び歩き始めるとようやく駅が見えてきた。なんだかこのままずっと2人で歩いていたいような、不思議な気持ち。けれどそんなことを言えるはずもなくて、名残惜しいのを必死で我慢した。
帰りの電車、私はずっとフワフワしていた。何を話したか全く覚えてないけれど、瀬呂くんはいつも通りだった。私が気にしないよう気遣ってくれているのだとわかって、またそれに胸が高鳴った。
今日が終わってほしくないと思いながらも、別々の電車に乗り換える。最後に私の頭を撫でた瀬呂くんの顔を、なぜだかずっと忘れない気がした。
デート当日になったってきっとどうしていいかわからない。それでもテストが早く終わってほしいと心の底から願った。