期末テスト
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授業終わりの更衣室。みんなそれぞれの課題を見つけて期末試験に頭を悩ませている。
「なまえちゃんぐんぐん成長してるねー!」
「いやあ、やっぱ近接は苦手だからどうにかしないと。」
「ウチも。」
「お茶子ちゃんに教えてもらおうかなあ。」
「ええよ、開く?ガンヘッド講座。」
朝教室でやってたみたいな呼吸で型を構えるお茶子ちゃん。A組女子がみんなでこれやってるとこ想像したらかなり面白いな。
「それいい考えね。」
「近接と言えば芦戸さんも大変体の使い方がお上手ですよね。」
「ん?私はね、ブレイクダンス!」
「ダンスか!ありかも!」
ブレイクブレイク!と透ちゃんも一緒に盛り上がり始める。可愛い。
「なまえちゃんも空中戦教えてくれへん?個性的に知っときたくて。」
「ん、私にできることなら。」
「今度どっかグラウンドで集まってさ、……ねぇ、ちょっと待って。」
「どしたの響香。」
「シッ。」
口に人差し指をあてる響香。耳を澄ませてみるとなんか隣から聞こえる。声の方向を見てみるとなんと更衣室の壁に穴が開いていた。隣は男子更衣室。
「隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室‼」
「峰田くんやめたまえ‼ノゾキは立派な犯罪行為だ!」
「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ‼」
峰田くん、最低すぎる。本当にヒーロー志望なの……?
「八百万のヤオヨロッパイ‼芦戸の腰つき‼葉隠の浮かぶ下着‼麗日のうららかボディにみょうじの極上ライン‼蛙吹の意外おっぱアアァ‼目から爆音があああ‼」
響香のドックンがさく裂して峰田くんの煩悩は敗北した。極上ラインって何。ぴったりコスチュームのせいかな。
「ありがと響香。」
「何て卑劣……‼すぐにふさいでしまいましょう‼」
百ちゃんが創造の個性で壁を修復してくれる。納得いかないという顔で自分の体を見つめる響香はそっとしておくことにした。
着替えて外に出ると同じく着替え終わった男子たちと目があってすぐ逸らされた。若干顔が赤い。峰田くん、気まずくなるからほんとやめて。
帰りのHR。すっかり包帯も取れて通常通りに戻った消太くんの話を大人しく聞く。
「えー……、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日一か月休める道理はない。」
「まさか……。」
「夏休み林間合宿やるぞ。」
「知ってたよ――!やった―――!!!」
林間合宿。みんなと初めてのお泊まりだ。訓練だってわかってても胸膨らんでしまう。
「肝試そー‼」
「風呂‼」
「花火。」
「風呂‼」
「カレーだな。」
「行水‼」
峰田くんは置いといて花火は私もしたいなあ。あと流しそうめん。どうせなら竹でやってみたい。
「ただし。」
消太くん顔こわ。ちょっと盛り上がりすぎた私たちを一瞬で黙らせる目力。さすが雄英教師。
「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ。」
「みんな頑張ろーぜ‼」
筆記赤点になりそう組が必死だ。私もみんなと合宿行きたいし、実技試験に向けて動こう。とりあえず消太くんに相談しなくちゃ。
「失礼します。」
「おーみょうじ!イレイザーならあっちで話してんぜ!」
「ありがとうございます。」
放課後の職員室。がらりと扉を開けるとひざしくんがいた。敬語使うの変な感じだけど軽く挨拶して消太くんの席に向かう。消太くんは近接も得意だし、稽古つけてもらえるならぜひお願いしたい。
「あれ。」
消太くんの席のそばまで行くと、見覚えある紫。何だろうこの組み合わせ。ちょっと雰囲気似てるけど。
「お、どうした。」
「稽古つけてもらいたくて相談に来ました。」
「あーそうか。近接な。」
「うん。じゃなかった、はい。」
クラスの人いないから若干気が抜けてる。ひざしくんともハイタッチしそうになったし。危ない。というか私と話してていいのかな。先に話していたはずの彼は所在なさげだ。私が来たことで消太くんなんか考えこんじゃったし。どうしよ。
ふと目の前の彼と目が合う。ここで何もしないのも変なので頭を下げる。向こうも気まずそうにお辞儀を返してくれた。やっぱりいい人だ。
「久しぶりだね。」
「……その節はどうも。」
なんとなく挨拶を交わす。改めて見ると整った顔してるなあ、心操くん。
「なんだお前ら知り合いか。」
「入試の時にちょっと……。」
「それならちょうどいい。」
え、なにが。聞きたかったけど消太くんは何かの準備を始め、さっさと職員室を出ていく。私たちはわけもわからず黙って彼の後について行くことになった。私はともかく心操くんには説明してあげようよ。
有無を言わさず連れてこられたのは無人のグラウンド。岩場が多く起伏も結構ある。
「お前ら、今からここで鬼ごっこな。」
「はい?」
今から。稽古つけてもらえるかもと思って体操着は着てるけど。急すぎる。しかも2人で?ちらりと隣を見ると、私以上に意味が分からないという顔をした心操くん。うちの担任がごめんなさい。
「体育祭の結果を加味して俺が心操の面倒を見ることになった。」
「え、心操くんがA組になるかもってことですか。」
「組はわからん。ヒーロー科に編入するかもってことだ。だがそのためにはまだ圧倒的に基礎体力が足りない。」
「……自覚してます。」
「で、お前は近接を克服したい。」
「はい。」
ああ、なんか。わかったかも。消太くんのやりたいこと。
「だから鬼ごっこだ。鬼は心操。一度でもみょうじに触れたら心操の勝ちだ。みょうじも逃げてるうちに体の使い方を覚えられる。」
「一石二鳥ですね。」
「そういうことだ。個性は使うなよ。」
先ほどからしゃべらない彼は戸惑った表情をしている。女の子相手に、とか思われてるんだろうか。確かに体力では不利だし、個性使用なしの50Mダッシュだったら負けるかもだけど、今回は鬼ごっこだ。個性を使えなくても足場を利用したり避けたりできる。近接が苦手とはいえ体術全般は父から教わっている。普通科の人相手に逃げきれないとは思えない。相手は男の子だけど、これでも私はヒーロー科なのだ。消太くんもそれを見越してるんだろう。
「よろしくね。全力で大丈夫だよ。」
「あ、ああ。よろしく……。」
消太くんに促されてなぜか流れで握手することになった。まあ挨拶は大事だよね。緊張しているのか彼の手はひんやりとしていた。
「はいじゃあスタート。とりあえず15分。」
「結構長い。」
逃げ回るのに15分は長いよ。捕まえる方もかなりきついと思う。
鬼の心操くんは5秒数えて捕まえに来る。この短さじゃろくに距離取れないけど。とりあえず岩場を利用して崖の上に上がろう。
「よ、っと。」
トントンとジャンプしながら岩場を乗り移っていく。後ろを振り向くと心操くんが追いかけてきていて、上に登るのに苦労しているようだった。彼が崖に上がって来るまでちょっと待つ。この間に髪しばっとこう。
心操くんが追いついてきたので崖と同じ高さにある岩場に逃げる。ここからだと下に降りられないからあっちの岩場に飛び移るしかないな。ちょっと距離あるけど行けるか。
「くっそ……!」
あ、追いつかれる。彼の手が私の髪に届きそうだったので慌ててその場を踏み切る。
「っは、まじかよ……。」
一回転して隣の岩場に着地。よかったなんとかなった。ここからなら下に降りられるな。緩やかな斜面を滑りながら降りる。
その後も逃げ回って15分。結局捕まることはなかった。たまに危なかったけど。それにしても15分足場悪いところをうろちょろしてると疲れる。息もそれなりに上がってしまう。
「終わりだ。どうだった。」
「はあっ……、死ぬかと、思い、ました……。」
心操くんは肩で息をしていてかなり辛そうだ。私にとっては授業の一環でも彼にとっては初めてのこと。ぼたぼたと落ちる汗を見ながら彼の目指す道の険しさを感じた。そこに挑戦しようとしている彼は、単純にかなりカッコイイ。
「私も結構きつかったです。」
「みょうじも体力向上するだろうな。」
「よっし。」
「今日は様子見でここまでだ。これからテスト期間で時間が無くなるだろうが、夏休みはみょうじも付き合ってもらうぞ。」
「わかりました。」
じゃあ解散、と言ってスタスタと出て行ってしまう消太くん。最後まで強引だなあ。取り残された私たちの気持ち考えてよ。
「平気?」
汗だくで倒れ込んでる心操くんに声をかける。
「……平気。付き合わせちゃって悪いね。」
「なんで。お互いwin-winの訓練なんだから気遣わないでよ。」
「win-winねえ……。」
どうやら納得いってないご様子。確かに私の汗はもう引いてるし傍から見たら圧倒的に差があるように見えるだろう。それでも私は密かに心操くんのことを尊敬している。体育祭の時にも思った。私にないものを持っている、眩しくて羨ましい存在。
「心操くん強いよね。」
「馬鹿にしてる?」
「違う違う。」
じろりと睨まれる。意図が伝わらなかったらしい。そんなつもりはなかったんだけど、ヒーロー科の皮肉みたいになってしまったみたいだ。慌てて訂正する。
「いや、体育祭の時も思ったんだけどね。不遇な立場にいるからってふてくされずにちゃんと努力してさ。憧れを目指してなりたい自分にまっすぐ向かっていけるのって、なかなかできないなって。」
「……そんなの、ヒーロー科の奴みんなそうだろ。」
「うーんどうだろ。人によるかなぁ。」
半信半疑、みたいな顔。全然関係ないけど心操くん話す時ちゃんと目を見てくれるなあ。滲み出る誠実さ。やっぱりヒーロー向きだ。
「えっと、普通科から編入するのって多分すごく努力がいると思うんだよね。で、それってすごく強くなりたいっていう意思がないと続けられない。その強い意志をちゃんと持ち続けて、なりたい自分になろうとしてる心操くんはすごいなって話です。私はそれができるようになったの、つい最近だから。」
「……そう。」
彼は考え込むように地面を見つめた。少しの沈黙の後深くため息を吐かれる。おしゃべりな奴だと思われただろうか。
「俺のこと怖くないの。」
「え、なんで。」
「個性知ってるだろ。洗脳されるかもとか思わないの。」
体育祭の時も感じたけど、彼はかなり自分の個性にコンプレックスを持っている。私にとってはすごく強力で有用なヒーロー向きの個性に見えるけど、やっぱり本人にしかわからない苦悩ってあるものだ。きっと嫌な思いもたくさんしてきたのだろう。
「全然。」
「え。」
「だってここで洗脳する意味わかんないもん。」
そもそも私益のために使う人に見えない。そんな人ならヒーロー目指してないだろうし。心操くんは私の返答にポカンとしたあと、急に吹き出した。
「はは、確かに。」
「!」
笑った顔初めて。い、いけめんさんだあ。先ほどよりも柔らかくなった表情に、思わず魅入ってしまう。
「ヒーロー科ってみんなそうなの?緑谷もそんな感じだった。」
「うーん、それも人による。」
爆豪くんを思い浮かべながら苦笑する。まあ彼も心操くんの個性を怖がったりはしないだろうけど。俺に怖ぇもんなんざねーんだよって爆破してきそう。理不尽大魔王。
「俺、心操人使。改めてよろしく。」
「みょうじなまえです。よろしくね。」
もう一度握手を交わす。今度は彼の方から手を差し出してくれた。さっき握ったひんやりした手は、彼の目のように熱くなっていた。これから一緒に訓練して、2人で強くなれる。そんな予感がした。