職場体験
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昨晩遅くにベストジーニストさんが帰ってきた。
「詳しくは言えないが君たちの友人3人は無事だ。」
そう言って私たちは部屋に返された。まさか焦凍くんまでいるとは思わなかったけど、無事だという言葉に力が抜けてそのまま寝てしまった。よっぽど緊張していたんだろう。
職場体験4日目の朝、ニュースはヒーロー殺し逮捕の一色だった。街には脳無まで現れ大混乱だったらしい。エンデヴァーさんが解決してくれ、緑谷くんたちは偶然居合わせただけという報道になっていたけど、本当だろうか。お兄さんが襲われてからずっと思い詰めていた飯田くんの目は、以前の焦凍くんのものによく似ていた。偶然ではなかったのかもしれないと、こっそり思っている。
緑谷くんがクラスチャットにようやく返事をしたので、一緒にいるであろう焦凍くんに電話をかけてみる。
「もしもし。」
「焦凍くん大丈夫なの!?」
「お。」
心が逸ってしまい思いのほか大きな声が出た。電話の向こうでびっくりしている。
「心配かけたな。多少切られたが大丈夫だ。」
「切られてるの!?」
「お。」
お、じゃないよ。思いっきり怪我してる。さっきより声大きくなってしまった。隣の部屋の爆豪くんに壁ドンされた。うるさくてごめん。
「俺はそんな、大したことねえ。飯田の方がひどい。」
わざと?この人ほんとに不安になることしか言わない。幼い頃もこんなに天然だっただろうか。
「……飯田くんは、大丈夫なの?」
駅での思い詰めた顔が思い浮かぶ。飯田くんはきっと、ヒーロー殺しを探しに保須に行った。お兄さんの敵をとるために。あの時、私も声をかけていれば。彼は怪我をしなかったかもしれない。
「ああ、もう大丈夫だ。」
「……そっか。よかった。」
もう大丈夫、という言葉には怪我のこと以外も含まれている気がした。きっと、飯田くんは何か折り合いをつけられたのだろう。
「あ、もう時間だ。そろそろ切るね。緑谷くんと飯田くんにもお大事にって伝えてもらえる?」
「ああ、わかった。ベストジーニストのとこだろ。頑張れよ。」
「うん、ありがとう。安静にね。」
焦凍くん、元気そうでよかった。そういえば和解してから初めての電話だったな。こんな風に話せる日が来るなんて、嬉しい。3人の無事もちゃんと確認できたし、残りの日程も頑張ろう。
「昨晩発生した西東京・保須市での事件。気になるところだろう。人は大きな事件に目を奪われる。しかしこういう時こそヒーローは冷静でいなければならない。混沌は時に人を惑わし根底に眠る暴虐性を引きずり出そうとしてくる。」
爆豪くんの髪をぴっちりさせながら朝礼を行うジーニストさん。職場体験4日目にして爆豪くんが部屋から出てくるのをめちゃくちゃ渋るようになった。強力ワックスに加えてタイトジーンズまで履かされるようになったからだ。私もコスチュームの上からデニム製のタイトスカートを履いている。可愛いからいい。
「というわけで今日もピッチリ平常運行。タイトなジーンズで心身ともに引き締めよう。」
「シュア‼ベストジーニスト!」
サイドキックさんたちと一緒に元気よく返事をする。ベストジーニストさんの事務所、かなり独特だと思う。私は慣れたので楽しんでしまっているけど、毎回爆豪くんはピッチリ髪型を爆発させるくらいキレている。
保須市の事件を受けて、今日は朝から見まわり強化。模倣犯なども出やすいため、注意深く街の様子を確認していく。ベストジーニストさんも一緒だ。
「朝からでかい声出してんじゃねェ。」
「ごめん。焦凍くんにかなりびっくりするようなこと言われてつい。」
「半分野郎のせいか、燃やす。」
「怪我人だからね、やめてね。」
「仲いいな君たち。」
誰がじゃボケ‼と爆破しようとしている爆豪くんの両手を、ジーニストさんがデニムで縛る。細長いデニムにつながれた爆豪くんの図、どこかで見たことあるなあ。
「ああ、チワワの散歩……。」
「テメェ殺されたいンか‼」
しまった口に出てた。ブチギレチワワだ。
「おーい、ヒーロー!」
職場体験始まって初めてのヒーローを呼ぶ声。
「どうされました?」
「猫が下りられなくなってるみたいなんだ!」
呼び声の主は焦った様子のお兄さん。指された方を見上げてみると、確かに高い木の上に取り残されてしまった猫ちゃんがいた。
「大丈夫ですよ、すぐ助けます。」
「トルネード、頼んだぞ。」
「俺が行く。」
「爆豪くんは猫ちゃん怖がらせるからダメ。」
爆破の音が聞こえた気がするけど気にしない。空気で足場を作って猫ちゃんのいる高さまで移動する。怖がっている猫ちゃんを安心させられるよう、手の甲を差し出して警戒を解いてもらう。
「何もしないよ、大丈夫。」
にゃあ、と小さく鳴いて私の手に近づいてくれた。落とさないように抱き上げ下に降りる。
「あんまり高い木にはもう登っちゃだめだよ。」
地面にそっと猫ちゃんを降ろすと、またにゃあ、と鳴いてどこかへ行ってしまった。なぜか注目の的になっていたようで、街の人から拍手が送られる。
「お嬢ちゃん体育祭の子だろ、えらいなあ!」
「これからが楽しみね!」
「優しい上にカワイイ、文句ないな!」
敵倒したりとか、してないんだけど。行動以上の称賛をもらってしまい、恥ずかしくなる。爆豪くんは歯折れるんじゃないかってくらいギリギリしている。そんな顔で見ないで。
「なまえ、よくやったね。この調子だ。」
「は、はい!」
街の人たちに一礼して再び見回りを再開した。猫ちゃん、元気そうでよかったな。
午後からはまた個人訓練。一度コツを掴んでからはなんだかゾーンに入ってしまい、ブロックを3つ倒すだけでなく粉砕できるようになってしまった。自分の風にこんな威力があったとは。驚きを隠せない。
それを見ていたジーニストさんはふむ、と何かを考えて私に別の部屋へ行くように言った。
「あの、これは……?」
「岩だ。」
ですよね。広い部屋の真ん中に私の背よりも大きな岩がドンと居座っている。
「これまでは風が3本の線になるように訓練していたが、今度は力を分散させずに一直線にあの岩に当ててみよう。」
「は、はい。」
どういう訓練なのだろう。あの岩を動かすとか?戸惑いつつも言われた通り、距離をとって岩の前に立つ。頭で線をイメージして、訓練通りの力で、一直線。
「……え?」
ドゴォ‼というすごい音と共に存在感を示していた大きな岩は粉々になってしまった。え、これ私がやったの?パラパラと破片が部屋中を飛んでいく。炭治郎もびっくり。
「今、君はこれくらいの威力がでる。」
ベストジーニストさんに肩を叩かれた。私は理解が追いついていない。
「繰り返し集中して訓練したことで、コントロールと威力が格段に上がった。力を分散させてもそれなりに敵を捕らえられるほどに。」
「なる、ほど……。」
「今後はこの部屋に飛び散っている破片を、飛び散らせないようにコントロールするんだ。もちろん、威力は落とさずに。雄英にはきっとその設備も備わってる。」
そうか、片腕は威力の高い一撃、もう片腕は破片や瓦礫を集める役割の風。やることがいっぱいだ。絶対に難しいけど、わくわくしている自分がいた。
「君も爆豪も、よくやっている。もっと強くなれる。」
「はい、ありがとうございます!」
ベストジーニストさんの手が、優しく私の頭を撫でた。