職場体験
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職場体験3日目の午後。ようやく思い通りに缶が3つ倒せるようになった。今はばらばらの間隔のコンクリートブロックを倒せるよう練習中だ。缶より圧倒的に威力がいるけど、間隔がバラバラだとさらにコントロールに意識が割かれる。かなりハードルが上がって四苦八苦だ。
「なまえ、そろそろ見まわりの時間だ。爆豪と共に行ってくれ。」
「わかりました。」
訓練を中断し爆豪くんと合流する。今日から見まわりにはベストジーニストさんはいない。代わりにサイドキックの人が一緒に来てくれるのだそうだ。
「暗くなる頃が1番危ないからね、注意深く見ておくんだ。」
「はい。」
「チッ、今日も全然敵でねえじゃねーか。なんだこの街。」
「いいことでしょ。」
爆豪くんにもだいぶ慣れた。前みたいにびくびくしなくなった。1日目は怖くてできなかったけど昨日の夜クラスチャットに爆豪くん髪の毛矯正写真を送ってみた。案の定部屋に殴り込んできてめちゃくちゃ謝った。クラスのみんなにはかなり好評だったんだけどなあ。
ありがたいことにジーニストさんが担当の地区は今日も異常なし。爆豪くんは文句たれてるけど見まわりを終えて事務所に戻ることになった。
「毎日毎日……俺ァ敵をブッ潰しに来たっつーのによ。」
「まあまあ、平和なのは良いことですので。」
なだめながら帰り道を辿る。するとスマホが小さく鳴った。
「爆豪くん……これ。」
「あ?」
スマホの通知は緑谷くんから。クラスチャットに位置情報だけ。なんだろう。
なんとなく胸騒ぎがしてすぐに画面を開く。表示された場所に一気に体温が下がった気がした。
「……保須だ。」
「!?」
2人で顔を見合わせる。サイドキックさんにもすぐに伝えベストジーニストさんのところに急いで戻った。
ヒーロー殺し、ステイン。飯田くんのお兄さんを襲った張本人。今もその現場の保須に留まっているらしい。そして飯田くんのインターン先は保須市。先ほどの緑谷くんの謎の位置情報。全てが繋がって最悪の予想が完成していく。
事務所で仕事をしていたジーニストさんを無理矢理呼び出し、クラスチャットのことを説明する。緑谷くんは意味もなくこんなことをする人じゃない。私の予想が間違ってなければ恐らく今彼はヒーロー殺しといる。多分飯田くんも。
幸いベストジーニストさんは私たちの話をちゃんと聞いてくれた。すぐに状況を確認してくれるらしい。
「今保須にはエンデヴァーがいるようだ。問題はない。私も現場に向かってみるが、君たちは待機だ。」
「俺も行く。」
「待機だ。」
「っでも!」
「駄目だ。待機だ。」
ジーニストさんの圧にグッと押し黙る。飯田くんたちがピンチかもしれないのに。
「まだ仮免もとれていない君たちをそんな危険な現場に行かせることはできない。ここで待機。状況はちゃんと教えるし明日には必ず帰る。待っていなさい。」
最もな意見になにも言えなかった。爆豪くんも俯いて拳を握っている。友達が危ないかもしれないのに何もできない。無力な自分が悔しかった。
「君たちの友達は、ちゃんと助けよう。」
そのままベストジーニストさんは事務所を出ていった。待機を命じられた私たちは、仕方なく自室に戻るしかなかった。
部屋に戻ってとりあえずお風呂に入った。けどずっと緑谷くんたちのことが気になって仕方ない。爆豪くんもあれきり自室にこもってしまった。彼もまた何か思うところがあるのだろう。
念のため緑谷くんと飯田くんにメッセージを送ってみたけどやっぱり返ってこない。電話ももちろん通じない。どうしよう。久しぶりにかなり不安だ。何もできない歯がゆさに思わず唇を噛む。
なぜかふと彼の顔が浮かんだ。こんな時にと思ったけど一人に耐えきれず、気づけば通話ボタンを押していた。
「もしもし。なんかあった?」
「……ごめん瀬呂くん。今大丈夫だった?」
どうしてだろう。無性に彼の声が聞きたくなった。以前の自分なら絶対に電話なんてかけてない。少しずつ自分が出せるようになっているはずなのに、前より弱くなっている気がする。
「今日はもう終わって部屋いるから大丈夫よ。さっきの緑谷のやつ?」
やっぱり。彼にはお見通しらしい。
「うん。気になっちゃって。ベストジーニストさんに待機命令出されてるから何もできないし。何て言うか、悔しい。」
「そっか。俺も行けるような距離じゃねーからなぁ。断片だけわかって放置ってのもキツいよな。」
「うん……。」
あれ以降クラスチャットにも緑谷くんからの返信はない。それがクラス内の不安を大きくさせていた。何かあったのだと突きつけられているようだった。それでもみんな距離がバラバラで、駆けつけたくても駆けつけられない。
「爆豪は?」
「部屋にこもってる。ジーニストさんと一緒に行きたがってたけど、却下されちゃって。」
「あー、かなり想像つくわ。」
一緒にいられたらお互い少しは気が紛れたかもしれないけど、無言になってしまった爆豪くんに声をかけることは憚られた。
「……瀬呂くん、ごめんね。ちょっと不安になっただけで連絡しちゃって。」
「不安になったから瀬呂くんに連絡くれたの?むしろそれ嬉しーわそれ。もっとして。」
「ええ、いいの?」
「いいに決まってんでショ。……まああんまり思い詰めないよーに。」
耳元で聞こえる、いつもの優しい声。少しだけ肩の力が抜けて冷静になる。
「ありがとう。ちょっと落ち着いた。」
「ん、よかった。」
「それじゃあ、あの。そろそろ切るね。話聞いてくれてありがとう。……おやすみ。」
「はーい、おやすみ。ちゃんと寝ろよ?またいつでも連絡して。」
「ふふ、うん。ありがとう。」
ぷつりと通話が切れる。さっきよりも頭がクリアになった気がする。とりあえず今の私には、2人の無事を祈ることしかできない。それが現実だ。
きっと目が冴えて眠ることもできないだろうから、ベストジーニストさんの帰りを大人しく待とう。