体育祭
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「おつかれっつうことで、明日あさっては休校だ。プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ。」
教室でミイラの消太くんが連絡事項を伝える。私たちは休めても先生たちは休めないよなあ。消太くん包帯取れてないのに、ほんと頭が下がる。
「響香、一緒に帰ろ。」
「ん、了解。打ち上げ行こうって話もあるけどどうする?」
「んー、響香がよければ2人で帰りたい。」
「わかった。じゃあ帰ろ。」
教室を出て、2人で並んで歩く。いつもなら何人かで一緒に帰るけど、今日はどうしても響香と2人で帰りたかった。学校の外はもう夕焼けで、辺りはオレンジ色に染まっている。
「なんかあったでしょ。」
「うぇ、」
「や、答えづらいことならいいんだけどさ。誘ってくれたの初めてだったから。」
初めて。言われるまで気がつかなかった。そういえばいつも帰るときは響香から誘ってくれていた。少し寂しげな表情の彼女に胸が痛む。
打ち上げを断ってまで一緒に帰ってくれていることも、気遣わしげな目も全部私のためだと今ならわかる。きっと普通の友達ならもっとお互いのことを伝えあっているものなんだろう。相談も、もっと気軽にするものなんだろう。何もかもが初めてで、わからないことだらけだ。
「……違うの。」
「え、」
「えっと、私。これまで当たり前だと思って生きてきたことが当たり前じゃないって、今日気づいて。」
「うん。」
「思ってることとか考えてることとか、ずっと言葉に出せないまま来たのかもってわかって。」
「うん。」
私のまとまらない言葉に、響香は遮ることなくただ頷いてくれる。
「ちゃんとしなきゃって思ったの。将来の事とか、友達の事とか。ちゃんと、向き合わなきゃって。思ってることも、言わなきゃって。」
「そっか。」
きっと何を言われてるのか訳が分からないと思う。それでも、響香の目はとても優しいものだった。
「だから何ていうか、その、私これから反抗期になると思う。」
「うん?話飛んだね。」
「う、そうかも。でも、うん。多分反抗しなくちゃいけないんだ。ずっと何も言えないまま今になっちゃったから。」
柔順に、敷かれたレールの上を歩くだけじゃ駄目なんだ。今までの私は正しかったのか、父のやり方はおかしかったんじゃないのか。そういうこれまでの過程に、反抗しなくちゃ。
「……そっか。うん。じゃあウチもその反抗期手伝う。」
事情を聞くわけでもなく馬鹿にするわけでもなく、響香は私の味方をしてくれた。こんなに心強いことはない。
「泣いちゃった時、誰にも言わないでくれてありがとう。」
「あー、あれは焦った。瀬呂とかすぐ気づいて探しにいこうとするし誤魔化すのかなり大変だったんだからね。」
「それはごめん。」
「今度クレープおごって。」
「了解です。」
冗談だよと笑う響香にああ好きだなあと思う。中学も、きっと響香がいたら楽しかった。
『みょうじさんは、ね。』
『うん。私たちが教えられることないし。』
小学校も中学校も、一緒に試験勉強したり帰り道カラオケに誘ってくれたりする友達なんて1人もいなかった。父の顔に泥を塗るようなことをしてはいけないと必死だったように思う。
絶対的信頼を置かれている学級委員長。誰とでも分け隔てなく接し、誰にでも優しい。害のない存在であり続けた。それはつまり特段仲の良い友達がいないということで、いつも同級生たちには近づけない一線があった。人気ヒーローの評判を落としてはいけないと、私と接するとき彼女たちはいつも緊張していた。
「私、響香と友達になりたい。」
ぽろりと零れた本音に紫色の瞳が揺れる。
「……友達だよ!友達じゃん、とっくに。」
馬鹿、とつままれたほっぺはほとんど痛くない。彼女の手をそっと取って、離さないようにしっかりと握った。
「私、小中と友達できなくて。いじめられてたとかじゃないし何て言うか……上手くやってたとは思うけど、ちゃんと友達って呼べる人いなかったの。」
こんなことを話すのは初めてだ。響香も驚いてる。
「轟は?」
「焦凍くんは、5歳の頃まではよく遊んでたけど色々あって会えなくなって。そこからちょっと微妙な感じになっちゃって。」
「あー、そういや前もちょっとそんなこと言ってたね。」
「うん。だからその、ちゃんとした友達との距離感がわからなくて。」
素直に伝えると思い当たる節があったらしかった。納得の表情を浮かべている。
「それはなんとなくわかるよ。なまえからボディタッチされたの今日が初めてだし。若干境界線引かれてるのも感じてた。」
「う、図星です。」
鋭い指摘に冷や汗が出る。そうか、ばれてたのか。やっぱり響香には敵わないなあ。
「怒ってんじゃないよ。今言っとかなくちゃと思ってるだけで。」
「うん、ありがとう。」
「ウチはなまえに何があったのかはわかんないけど、距離縮められない何かがあるんだろうなってのは察してた。だからなまえが大丈夫になるまで待つつもりだったんだけど。もういいの?」
真剣な目。ずっと待っててくれたことも分からなかった。この目に、優しさに、応えたいと思った。
「……うん。」
「じゃあウチら遠慮しないよ?ズケズケ行くよ?」
「うえ、こ、心しときます。……私も本当はみんなともっと仲良くなりたかったから。」
「ふふ、素直になったみたいで良かった。」
2人で顔を見合わせて笑う。響香ともっと近づけた気がした。ぎゅっと手をつないだまま、遠回りして帰った。