体育祭
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父とエンデヴァーさんは高校の同級生だったらしい。仲も良く、父が死ぬまでその親交は続いていた。
幼い頃、轟家とは家が近所だった。焦凍くんは初めて私にできた同年代の友達。そして隔絶された環境の中にいた焦凍くんにとっても私はいい遊び相手だった。
「絶対遊びに来るから!」
「……本当?」
「本当!絶対!」
「わかった、絶対だよ?」
「うん、約束!」
5歳の頃、突然引っ越すことになった。もう徒歩1分で会いに行ける距離ではなくなる。私も焦凍くんもかなり泣いたけれど、きっとまた遊べると信じて別れの挨拶をした。
小指と小指を重ねたその日、焦凍くんは火傷を負った。私がそれを知ったのは引っ越して一年以上経ってからだった。
何度も焦凍くんに会いたいと父にお願いしてみたけれど、聞き入れてもらえることはなかった。その話をすると段々と父の目が厳しくなっていくのでいつの間にか話をしなくなった。
絶対に遊びに行くと約束したのに。小学校も高学年になってしまえば自分一人で行けただろうに。どうしてだろう。父に逆らうことがこの上なく怖かった。
ある日父の書斎に入ると、もらったばかりの年賀状が置いてあった。どうやらエンデヴァーさんからのようで焦凍くんも一緒に写真に写っていた。
「なにこれ……。」
「なまえ、何してるんだ。」
「お父さん……。」
「勝手に書斎に入ってはいけないと言ってあるだろう。」
父は優しく私が持っていたものを取りあげた。引き攣った私の顔を無視して。
「お父さん、なにこれ。焦凍くん何でこんな怪我してるの?何があったの?」
「ほら、もう勝手に入ってはいけないよ。」
「お父さん、知ってたの?なんで教えてくれなかったの。ねえ、」
「なまえ。」
父は、黒く塗りつぶされた瞳で笑いながら答えた。
「もう焦凍くんに会いに行ってはいけないよ。」
それきり何も言えなかった。
ようやく焦凍くんに会えたのは父の葬儀の時だった。もう10年が経っていた。エンデヴァーさんの後ろで静かに佇む彼の目から、幼い頃輝いていた光は消え失せていた。
「……久しぶり。」
「ああ。大変だったな。」
「うん。あの、焦凍く」
「もう行く。みょうじも忙しいだろ。」
「あ、うん……。」
そのまま彼がこちらを振り向くことはなかった。はっきりと拒絶されたのだとわかった。
当たり前だ。私はずっと約束を果たせていない。謝ることすらできていない。彼の優しい声で名前を呼んでもらうことはきっともう叶わないのだと悟った。
薄情な私は父の死を聞かされた時よりもずっと、彼がこちらを振り向かないことの方が悲しかった。
「……知ってたんかよ。」
焦凍くんと緑谷くんがいなくなったあと、私たちはしばらく動けなかった。爆豪くんはもしかしたら、立ち上がることのできない私を気遣ってくれたのかもしれない。……いや、どうだろう。
「まあ、幼なじみだから。」
「そうは見えねえな。」
「爆豪くんも緑谷くんとそうは見えないよ。」
「クソデクの名前出すんじゃねえ。」
「ごめん。」
2人も相当の因縁があるように見える。何も話せなくなってしまった私たちとはまたちょっと違うかもしれないけど。歪なことに変わりはない。
「なんでてめーがンな顔してんだ。」
「……色々あるから。」
「そーかよ。」
色々、という言葉に含まれているのは本当に色々なのだけど。ありがたいことに爆豪くんはそれを聞かないでくれた。この数分でわかったこと。彼は案外優しいかもしれない。
「お互い大変だね。」
「てめーなんざと一緒にすんな。」
「午後からも頑張ろうね。」
「ボコボコにしてやるわ。」
「こ、こわ。」
これも彼なりの励ましだろうか。少しだけいつも通りが戻ってきた気がして、私は出店に向かうことにした。