体育祭
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「みんな―‼朝のHRが始まる席につけー‼」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ。」
教壇に立つ委員長に瀬呂くんが鋭いツッコミを入れる。それにしても飯田くん朝から元気だなあ。起きた瞬間からあんなに溌溂としているんだろうか。
「お早う。」
ぼんやり考えてたら全然元気じゃない人来た。がらりと扉が開いて教室に入ってきたのは昨日と同じ姿の消太くん。私はともかく消太くんはまだ復帰無理でしょ。ミイラだし。よろよろしてるし。
「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ。」
え。敵に何か動きがあったのかな。意味深な発言に一気に教室内に緊張が走る。
「雄英体育祭が迫ってる!」
『クソ学校っぽいの来たあああ‼』
不安げな空気は一変し異様に盛り上がるみんな。ああもうそんな時期かあ。敵に襲われたばっかなのに開催できるのかな。
かつてのオリンピックに代わるのが雄英体育祭。全国のトップヒーローもスカウト目的で私たちを見に来る。
警備を例年の5倍にして雄英の危機管理体制が盤石だと示すらしい。何ともヒーローの学校らしい選択。
「資格習得後はプロ事務所にサイドキック入りが定石だもんな。」
「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそうアホだし。」
「くっ‼」
聞こえてくる響香の言葉が鋭い。切れ味抜群で上鳴くんに的確なダメージを与えている。うーんサイドキックかあ。卒業後って私どうなるんだろ。何か全然想像できない。
「年に1回計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」
確かにスカウトはほしい。今後のためにもコネクションがあるのは有利だろう。選択肢が多くなれば自分の可能性だって広がる。そして体育祭の成績が高いほどスカウトの数も多くなる。
ちゃんと頑張んなきゃなあ。消太くんの説明に耳を傾けながらどこか他人事のように感じていた。
お昼休み。何だかんだみんなテンション上がっているようで教室は盛り上がりを見せていた。私は何となく一緒の輪の中に入れずにいる。
「みんなすごいノリノリだ……。」
あれ、緑谷くんはそうじゃないのかな。率先してワクワクしそうなのに。
「ヒーローになるため在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」
「飯田ちゃん独特な燃え方ね、変。」
梅雨ちゃんストレート。確かにぐって体縮めてる飯田くんは面白いけど。
「僕もそりゃそうだよ!?でも何か……。」
「敵とかがあって乗り切れない?」
「そ、そう!そういうこと。」
「気持ちは分かるよ~。」
言い淀む彼の言葉を代弁すると緑谷くんは深く頷いてくれた。あんなことがあったばっかだもんね。
「デクくん飯田くんなまえちゃん……。頑張ろうね体育祭。」
「顔がアレだよ麗日さん!?」
いや女の子に対して顔がアレって。確かに険しくはなってるけども。普段より麗らかじゃなくなってるけども。眉間に皺を寄せてるお茶子ちゃんに向かって首を傾げる。朗らかな笑顔とはかけ離れた顔の影。本当にどうしたんだろう。
「みんな‼私!頑張る!」
「怖いくらいのやる気……。」
「キャラがフワフワしてんぞ‼」
勢い良く腕を上げた彼女に私も切島くんも戸惑ってる。わけもわからないままそれにつられて拳を作った。
お茶子ちゃんの様子が気になって、今日のお昼は仲良しトリオのところにお邪魔することにした。何気にこの面子でごはん食べるのはじめてかも。
「お金……!?」
意外。お茶子ちゃんはお金がほしくてヒーローになるらしい。この言い方だとかなり語弊ある気がすけど、でもまあそういうことらしい。
「なんかごめんね不純で……‼飯田くんとか立派な動機なのに私恥ずかしい。」
聞くと飯田くんはヒーロー一家なんだそうだ。お兄さんであるインゲニウムさんに憧れてヒーローを目指しているのだと誇らしげに教えてくれた。いいな、お兄さん好きなんだ。
「生活のために目標設定できるのすごいことだと思うけどなあ。かなり茨の道なわけだし。大変な仕事なんだから対価は求めていいと思う。全然不純じゃないよ。」
「そうだぞ!それのどこが立派じゃないというんだ!」
お茶子ちゃんのおうちは建設会社をやっているらしい。ご両親を助けるためにヒーローになるというのが、彼女の夢だという。
「私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ。」
いつもの彼女からは想像もつかないような、強い目。どきりとした。飯田くんなんかスタンディングオベーションだ。元々立ってたけど。
「なまえちゃんは?」
「え?」
「確かに、みょうじさんのそういうの、聞いたことないや。」
「俺と同じでやはりお父上を目標にしているのかい?」
「えっと、私……は……。」
どうしてだろう。言葉に詰まった。
お茶子ちゃんはおうちのため、飯田くんは憧れから、緑谷くんなんて聞かなくてもヒーローになりたいという強い意志があるのがわかる。みんなそれぞれ、ちゃんとヒーローを目指してる。
私は?私は、父に憧れてヒーローを目指しているのだろうか?
雄英に入って薄々気づいていた違和感。周りとの温度差。恐らく私は、ヒーローになりたいと自分から思ったことがない。みんなのように、どんなヒーローになりたいかという目標もない。
ただ父に言われてきたから目指してきた。雄英に入って、初めてそれに気がついた。みんなの必死さを見て、自分にそれほど熱がないことを自覚してしまった。父が死んだ今、残ったのは宙ぶらりんな私だけだ。
消太くんが良いヒーローになると言ってくれたけれど、そうだろうか。あの時も何も答えられなかった。みんなのように憧れのヒーローもいない。どんな風になるのかも想像できない。こんな中途半端な奴が、人の命を懸けて戦えるだろうか。この前みたいな異常事態ならまだしも、日常的に知らない人たちの命を預かることが私にできるのだろうか。
ずっとそういうものだと思って生きてきた。ヒーローを目指すのは当たり前のことだと。そこに何か明確な理由などなくても。私は父のあとを追うんだろうと、漠然と考えていた。
人を助けたい、誰かのためになりたい。どれもしっくりこない。なりたい自分がないのだ。ただヒーローになることがゴールではないのに。どんなヒーローになっていくかが重要なのに。
私と彼らとの圧倒的差。それは絶対ヒーローになってやるという欲だ。消太くんにも言われたじゃないか。私には必死さがない。
私は一体何のためにここに居るのだろう。突然足元がぐらついた気がした。私は、私は空っぽだ。