番外編
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合宿三日目の夕食後、柔造と一緒に食器を片付けている。この後は肝試しが開催されるらしく、そんな普通の青春ぽいこともできるんだなとぼんやり思う。
「そういや昨日女子会やってたらしいよ。A組の女子部屋で。」
「なんだそれ。なんで柔造は知ってんだよ。」
「物間に聞いた。」
「あいつはなんなんだ……。」
物間、あいつ妙に事情通なんだよな。それにしても女子会か。華やかそうでいいよなあ。みょうじさんも参加してたんだろうか。
みょうじなまえ。円場ともよく話すが正直憧れの存在だ。何より可愛い。単純にあんな子がクラスにいるの羨ましすぎる。前に食堂で鱗が彼女と話してたのはかなり妬ましかった。合宿前も仲良く手振り合ったりしてたし。クソ、俺もあの時サバみそ定食にしとけばよかった。
「ごめん、洗剤なくなっちゃったんだけどちょっとだけ分けてもらってもいい?」
噂をすればなんとやら。いつもとは違って髪をまとめた彼女が突然俺たちに話しかけてきた。目の前で見るとほんとにすげえ可愛い。
「え、あ。」
「はいこれ。好きなだけ持って行っていいよ。」
「ありがとう。」
突然のことにどもりまくってしまった俺は何も言葉を交わすことができず、代わりに柔造が洗剤を手渡した。また出遅れた。みょうじさんは手際よく洗剤を詰め替える。
睫毛長え。人形みてえだな。見惚れていると顔を上げた彼女とばっちり目が合う。にこりと微笑まれたけどどう反応していいかわからず目を逸らしてしまった。あー、俺かなりダセえかも。
「みょうじさんポニーテールも似合ってるね。なあ、回原。」
「え!?あ、ああ。うん。」
「ふふ、嬉しい。洗剤、ほんとありがとね。」
急に話を振られてまたうまく返事ができなかった。それにしても柔造すげえな。サラッと女子のこと褒められんのかよ。柔軟さどうなってんだ。俺もポニーテール可愛いとは思ってたけど絶対口にできない。こういう奴がモテるんだろうなと軽く尊敬してしまう。
彼女はお礼を言ってさっさと自分たちのシンクに戻ってしまった。千載一遇のチャンスだったのに完全に逃した。これはどう考えても俺が悪い。
「回原さ、わかりやすいな。」
「……だよな。」
「会話成立させないと仲良くなれないと思うけど。」
「言うな。わかってるから。」
ぐさぐさと痛いところを突かれる。食器を洗う彼女を盗み見ながら、自己嫌悪の深いため息を吐いた。
後片付けも無事に終わって、段々と空が暗くなってきた。俺は泡瀬、円場、鱗と一緒に他愛もない話をしている。ちらりとA組の方を見ると、ちょうど彼女が耳郎さんに抱き着いているところだった。
「きょーうか。」
「ん、どした。」
「何でも。ちょっと疲れたから、充電。」
聞こえてくる会話が可愛すぎる。俺が黙ったので他の三人も何となく一緒にそちらを見ている。気になるところは一緒ってわけだ。
「充電できてる?」
「できてるできてる。はー、可愛い。」
「あんたが可愛いわ。」
よしよしと頭を撫でられている彼女はかなり嬉しそうで。あんな顔で抱き着かれたら他に何もいらねえだろうなとかアホなことを考える。今だけ耳郎さんになりたい。
彼女が急に視線をあげて目が合う。やべ、見てんのばれた。
「……何あの癒し空間。」
「マイナスイオンでてる。」
「クソ、彼氏とかいんのかな。」
「轟と幼なじみって聞いたけど。」
「まじかよ……。神様残酷すぎねえ?」
「いやでも彼氏ではないらしいぞ。」
「どこ情報だよ。」
「取蔭が言ってた。」
可愛いという感想は満場一致で、こそこそ会議してると彼女が会釈した。されたのは泡瀬。何でいつも俺じゃねんだよ。って思うけど隣で円場が同じ顔してたので言うのは控えておいた。
その後耳郎さんが施設の方へ向かって行ったのでみょうじさんは一人になった。ぼんやり空を見ている。何しても絵になるな。ってかもしかして今がチャンスかもしれない。
「どうする。」
「行くなら今だろ。」
「話しかけるだけなら許されるよな?」
「鱗、お前先行って来いよ。」
「なんでだよ。」
「一番交流あるだろ。警戒心解いてもらうためにも……って、あ。」
「え、なに。」
円場の視線の先には彼女の元へやってきた瀬呂。俺たちのことをちらりと見てから笑顔で彼女に向き直った。彼女もなんだか照れたように瀬呂を見上げている。なんだ。どういう関係なんだ。
「あれ、みょうじ上着どったの。」
「ん、あの。ご飯作るとき暑いかなと思って部屋に置いてきた。」
「じゃ瀬呂くんの着てなさいね。」
颯爽と着ているジャージを脱ぐ瀬呂。おいおいなんだもしかして付き合ってるのか。彼女は慌てた様子になって顔を赤くさせている。対照的に顔色一つ変えない瀬呂。女子に服貸しといて余裕の表情ってどうなってんだメンタル。
「え、でも。」
「夏でも夜は冷えるから。冷えは女の大敵よ。」
「ふふ、誰目線。瀬呂くんはいいの?」
「俺はへーき。体温高いのよ。」
そういうこと言ってんじゃねえだろ。目の前で繰り広げられる青春劇場に俺たち四人とも目を離せないでいる。瀬呂はその後半ば強引に彼女の肩にジャージを掛けた。
「……じゃあお言葉に甘えようかな。」
「どーぞどーぞ。虫除けにもなるしな。」
「ありがとう。確かにちょっと肌寒いかも。」
「だろ?瀬呂くんの言うこと聞いてなさい。」
「はあい。」
ポンポンと彼女の頭を撫でて切島たちのところへと戻っていく瀬呂。去り際にもう一度ちらりとこちらを見て意味深な表情を見せた。なんなんだあれ。虫除けってもしかしなくても俺たちのことか。
「……おい、あれ当てつけか。」
「だろうな。」
「普通ジャージ貸すためだけに近づいて来るかよ。」
「完全に牽制じゃん……。」
「付き合ってんのかな……。」
がっくりと肩を落とす俺たち。何より彼女がまんざらでもなさそうだったのがショックだ。
彼女を見ると自分よりかなり大きなジャージに袖を通して嬉しそうにしている。いわゆる彼ジャージってやつ。ちくしょう羨ましすぎる。まだ会話すらまともにできてない自分が情けなかった。
そろそろ肝試しということでB組が集められる。死んだ顔をした俺の前に柳と小森がやってきた。
「さっきの見てたんでしょ。」
「さっきのって。」
「みょうじさんのやつ。」
「……見てたけど。」
ため息を吐く俺にやっぱりー‼と盛り上がる女子二人。完全に面白がってるだろ。
「みょうじさん、まだ瀬呂くんと付き合ってないらしいよ。」
「え、あれで?」
「そ、あれで。」
朗報だ。いやでもまだってことは付き合いそうな雰囲気はあるってことか?再び気分が落ちてくる。
「とにかく仕掛けるなら今ってこと。」
「まずは友達になるとこからノコ。」
「肝試し終わりとか話しかけてみなよ。」
「あー、行けっかなあ……。」
応援してると肩を叩かれる。ちょっと前まで鱗と彼女がどういう関係かで騒いでたくせに。完全におもちゃ扱いなんだよなあ。まあでも、仲良くなれるならそれに越したことはない。
今度こそ自然に会話したい。話す内容に頭を悩ませて、肝試しの説明はあまり入って来なかった。
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