番外編
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相澤先生にプールから追い出されたあと、なんとなく教室に向かった。さっき買ったジュースを飲みながら、ぼーっと外を眺めている。なんか一人の教室良いな。暑いけど。
「あれ、耳郎。」
「瀬呂じゃん。」
後から入ってきたのは親友とデートしたばかりのクラスメート。何やらノートを忘れたまま夏休みを過ごしてたらしい。しっかりしてよ。
「教室いたの、耳郎でよかったかも。」
「え、なんでよ。」
「いやちょっと話あって。」
瀬呂はごそごそと机を探りながら続ける。どうやらこの前なまえと出掛けた時に何か聞いたらしい。ウチに話しておいてほしいと頼まれたんだそうだ。
「……直接言えばいいのに。」
「んー、なんか顔見ると泣いちゃうんだってさ。愛されてんね。」
「まーね。」
瀬呂の時は泣かなかったらしい。ウチの顔見て話すと泣くのか。悔しいけど可愛い。
「で、何の話。」
「タイフーンの話。」
「なまえのお父さん?」
「そ。」
今まで聞いたことがなかった。あまり自分の話をする子でもないし。
瀬呂は、一つ一つ丁寧に話してくれた。なまえと父親の関係や轟とのこと。なまえがヒーローとしての目標を模索してること。体育祭の後に語られた曖昧な部分が、少しずつ明瞭になっていく。抱え込んでいたものの大きさに胸が詰まって、泣きそうになった。
「って話よ。」
「……だからちょっと、お父さんの名前出る時変だったんだ。」
「な。本人気づいてるかわかんねーけど、毎回ちょっと影差すっつーか。つらそうな顔してたもんな。」
多分私と瀬呂しか気付いてないその変化。周りに父親のことを称賛される時いつも、あの子はうまく笑えない。その話題になると他の人に話を振ってうまく逸らしてた。多分無意識なんだろうけど。
「みょうじはさ、賢いじゃん。」
「?うん。」
瀬呂の切り口の意図がわからずとりあえず相槌を打つ。ウチよりなまえのことよく見てるし、侮れないんだよなこの人。
「教養も身につくようにって育てられたんだろうけどさ。それ以上に人の機微に気づいて聡い。」
「……そうだね。」
周りを気にして、調和を大切にする。誰かが困っていたらそっと寄り添える優しい子。それがきっと彼女を苦しめる要因の一つでもあるんだろうけど。
「だからさ、親父さんのことなんも疑ってなかった頃は良かったんだろうけど、いや良くはないけど。でもおかしいなって気づいちゃったらなんかもうその瞬間に今までの全部に合点がいって、自分がされてきたこと理解しちゃうんだろうなって思うわけ。」
「……瀬呂の言いたいこと、わかるよ。今まで優しい父親だと思ってたのを自分で否定しなきゃいけないのって、どんな気持ちなんだろ。」
それでもあの子ははっきり反抗すると言った。自分のこれまでに反抗すると。きっと父親のやり方への反抗も入ってるんだろう。私たちが思ってる以上に、あの子は強い。
「平凡な俺には想像もつかねえよ。多分その世界を理解することもできない。」
「でも、味方でいたいね。」
「ん、そーいうこと。本人にも伝えたけどさ。ま、耳郎がいるなら大丈夫かね。」
「なに言ってんの。瀬呂でしょ。大事なのは。」
大事に大事に、壊れ物を扱うみたいになまえと接する。それが瀬呂。明らかに今1番精神的支柱になってる。あまりに好きが駄々漏れてて笑いそうになるくらい。そんな人があの子の近くにいてくれるのは、親友としては安心するけどね。
「……そう思う?」
「そりゃね。アンタら鈍い方じゃないんだからさっさとくっつけばいいのに。」
「まあ~そういうわけにもいかんのよ。」
「わかるけどね。要はタイミングでしょ。」
「そゆこと。」
デートでくっつかなかったのはウチにとっても意外だった。言い方悪いけど瀬呂って手早そうだし。なんか変な意味でなく。誰にも渡したくないからさっさと告りそうなのに。
「やー、でもほんと最近やばい。可愛すぎて歯止めきかなくなる。」
「え、なんかしたの。」
「……ちゅーしそうになった。」
「はあ!?」
聞いてないんだけど。手早いっていうの全然間違ってないじゃん。そりゃいつかは送り出さなきゃだけど普通にこの野郎って殴り掛かりそうになった。手を収めたの褒めてほしいくらい。
「いやほんとごめん。別れ際にかわいーな離れたくねーなって思ったらさ、気づいたらちゅーしようとしてたわ。電車来てくんなかったら完全にしてた。」
「送り狼じゃん……。」
「な、危ねえ。」
危ねえじゃないよ。電車来て理性取り戻せるんだから一応信用はしてるけどさ。ほんと何かあったら瀬呂のことめちゃくちゃに責めそう。2人が喧嘩しても絶対なまえの味方だし。三奈に過保護って言われても仕方ないわ。
「まあでも、今後も支えてあげられるなら支えてあげて。泣かせたらぶっとばすからね。」
「肝に銘じております。」
なまえに必要なのはきっとあの子自身を見てくれる人で。それには多分瀬呂が適任。悔しいけど、ウチは後ろからフォローできたらそれでいい。あの子が幸せでいられるなら、隣にいるのが自分じゃなくても応援できる。
とりあえずデートで何があったのかちゃんと詳しく聞かないと。まだ残るジュースに口をつけながら、ポケットのスマホを手に取った。