運命のグラス (長編11頁)★オススメ
搬送された病院の個室で新開は上半身を起こした状態でベッドにいた。
グラスで切った傷は何針か縫い、全身あちこち打撲で包帯や絆創膏だらけだった。
荒北はずっと付き添って、今はベッド脇の椅子に座っている。
まり子は反省していたようなので被害届は出さず、示談で済ませることにした。
「……バイト、クビだってさ。ははっ。当然だよな」
新開は自嘲して笑う。
荒北がずっと眉間に皺を寄せてしんみりしているので、なんとか場を和ませたかった。
「でも、店内めちゃくちゃにした損害賠償はいらないって言ってくれたし、治療費も払ってくれたし、優しいよな、マスター。あ、これって労災なのかな?いやそんなわけないか。ははっ」
「なんで……」
「え?」
荒北が口を開いた。
「なんであん時、止めたんだよ」
「え、いつ?」
「まり子を殴ろうとした時」
荒北は新開を恨めしそうな目で見て訴える。
「一発殴ってやりたかったよオレぁ。あんな酷いことされたのに女だからって殴っちゃいけねぇのかよ。どんだけ優遇されてんだよ女ってのぁ!」
両手の拳を自分の膝に叩きつける。
荒北は怒りの持って行き場が無くて苛立っていた。
「彼女を守りたかったわけじゃないよ。靖友を傷害罪にしたくなかったから止めたんだ」
新開は冷静に答えた。
「ハァ?正当防衛だろーが!」
荒北は新開の言ってる意味がわからない。
「あの時点で彼女はもう既に戦意喪失してたよ。あそこで殴ってたら、それはただの報復だ」
「……ちっ。メンドクセェな法律ってのぁ」
荒北は少し納得出来たようだ。
一度大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせた。
「痛てぇか?」
荒北は新開の腕に巻かれている包帯をそっと撫でた。
「ちょっとね。打撲や擦り傷はチャリでこけていつもやってるけど、ガラスで切った傷ってのはやっぱ違うな。ははっ」
それを聞いて荒北は悲しくなり、いつもつり上がっている眉が一気にハの字に下がってしまった。
「新開……オマエ、オレを庇って……」
「元々オレが招いたことだからな。巻き込んでごめんな、靖友」
「……」
「おめさんにケガがなくてホント良かったよ」
ニッコリ微笑む新開を見て、荒北はどっと涙が溢れてきた。