運命のグラス (長編11頁)★オススメ
コツコツとゆっくり店内を進むまり子。
女性客達はみんなビビって道をあける。
まり子は新開の正面に立って言った。
「新開くん。考え直してくれたかしら」
新開は表情ひとつ変えずに言う。
「この前も言ったけど、君とは付き合えない。ごめん」
ドン!!
「納得いかないのよ!」
まり子はカウンターテーブルを拳で叩いて叫んだ。
弾みで誰かのグラスが倒れ、呑みかけのウォッカとライムと氷がぶちまけられる。
「私のどこが!この娘達より!劣ってるっていうの!」
新開は動じず静かに答える。
「劣ってるとか劣ってないとかじゃない。君はオレにとって店の常連客の内の一人。それ以上でも以下でもないんだ」
「じゃあ辞めちゃいなさいよ!こんな店!」
「オイ!いい加減に……」
荒北は思わず席を立ち割って入ろうとしたが、新開が荒北の前にサッと手を伸ばして制止した。
そして新開はまり子にニッコリと微笑んで言った。
「どうして君と付き合えないのか、教えてあげるよ」
新開は左手で荒北の右肩を掴み、右手を荒北の後頭部にまわしてグイッと引き寄せた。
そしてわざと「ちゅうううっ」と派手な音を立てて荒北の唇を吸った。
「!!!」
その後「っぽん」と音を立てて唇を離し、まり子に向き直って言った。
「オレ、靖友が好きなんだ」
店内は凍りついた。
女性客達は各々声にならない悲鳴をあげている。
まり子は真っ青な顔をして口をパクパクさせ、ワナワナと震えている。
……今、何が起こった?
今オレ、新開になにされた?
荒北は頭の中が真っ白になって棒立ちしている。
ガシャン!
まり子はおもむろにテーブルにあった細長いコリンズグラスを掴むと、テーブルの角で叩き割った。
「ぅあああああぁぁぁ!!」
そして割れたグラスを頭上に構えて叫びながら、放心状態の荒北に突進して行った。
「靖友!!」
ガシャーン!!
ガタガタズシャーン!!
「キャーーッ!!」
女性客達の悲鳴で我に返った荒北は、床に仰向けに倒れていた。
荒北の上に新開が覆い被さっている。
新開がカウンターを飛び越えた時に割れたグラスや食器が散乱し、テーブルはひっくり返り、椅子も3脚倒れている。
まり子は弾き飛ばされたのか、壁際で尻餅をついている。
荒北の目の前にある新開の肩。
白いシャツが徐々に真っ赤に染まっていく。
「新……!」
それを見て荒北はカアアアッと頭に血が昇った。
覆い被さっていた新開を押し退けて立ち上がり、まり子の胸ぐらを掴み締め上げる。
「ヒッ!」
まり子は身体を強張らせ悲鳴をあげるが、荒北は完全に逆上していた。
この女、新開にケガさせやがった!
新開の大事な身体に!
オレの、オレの新開に!!
「こンの、クソアマぁぁぁ!!」
荒北は拳を振り下ろした。
「やめろ靖友!!」
新開の声を聞いて荒北はピタッと拳を止めた。
鼻先1ミリの寸止めだった。
まり子は涙を流してガクガク震えている。
荒北はしばらくまり子を睨み付けていたが、やがて締め上げていた手を離した。
マスターが呼んだのであろう、パトカーと救急車のサイレンが近付いてきた──。