運命のグラス (長編11頁)★オススメ
「……そうかい。残念だなぁ」
「すんません。せっかく誘っていただいたんスけど」
荒北はマスターにバイトの誘いを断っていた。
「君がカウンターに入ったら、明るくて楽しい賑やかな店になりそうだったんだけどねぇ」
「いやソレ居酒屋のノリになっちまうし」
「うちはそれでも構わないんだけどね。……まぁ、気が変わったらいつでも言ってよ。枠、空けとくから」
「あざス」
「じゃ、今日はなに食べる?」
「あ……今日は……ミックスピザを」
「OK」
マスターは厨房に入って行った。
今日でこの店に通うのは最後だ。
夕飯は一番最初に食べた思い出のミックスピザにしようと荒北は決めていた。
「バイト、断ったんだ」
新開がちょっと残念そうに言う。
「オレぁ客商売向きじゃねーし」
「そんなことないと思うけどな。……靖友と二人でカウンターに入ったら楽しいだろうなぁって想像してたんだぜ」
「また機会があったらそん時な」
荒北は新開から目を逸らして言った。
今日でもう来ないということを、新開にいつ言おうと悩んでまだ答えが出ない。
理由はゼミや練習が忙しくなってきたからとか何とでもなる。
帰る時にさらっと言うか。
後で電話かメールで知らせるか。
それとも、何も言わずにフェードアウトするか……。
「靖友……なんか今日元気ないな」
「えっ?」
荒北はギクッとした。
新開は無駄に鋭い時があるから困る。
「そ、そォ?……か、風邪気味のせいかな」
風邪なんかひいていないが、荒北は適当に誤魔化した。
「そうなのか?じゃ生姜湯作るよ。すぐ出来るから待っててな」
「あんがとねぇ……」
生姜湯とか、ジジィかよ。
まぁ、新開が作ってくれるもんなら何でも飲むけどな。
生姜湯とミックスピザの夕食を取りながら、荒北は新開の働く姿を眺めていた。
新開の姿もこれで見納めだ。
最後にしっかり目に焼き付けておこう。
触れると気持ち良さそうな赤毛も。
髪の間から時折覗く耳たぶも。
キュッと上がった眉毛も。
垂れ気味で大きな目も。
深く青い瞳も。
通った鼻筋も。
肉厚で食いしん坊な唇も。
尖った顎も。
決して手に入ることのない、オレの宝石……。
「なに?さっきからずっとオレ見てるだろ」
新開が笑顔でこっちに来た。
「いやぁ……いいオトコだなぁって思ってサ」
「!」
これで最後だと決めたら、悟りというか、開き直りというか、なげやりというか、ヤケっぱちというか、なんかちょっと開放的な気分になって荒北はそんなことを口走ってしまった。
「な……おめさんにそんなこと言われたら……照れるよ」
新開は目が泳いでいる。
かなり動揺しているようだ。
「なに赤くなってんだバァカ。こんなこといつも女共に言われ慣れてんだろーが」
「お、女の子達に言われるのと靖友に言われるんじゃ……全く違うし」
下を向いてゴニョゴニョ言っていて聞き取れない。
荒北は、急にハッとして言った。
「ちょっと待て。カウンターの中から客席って見えてんのか?」
「え?」
新開は顔を上げて不思議そうに答える。
「見えてるよ?もちろん」
「鮮明に?」
「うん。フロアの隅までちゃんと」
「こんなに暗れぇのに?」
「暗いったって慣れるし、見えてなきゃ仕事にならないじゃ……あ!」
新開は荒北の言わんとしていることに気が付いた。
そしてニヤリと笑い、荒北に顔を近付けて言う。
「見えてたよ。おめさんがいつも顔赤らめてたの」
「ぐぁっ!!」
バレてた!
そんな!
最初からずっとか!
「ななななんで黙ってたんだコラァ!」
荒北はショックを隠しきれない。
新開を指差して声を震わせながら罵倒した。
「だって言ったらおめさん隠すだろ。オレの密かな楽しみだったんだ。あぁまた靖友赤くなってる可愛いな、って」
「可愛……!っせーよバァカ!」
「ほら、今だって真っ赤」
「こっ、これは酔ってるからァ!」
「生姜湯、アルコール入ってないよ」
「んもっ……だぁぁ!!」
荒北はわけのわからない雄叫びをあげながらトイレに逃げ込んで行った。
そんな荒北の姿を新開は微笑んで見ていた。