運命のグラス (長編11頁)★オススメ





「荒北くん」

 

荒北の隣の席に女性客が座った。

 

 

ミニスカートで見せ付けるように脚を組む。

わざと、というよりもう癖になっているようだ。

 

この女性客、名を「まり子」と言う。

新開目当ての常連客の中心的存在だ。

 

 

荒北は、この女が嫌いだった。

 

 

キツめの美人顔。

ミルクティー色の巻き髪。

まつエクばっちり。

ブランドスーツ。

香水はラクロワ。

 

見掛けはともかく、嫌なのは性格だった。

いつも高価な酒を注文してこれ見よがしにアピールする。

こっちは金使ってるんだから何しても文句言わせないわよ、という傲慢さがあった。

ここがもしホストクラブだったら、間違いなくシャンパンタワーを注文しているタイプだ。

 

 

まり子は荒北に真っ黒なまつ毛をバサバサ羽ばたかせながら言った。

 

「新開くんって、どんな女性がタイプなの?高校時代はどんな娘と付き合ってた?」

 

荒北はまり子を睨み付けながら答えた。

 

「……そんなこたァ、本人に聞けよ」

 

知ってたってこの女には教えたくない。

 

「本人が教えてくれないからあなたに聞いてるんじゃない。二人共口が堅いわね。男の友情ってやつ?……フン、まぁいいわ」

 

まり子は行ってしまった。

 

「……」

 

 

……新開の好きなタイプだァ?

ハン!そんなもんなァ!

 

オレが一番知りてぇんだよ!!

クソが!

 

 

荒北はベプシハイを一気呑みした。

 

苛立つのは、羨ましいからだと自分で解っていた。

 

たとえ玉砕しようと、女であるというだけで新開にアピールする権利が産まれながらにして与えられている。

自分にはそれが無い。

 

どれだけ誰よりも新開のことを想っていようと、何も出来ないのだ。

 

傲慢だろうと何だろうと、まり子の自信が羨ましかった。

 

 

 

 

そんな時、女性客EFの会話が荒北の耳に飛び込んできた。

 

「まり子、近々新開くんに勝負かけるって、聞いた?」

「聞いた聞いた。どうなるんだろ」

 

 

……!!

 

 

……ハン。

し、新開があんなケバいBBAに靡くかよ。

 

 

しかし、そんなことはわからない。

荒北は新開の好みのタイプなど知らない。

もしかしたら、まり子のようなあからさまに押しの強い肉食系が好きかもしれないのだ。

 

新開が女と付き合うのは仕方が……いや、自然なことであって、自分がとやかく言える立場ではない。

新開だっていつまでもフリーでいるわけではないのだ。

いつかは彼女が出来て、結婚もするだろう。

それは覚悟している。

 

だけど、だけど、せめて知らない女にしてほしい。

自分の知っている女では生々し過ぎて耐えられそうに無い。

 

 

 

──靖友が誰よりも優しいってオレが一番知ってるよ──

 

──靖友のこと、何でも知っておきたいんだ──

 

新開に言われたセリフがこだまする。

 

 

 

オレは……新開のこと……何も知らない……。

 

 

知ろうともしない。

知るのが怖い。

目を逸らして。

耳を塞いで。

口を噤んで。

 

なにが知らない女にしてほしい、だ!

自分に都合の良いことばかり押し付ける気か!

 

 

とんだ親友だ、オレ。

 

 

 

 

 

……友?

 

……靖友。

 

「靖友!!」

 

新開に呼ばれて荒北はハッと我に返った。

 

「どうした?気分悪いのか?」

「……あ?」

「汗、かいてる」

「え?あ、ホントだ」

「呑み合わせが悪かったのかな」

 

新開がおしぼりを3本持ってきてくれて、荒北はちょっと落ち着いた。

しかし、なんだか今夜は精神をかなりやられた。

 

「悪りぃ。今日はもう帰るわ」

「靖友……」

 

荒北は席を立った。

 

 

 

 

店外まで新開が見送ってくれた。

 

「ホントに大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。駅も近いしィ」

 

「靖友」

「ん?」

 

「また来てくれるよな?」

「あ?ああ。約束だしな」

 

不安そうな表情を浮かべる新開に手を振り、荒北は駅へ向かった。

 

 

 

 

 

電車に揺られながら荒北は考えていた。

 

 

 

……もう、潮時かもな……。

 

 

 

店に行くのは次回でもう最後にしよう。

 

オレ目当ての客ってのもめんどくせーし、バイト誘われたけどやる気ねーし、それに……。

それに……。

 

 

……新開が女と話してる姿はもう……見たくねぇ……。

 

 

 

荒北は片手で瞼を覆った。

その手に水滴がついた気がしたが、もう考える気力は無かった。

 








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