運命のグラス (長編11頁)★オススメ





「うめぇ。マスターのタケノコ飯、マジうめぇ」

 

荒北は“Bianchi”で夕飯にがっついていた。

 

 

「君がタケノコ大好物だって新開くんに聞いてね。いやしかし荒北くんはいつも旨そうに食べてくれるねぇ。作り甲斐があるよ。新開くんもよく食べてくれるけど、君とはなんか違うんだなぁ」

「あ、コイツは単に大喰らいなだけっスよ。胃に入りゃ何でもいいんス」

「それはひどいな靖友。オレだって旨い不味いの違いぐらいわかるよ」

「オメーに無理矢理食わされたチョコバナナ餃子の恨みは一生忘れねーかんな」

「な、なんだいその凄まじい料理は」

「あれ旨いんですよ?知らないんですかマスター」

 

 

すっかりマスターにも気に入られ、荒北は“Bianchi”で何度目かの週末を過ごしていた。

 

新開に頼まれたので、女性客で混んでくる時間帯にも滞在するようになり、最初は戸惑ったが会話にも慣れてきたところだ。

 

荒北が来店すると新開は毎回全身で喜びを表してくれる。

その姿を見ると、また来よう、もっとコイツに会いたい、と思うのだった。

 

 

よくスナックで自分のモノになるわけでもないのに目当てのホステスに入れ籠むオヤジがいるが、荒北はその気持ちがよく解る気がした。

 

 

 

自分のモノになるわけでもないのに──

 

 

 

それでもいい。

最初からそんなこと期待していない。

毎週新開に会えて楽しい時間を過ごせるのだ。

こんな幸せがあるだろうか。

いつまでも続いてほしい。

荒北はそう思うのだった。

 

 

 

「この前尽八に“山神”って酒出したじゃん」

「ああ、アイツすげー喜んでたな」

「靖友の銘柄も探したんだけどさ、残念ながら無かったんだ」

「ハッ!そりゃそーだろ。“野獣”なんて酒聞いたことねぇ。ましてや“運び屋”なんて意味わかんねーし」

「見つけたかったんだけどな……」

 

 

新開が自分の銘柄を一生懸命探してくれた……。

 

それを聞いただけで荒北の胸はいっぱいになった。

恋というものは、こんなちょっとしたことでなぜこんなにも嬉しく暖かな気持ちになるのだろう。

 

荒北は赤面を隠すように、話を続けた。

 

「“鬼”ならあんじゃねーの?」

「うん。確かに“鬼”がつくのはいくつかあったな。だけどオレの仕入れてもしょうがないし」

 

そこへ女性客達が会話に割って入ってきた。

 

「なぁに?鬼って」

「なんの話なんの話~?」

 

荒北は女性客ABに向き直って言った。

 

「コイツのあだ名だヨ。鬼って呼ばれてんだぜ」

 

女性客ABは驚いた。

 

「えーっ!新開くんが鬼?」

「こんなに優しそうなのに?あり得なーい」

「なんで?なんで鬼?怒ると怖いの?」

 

「はは。想像にまかせるよ」

 

新開は適当にはぐらかし、荒北と目を合わせて苦笑いした。

 

 

 

そこへ今度は女性客CDが現れ、荒北に話し掛けてきた。

 

「ねね、荒北くんはぁ、彼女いるの?」

「ハァ?」

 

荒北はビックリした。

まさか自分にそんな質問が来るとは思っていなかったからだ。

 

「いるの?どうなの?」

「いや、それァ……」

 

有無を言わさずグイグイ来られ、荒北は困惑して新開をチラッと見る。

 

新開は違う方角を向いているが、グラスを拭く手は止まっていた。

 

「聞き耳立ててんじゃねーよ新開ィ!」

「ははっ、バレたか。で、どうなの?いるの?」

「なんだよオマエまで!」

「オレも知りたいからさ」

 

女性客CDだけでなく新開にまで迫られ、荒北は逃げ場が無い。

 

別にここで見栄を張っても仕方がないので、荒北は観念して正直に答えた。

 

「ンなもんいたら毎週末こんなとこで呑んだくれてねーよ!」

 

それを聞いて女性客CDははしゃいだ。

 

「わーやっぱりー!」

「荒北くん怖いもんねー」

「ンだとゴラア!!」

「キャー!」

「あははは!」

 

荒北は獣が吼える真似をし、女性客CDは喜んで悲鳴を上げながら逃げていった。

 

 

「いつの間に弄られキャラにされてんだよオレ。あー情けねぇ」

 

荒北は肘をついて頭を掻く。

 

それを見て新開は声を掛ける。

 

「靖友は全然怖くなんかないし、誰よりも優しいってオレが一番良く知ってるよ」

「そう思うならァ!あの娘達にソレ言ってやってくんないかなァ!」

「オレ一人だけが知ってりゃいいさ」

「それじゃ何のフォローにもなってねーんだけどォ!」

 

荒北はふてくされた。

 

 

 

思いがけず彼女がいないということを新開に知られてしまった。

別にだからどうというわけでも無いが、大学生にもなって彼女の一人もいないなんて、新開にどう思われただろうか。

同情されたのだろうか。

紹介してやろうか、なんて言われたらきっと立ち直れないだろう。

かと言って彼女なんか作る気まったく無いということも知られるわけにはいかない。

荒北の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 


 




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