運命のグラス (長編11頁)★オススメ





「隼人が酒場でバイトし始めたそうだ。呑みに行かんか?」

 

久々にかかってきた電話で東堂が言った。

 

 

「酒場って……キャバクラの呼び込みかよ」

 

荒北は想像しかけた。

 

「いや、スナック?……居酒屋ではないようだが」

東堂の記憶は曖昧だ。

 

どちらにしろ場末臭がする。

変なバイトしてんじゃねーよ新開。

大丈夫か。

 

心配になった荒北は、東堂と共にそのスナック?へ呑みに行くことにした。

 

 

 

 

 

繁華街の裏道を進み、目的の店に到着した。

 

“Bianchi”

 

洗練された洒落た店構えだった。

 

 

「barじゃねーか!何がキャバクラだバァカ!」

「そんなこと一言も言ってないではないか!」

 

荒北に頭突きを喰らい、東堂は涙目で訴えた。

 

 

 

コロンコロン。

入口の鈴の音もいちいち洒落ている。

 

狭い店内は若い女性客でごった返していた。

 

「うっ。香水臭せぇ。やっぱキャバクラなのか」

 

匂いに敏感な荒北は鼻を手で覆った。

 

 

 

「靖友!尽八!来てくれたのか!」

 

カウンターの中からバーテン姿の新開が呼び掛ける。

 

すると店内の女性客達が一斉に二人に注目した。

 

「ぐっ」

怯む二人。

 

「こっちだ。予約席は奥」

新開が手招きする。

 

二人は女性客達の視線を浴びながら店内を進み、二人掛けのテーブル席に座った。

 

 

「よく来てくれたな。1杯目はオレの奢りだから。なに呑む?靖友はベプシハイ?」

 

新開は満面の笑みでテーブルにコースターをセットする。

 

「あ、ああ。んじゃそれでいいや」

 

荒北は店内の雰囲気に圧倒されている。

 

「尽八はジンベースのなにか……」

「それではただの駄洒落ではないか。日本酒は無いのか日本酒は」

 

奢られる身だというのに東堂は態度がでかい。

 

「ははっ。そう言うと思ってちゃんと用意しといたぜ。ホラ」

 

新開が陰から取り出した酒瓶のラベルには大きく“山神”と書かれていた。

 

「おお!良いではないか!それをいただこう」

 

新開は笑って、カウンターの中へ入って行った。

 

入れ替わりに、店長らしきマスターがテーブルにやって来た。

遠藤憲一を小太りにしたような、強面なのか優しそうなのかよくわからない風貌だ。

 

「やぁやぁ君たち、新開くんの高校時代の親友なんだって?いや~新開くんのおかげで急に女性客が増えてねぇ。ご覧の通りだよ。はっはっは」

 

マスターは上機嫌だ。

 

「今日は食べ物も一品サービスするからね。何でも頼んでくれ。オススメはミックスピザだよ」

「あ、じゃあそれを」

 

荒北は無難に答えた。

 

「OK」

マスターはホクホク顔で厨房へ消えて行った。

 

また入れ替わりに新開が来てドリンクをテーブルに置く。

「ゆっくりしてってくれな。また後で顔出すよ」

 

「新開くぅ~ん、おかわりぃ~」

 

カウンターの方から女性客の声がかかる。

新開は荒北と東堂にちょっと苦笑いをして、戻って行った。

 

 

 

 

「……いやはや。忙しそうだな」

「ああ。やっぱすげぇな新開は」

 

以前からモテモテなのはわかっていたが、この盛況ぶりには改めて感心させられる。

 

「フン。オレだって本気出せばこのぐらいはだな」

「オメーの負けだ」

「試してみなければわからないではないか!」

「負けだよ。今のうちに謝っとけ」

 

誰に何を謝るのだ!

と東堂がわめいているが、荒北は新開の働く姿にずっと目を奪われていた。

 

 

 

バーテン姿も似合うじゃねーか。

くっそ。

 

 

 

女性客達に囲まれハーレム状態の新開を見て、荒北は胸の奥が苦しかった。

 

高校時代は練習が厳しくて、どんなに女子から告白を受けても新開は誰とも交際する暇は無かった。

大学生になってもきっとモテているだろうとは判っていたが、違う学校になったおかげでその姿を見なくても済むだけありがたかった。

 

しかし今、実際目の当たりにするとさすがに辛いものがある。

こんな光景を見せられることになるとは思いもしなかった。

 

 

 

来なければ良かった──

 

 

 

しかし、大学が別々になってから滅多に会う機会も無くなり、久々に顔を見ることが出来て嬉しいのも事実だ。

 

荒北の心はぐるぐると葛藤していた。

 


 






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