炎の金メダル (長編20頁)★オススメ
「松井サ……」
「先週!」
松井は再び荒北の言葉を遮り、話し出した。
「先週……貴方のお話をうかがってから、どうしても……居ても立っても居られなくて」
「お話?」
「他の科学者が作れないものを完成させたという事と、AI工学を専攻されていたという事です」
「……!」
あれは荒北も話し過ぎたと後悔していたところだ。
しかし、まさかそれがこんな展開になるとは予想していなかった。
「私は……」
松井はテーブルの上の写真を見つめ、思いを吐き出し始める。
「妻を愛しておりました。勿論、今でも変わらず愛しております」
「……」
「私達はいつも一緒で、とても幸せでした。しかしある日突然失ってしまった。毎日寂しくて寂しくてたまりません」
普通は40代の大人が20代の若者にこんな話をするのは恥ずかしいことだろう。
しかし松井は依頼を受けてもらうために、正直に胸の内を晒す。
病気で亡くすならまだ心の準備も出来た。
しかし、次の日一緒に海水浴へ行く予定を入れていた程元気いっぱいだったという。
「うちには子供がおりません。20年間ずっと二人で生きてきました。それが、突然独りになってしまった。……この虚無感といったら……」
20年共に暮らした伴侶が突然居なくなる。
それは気が狂いそうな程つらいだろうことは想像がつく。
「私はまだ、妻が死んだことを認められないんです。墓も作っておりません。……いつか、何事もなく玄関が開いて帰ってくるのでは、と。……朝目覚めたら台所で温かい朝食が用意されているのでは、と……」
松井は言葉を詰まらせた。
震える手で眼鏡を外し、テーブルの上へ置く。
「ベッドも、衣類も、歯ブラシも、全てそのままにしてあります。妻の痕跡を消したくないんです。……しかし……」
瞳からポタッと涙がこぼれ落ちた。
「布団や枕についている妻の香りが!……日に日に薄れていくのがわかるんです!」
松井は溢れ出る涙を拭おうともせず、悔しそうに言葉を吐き出す。
「妻がそこに確かに存在していたという痕跡が……確実に……消滅していってしまう……!!」
嗚咽しながら、松井は両拳をダン!と自分の膝に叩きつけた。
「これを見て下さい!」
松井は床に置いてあった大きな紙袋から、ある物を取り出した。
ティーカップと写真を脇に寄せ、それをテーブルの上へ乗せる。
「……浮き輪……?」
それは、青い水玉模様のしぼみかけた浮き輪だった。
「妻は……泳げませんでした。ですから海やプールではいつも浮き輪が手離せなかった」
その浮き輪を愛しそうに手で撫でる松井。
「翌日は海水浴へ行く予定でした。妻は自分の浮き輪に息を吹き込んで膨らませ、楽しみに準備していたんです……」
そう言うと松井はガバッと顔を上げ、浮き輪を指差して荒北に訴えた。
「この!この浮き輪には!妻の!息が!入っているんです!」
「……!」
その勢いに圧倒される荒北。
「それが……!それがもう!こんなにも……!こんなにもしぼんでしまった!!」
腹の底から声を絞り出すように松井は叫んだ。
「ここに!この浮き輪の中に!まだ妻の生きている部分が!残ってるんです!!この中でまだ妻は!生きている!!」
瞳から再び涙がぶわっと溢れ出る。
「しかしこの浮き輪が……!全部しぼみきってしまったら!その時妻は本当に……完全に……この世から消滅してしまう……!!」
全身をワナワナと震わせる松井。
浮き輪の上にボタボタと涙がこぼれ落ちた。
「私は……その時が訪れるのが……耐えられない!!」
松井はそう言うとソファから立ち上がった。
テーブルから離れ、荒北の方を向いて両膝と両手をつき、頭を床につけ土下座した。
「……松井サン!!」
驚いて腰を上げる荒北。
「お願いします!ビアンキ博士!妻を、作って下さい!妻を、生き返らせて下さい!お願いします!!」
「……」
「いくらお金がかかっても構いません!いくらメンテナンスが大変でも構いません!」
「……」
「もちろん、こんなこと世間に知れたら狂人扱いされるのはわかっています!ですから完成したら誰も知らない土地で誰にも会わず暮らすつもりです!妻と二人きりで!」
「……!!」
誰も知らない土地で ──
誰にも会わず ──
二人きりで ──
その覚悟が、出来ているのか……。
荒北は松井に歩み寄る。
優しく手を取って頭を上げさせた。
「……奥サンのアンドロイドを作ることは……可能ス」
「おお……!!」
松井は目を輝かせた。