炎の金メダル (長編20頁)★オススメ





「脇締めろォ!指で空気を切るよォに!」

「脇しめろぉ!指で空気を切るよーにぃ!」


庭で健の走りを指導している荒北。




どうやら東京オリンピックが始まったようだ。

しかしテレビも新聞もネットのニュースも見ないので、どの競技が今どんな様子なのかは全く知らない。


健は短距離走に興味を示したようで、無茶苦茶な独学で練習を始めた。
見かねた荒北がさりげなく補正させている状況だ。


「視線は前だ!常にゴールを見据えろォ!」

「前だぁ!ゴールをみすえろぉ!」


荒北の言葉を復唱しながら走り回る健の才能は、まだまだ未知数である。





「健くんは将来アスリートかな」

新開はガーデンチェアに足を組んで座り、微笑ましくその光景を眺めている。


「……」

華はテーブルでスケッチブックに絵を描きながら、何か言いたそうだ。


「どうかした?華ちゃん」


「……お兄ちゃんがね、最近……」

「最近?」


「ハカセの喋り方をよく真似するの」

「ええ?」


「悪い言葉遣いだからやめてって言ってもやめないの。カッコイイと思ってるみたい」


「あっははは!」

大笑いする新開。
膨れっ面の華。


「笑い事じゃないんだってばジョシュ。ハカセの喋り方って怖いから嫌いなの」

「そうかい?」


「ジョシュはハカセが怖くないの?」

「怖い?博士が?」


新開はニッコリと微笑んだ。

「全然怖くなんかないよ。博士はね、とっても優しい心の持ち主なんだ」

「うそ」


「嘘じゃないさ。確かに口は悪いけどね。照れ隠しで言ってる面もあるんだよ」

「……ふーん」



「博士はとっても優しくて、とっても頭が良くて、とっても強くて……そして……」


新開は間を置いて言った。



「……とっても弱い」



「……?」

華は不思議そうな顔をしている。



「ジョシュはハカセが大好きなのね」

「ああ。大好きだよ」

新開は瞳を輝かせ、荒北の姿を目で追う。



「博士はオレをとても大切にしてくれる。オレすごく幸せなんだ。ずっとこの幸せが続いてほしい。博士はオレの全てだ。博士が死んだら……オレも死ぬ」



驚く華。

「そんなに好きなの?あ、もしかして、この前言ってたジョシュの好きな人って、ハカセのこと?」

「ああ。そうだよ」

新開は笑顔で躊躇なく答えた。


「二人はとっても仲良しなのね」

「とってもね」

華はなんとなく理解出来たような気がした。







新開は華のスケッチブックを覗き込む。


庭の花々が華麗に描かれている。

その手前に人物らしきものも。



「今日も素敵な絵だね。どんどん上手くなる」

「私、大きくなったら画家になるの」

華が得意げに言う。


「ええ?最初の頃はケーキ屋さんになるって言ってたよね?この前はオレのお嫁さんになるって。今度は画家かい?」

「そう。画家」


「ははっ。子供って面白いなぁ」

朗らかに笑い声を上げる新開。



華の描く人物が着色されていく。

背の高い男性。
赤い髪。
白衣を着ている。


「ん?……これは、もしかしてオレかな?」

「そうよ。ジョシュ」

「オレを描いてくれてるんだ。嬉しいね」


絵の進捗に注目する新開。

華はクレヨンで色を塗りながら説明する。


「ゆうべね、ジョシュが夢に出てきたの。これはその絵なの」

「ヒュウ!オレが華ちゃんの夢に?それは光栄だ」


「お庭がお花でいっぱいでね。その中にジョシュが立ってるの」


そう言って、華は水色のクレヨンを手に取った。

スケッチブックの中の新開に水色を描き足す。



両目の下に雨粒のように点々と。

それは足元の地面まで続いていた。





「……涙?……泣いてるのかい?オレ」


「そう。夢の中のジョシュは泣いてたの」



「……なんで……?」


「わかんない。私ね、言ったの。泣かないでジョシュ、って」



「……」

涙を流している自分の絵を凝視する新開。



「でも泣きやんでくれないの。ずっと泣いてるの」


「……」


「どうして泣いてるの?何があったの?って聞いたの。そしたら……」


「……」



「“悲しいんだ。とてもとても。悲しくてたまらないんだ”って言ってたの」



「……オレは……」


困惑した複雑な表情の新開。




「オレは泣かないよ……」




「うん。ジョシュはいつも笑ってるものね。変な夢だったな」


華はクレヨンを置いた。





新開はずっと絵を見つめ、思い詰めた顔で呟いた。






「オレは……泣いたりしない……」















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イイネ