ただの屍のようだ (短編1頁)
「靖友のバカ!」
「ンだともっぺん言ってみろゴラ!」
朝っぱらから喧嘩している新開と荒北。
原因はほんの些細な事だった。
売り言葉に買い言葉。
言い争いは無駄にエスカレートしていった。
「靖友なんかもう嫌いだ!」
「エ……」
新開はそう言い捨てると、スポーツバッグを抱え寮を出て行った。
今日はスプリンターだけを集めた大会がある。
新開と泉田はバスに乗って出発してしまった。
夕方まで帰って来ない。
「……」
走り去るバスを、荒北は見えなくなるまで見つめていた。
~教室~
「ではこの問題を……」
数学教師は生徒達を見渡しながら言った。
「荒北。解いてみろ」
数学は荒北の得意科目だ。
難なく答えられる問題だった。
「……」
しかし荒北は反応が無い。
居眠りでもしているのかと、生徒達は一斉に荒北の席の方を振り向いた。
「!」
「荒北?」
ざわざわ。
荒北は両手をダランと降ろし、背もたれに寄りかかり、頭は天を仰ぎ、白目を剥いていた。
半開きの口からは魂が抜けかけている。
「荒北!どうしたんだ荒北!」
教室内は騒然となった。
~昼休み~
荒北は校庭の隅を歩いていた。
しかし顔は白目を剥いたまま。
両手は宙を掴むように前に出し、ヨロヨロとゾンビのようにゆっくり進んでいた。
「おい、あれ荒北じゃね?」
3人組の男子生徒が荒北に気付く。
「あの野郎……」
この3人組は数日前、荒北にボコられていた。
「おい荒北!」
声を掛ける3人組。
しかし荒北の耳には聞こえていない。
「無視かよ!」
1人が荒北の肩を掴んだ。
弾みで荒北はそのままフラ~ッと地面に倒れた。
ドサッ。
「え?」
「塔ちゃん頑張ってるかな~」
「新開さんと組んでるんだ。きっとぶっちぎりで優勝だろ」
葦木場と黒田が話しながら校庭を歩いている。
「あ」
「ん?」
ちょうど、荒北が倒れた場面に出くわした。
「荒北さん!」
黒田と葦木場は駆け寄り、荒北を抱え起こす。
「お前ら!荒北さんに何を!」
3人組に怒り叫ぶ黒田。
「い、いや、オレ達は何も……」
「何もしないで荒北さんが倒れるわけないだろう」
「ほ、ホントだって!肩を掴んだだけだって!勝手に倒れたんだって!」
2mの長身の葦木場からから見下ろされ、3人組はビビっている。
「どうした」
そこへ福富が通り掛かった。
「福富主将!コイツら荒北さんを!」
「ム」
「な、なんかやべぇ!」
3人組は逃げて行った。
~保健室~
ベッドに寝かされている荒北。
相変わらず白目を剥いたままだ。
「荒北!」
福富が呼び掛ける。
黒田と葦木場は後方で心配そうに見守っている。
「聞こえるか荒北!オレだ!福富だ!」
「……ふ……福……」
「荒北!」
「福ちゃ……」
意識を取り戻す荒北。
ホッとする面々。
「何があった」
ゆっくりと福富の方を向く。
みるみる荒北の目に涙が溢れてきた。
「福ちゃん……オレ……オレもうダメだァ」
「どうした荒北。何がダメなんだ」
「嫌われた。嫌われた。嫌われた嫌われた嫌われたァァ!」
「嫌われた?誰にだ」
「うわあァァアアアん!」
噴水のように涙を吹き出し、荒北は泣き叫んだ ──。
~夕方~
大会を終え、バスから降りて寮へ向かっている新開と泉田。
「まさか……最下位とは。福富主将になんて報告すれば……」
真っ青になっている泉田。
「全く……なんですか新開さん、あのザマは。あなたらしくない」
「すまねぇ……」
出掛けの荒北との喧嘩が響き、全く調子の出なかった新開。
早く会って仲直りしたくてたまらない。
「新開」
福富が出迎えた。
「ふ、福富主将!」
「寿一、結果は泉田から聞いてくれ」
「アブーっ!」
その場を離れようとする新開の腕を、福富は掴んだ。
「荒北に何を言った」
「え?」
~保健室~
「靖友!」
ベッドに駆け寄る新開。
荒北はまた白目を剥いて朦朧としている。
「ごめん靖友!嫌いだなんて嘘だ!好きだよ!大好きだ!」
「……」
「オレがおめさんを嫌うわけないだろ!ごめんよ!」
「……う……そ?」
「ああ嘘だ!嫌いなんて嘘だ!好きだよ靖友!」
「……」
荒北の目はギョロリと新開を睨み付けた。
ゆっくりと半身を起こす。
「靖友!」
バキイッ!!
ドターン!!
荒北にぶん殴られ、新開はふっ飛んだ。
「二度とオレに嫌いって言うんじゃねェ!!」
ベッドから飛び降りゲシゲシと蹴りまくる荒北。
「言わないよ靖友!もう言わない!好きだ靖友!蹴って!もっと蹴って!!」
その様子を眺めながら、福富はこの二人の処分をどうしてくれようか考えていた ──。
おしまい
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