お持ち帰り大作戦 (短編3頁)





店を出て、荒北を抱えたまま路地を進む。

タクシーを捕まえられる大通りまで数十メートルだ。

抜け出したことはバレていないようで誰も追いかけて来ない。

 

アパートまでタクシーなら5分もかからない。

新開はこのあと自分の部屋で展開されるであろう、めくるめく光景を勝手に妄想……いや、シミュレートした。

 

まずは荒北の口から「好きだ愛してる」をもう一度聞きたい。

今度はちゃんと録音しよう。

そして自分もどれだけ荒北を想っているのか小一時間告白しよう。

いや、小一時間は長すぎる。

1分、いや、5秒で済まそう。

 

そして、さっき邪魔された「ちゅー」のリベンジだ。

スズメじゃあるまいし、クチバシでつつき合うだけじゃ済まない。

俺たちはもう大人じゃないか。

もっと甘くて濃厚でディープなやつを小一時間、いや長すぎるか。

そして……。

 

 

ビュウッ!

大通り近くなって風が強く吹きつけた。

昼間は暖かいが、やはり夜になると肌寒い。

 

「ぶぇっくショ!」

新開の肩口で荒北がくしゃみをした。

 

「寒みィ」

ブルッと体を震わせる。

 

「タクシー拾うからな、靖友。もうちょっと我慢してな」

新開は荒北の肩を優しく抱いて話しかけた。

 

「タクシー?どこ行くんだ?」

「どこって、俺んちだよ。さっき言ったろ?」

「お前んち?なんで?」

 

 

ざわっ。

新開は嫌な予感がした。

 

 

「……あっ。今何時だ?23時?ヤベェ!」

「や、靖友……」

「俺今日22時には帰らねーといけなかったんだ。クッソ、アラームセットしといたんだけどナァ。全っ然役に立たねぇ」

 

急激に寒くなってきたのは風のせいではなく、血の気が引いているせいだと新開は実感していた。

 

「靖友……。今夜は俺んち泊まるって……」

声が震えているのは風のせいではなく、以下略。

 

「泊まる?」

荒北はキョトンとして新開を見た。

 

「ないないないない。だって俺明日朝イチでバイトだからぁ。今日はあんまし長居出来ねんだ」

全否定する荒北。

 

ですよねー……。

知ってた。

きっとこうなると思ってました。

新開は絶望感でヘナヘナと全身の力が抜けていき、声も出ない。

 

「外連れ出して酔い覚まさせてくれてあんがとな!」

荒北は白い歯でニカッと笑い、新開の両肩をポンポンと叩く。

 

いいええ。どういたしま……靖友……。靖友……。

 

「また次のレースで会おうぜ!じゃな!」

 

次のレースって何ヵ月先の話……靖友。

行かないでくれ。

行かないでくれ靖友。

靖友。靖友。靖友……!

 

 

あっという間に荒北は駅の方へ走り去り、後ろ姿は見えなくなってしまった。

 

呆然と立ちつくす新開。

 

 

ついさっきまで、確かにこの腕の中に荒北がいたはずなのに。

まだぬくもりも感触も鮮明に残っているのに。

なのに、なのに、一瞬で消えてしまった。

 

何がいけなかったのだろう。

今夜の行動の何が間違っていたのだろう。

どの分岐点で選択を失敗したのだろう。

 

新開は一生懸命考えたが、どの分岐点を選択し直してもこの結末は変わらなかった。

 

 

なぜ自分はこんな不毛な恋をしているのだろう。

なぜ他の人を好きにならなかったのだろう。

なぜこんな辛くて虚しくて情けなくて悲しくて寂しい思いをしているのだろう。

荒北を忘れられたらどんなに楽だろう。

 

しかし最後に自分に向けられた笑顔を思い出し、やはり忘れるなど無理だと痛感させられる。

 

次に会えるのはレース……っつっても試合の時はたいして話す時間もないじゃないか。

 

 

 

……帰ろう。

こんなとこでいつまでも立っていたら風邪をひく。

 

新開はトボトボと歩き出した。

今日の荒北との思い出を反芻しながら……。

 

 

 

 


 

 

 

駅へ向かって走りながら、荒北は考えていた。

 

新開のやつ、さっき涙ぐんでなかったか?

何か言いたそうだったし。

泊まる話になってたみてぇだけど、なんか俺に話したいことでもあったんかな。

 

「てっ!」

 

いきなりつんのめって転びそうになった。

 

「あっぶね!……ってなんだコレ、俺の靴と違うじゃねーか!」

 

なにやってんだよ新開。

ったくアイツは高校時代からどっか抜けてっからなぁ。

俺がいねーと何にも……そうだ、来週にも電話して、久々にゆっくり会って話聞いてやっか。

今日もあんまし話せなかったしな。

それからコレ!

靴!

新開に弁償させねーと。

新しい靴買わせてやんぜ。

 

……へへっ。

二人で一緒に買い物なんて、いつ以来だぁ?

なんか楽しみだな。

 

 

 

二人の思いは、いつか噛み合う時が来るのだろうか。

飲み会の夜は更けていった。

 

 

 

 

おしまい







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