お持ち帰り大作戦 (短編3頁)





「あー!新開さんが荒北さんにキスしようとしてるー!」

 

テーブルの端から真波がこちらを指差して叫んだ。

 

気を取られた荒北がそちらを向いたので、新開の尖らせた唇はスカッと空を切ってしまった。

 

「ちょっとちょっと新開さん。ズルくないですか抜け駆けは」

黒田がテーブルに両手をついて抗議する。

 

「抜け駆けってお前……」

せっかくのチャンスを邪魔され、新開は黒田を睨み付ける。

しかし黒田は新開に真っ直ぐメンチを切り、こう続けた。

「荒北さんはみんなのアイドルなんですからねぇ」

どうやら黒田は悪酔いしているようだ。

 

新開は驚いた。

「アイドル……初耳だぞそんな話」

「ホントですよー。荒北さんは僕らの憧れでーす」

真波が付け足す。

 

「おー。お前らー。お前らにもちゅーーーー」

荒北が黒田と真波に向かって唇を突き出した。

 

「なっ……!靖友!」

「わーい、ちゅーーー」

「どけ真波!俺が先だ!」

 

「冗談じゃない!」

真波を押し退けテーブルの上を乗り越えて来ようとする黒田から守るため、新開は慌てて荒北の両肩を掴んでこちらに引き寄せた。

 

「独り占めですか新開さん」

黒田が怒りの表情で突っ掛かる。

 

「靖友は……俺のものだ」

新開は少し躊躇したが、勢いで言ってしまった。

 

「先輩だからってそんな権利あるんですかねぇ。卒業しちまえばもう関係ないでしょう」

「なんだと……」

 

一触即発で睨み合う新開と黒田。

そんな二人をよそに真波はテーブルの下を這い、新開の膝元で眠そうに転がっている荒北に手を伸ばしていた。

「真波!触るな!」

「バレたか。テヘ」

新開に怒鳴られて真波は手を引っ込めた。

 

油断も隙もない。

とにかく荒北を保護しなくては。

ここは野生動物だらけだ。

新開は自分のことは棚に上げ、うとうとと畳の上で眠りかけている荒北を壁際に寄せてガードした。

 

 

「ム、みんな楽しんでいるな」

「呑んでいるかー」

そこへ福富と東堂が各テーブルを廻って来た。

 

「じゅ、寿一!まずい!」

「福ちゃん?」

 

福富の声を聞き付けた荒北はハッと顔を上げて大声で叫んだ。

 

「福ちゃああああん!福ちゃん大好きいィィ!愛してるううゥゥ!」

 

荒北は両手を挙げて大きく振り、福富の方へズルズルと畳を這って行こうとしている。

 

「靖友!ダメだ!行かないでくれー!」

 

新開は荒北の両足にしがみ付き、必死で止める。

 

「ム。俺も愛してるぞ荒北」

 

卒業して大人になり、このようなお愛想で冗談も言えるようになった鉄仮面は真顔のまま次のテーブルへ向かった。

その背中に向けて荒北はなおも叫ぶ。

 

「ホントぉ~?俺たち両想いだね~!嬉し~い!」

「うわああああ!ちくしょおおお!俺に言ったのと全く同じセリフをぉぉぉ!」

 

新開は荒北の足にしがみ付いたまま泣き叫んだ。

本当に悔し涙が流れてきて我ながら情けない。

何年たっても自分は福富に勝てないのだろうか。

荒北はどうしたら福富より自分の方を見てくれるのだろうか。

 

「荒北よ。俺には愛してると言ってはくれないのか?ん?」

東堂が笑顔で荒北の顔を覗き込んで言った。

 

「っぜ!すっこんでろモブ!」

 

モブとはなんだモブとは!

と東堂が頭上でわめいている。

新開はだんだん疲れてきた。

自分のしている行為が何も生み出していないことを認めたくないのだが……。

 

 

「では時間になりましたのでビンゴ大会を始めまーす!」

 

そんな時幹事がマイクで叫び、会場の皆が沸き立った。

毎回結構な会費を取っているのは、このビンゴ大会の景品がなかなか豪華だからだ。

 

しかしどうせ当たらないし、と新開は興味を持てなかった。

 

「眠みぃ……」

荒北がそう呟いたのを聞き、新開は最後の勝負に出ようと決心した。

 

 

「靖友、俺んち……来る?」

 

噛みそうになった。

自分の声が震えているのがわかる。

 

「ン……新開んちぃ?」

「もう眠いんだろ?抜けようぜコッソリ。俺のアパート、タクシーですぐだしさ。泊まってけよ」

 

なるべく自然に。

自然に言えただろうか。

心臓がバクバク言っている。

 

 

「んじゃ、そうすっかなぁ」

 

 

ぃよっし!

成功だ!

新開はガッツポーズをとった。

さあ、気が変わらないうちに行こう行こう、さあさあ。

みんなビンゴ大会に夢中になっている。

抜け出すチャンスは今しかない。

新開は荒北の体を起こし、肩を貸して靴を履かせる。

ん?荒北の靴はこれだっただろうか。

いや、そんなことはどうでもいい。

違っていたなら靴など明日いくらでも買ってやる。

新開は荒北を抱え、イソイソと店から出た。

 

 

これが俗に言う「お持ち帰り」というやつか。

初めての行為に新開は胸が高鳴った。










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イイネ