お持ち帰り大作戦 (短編3頁)
「新開ちゃあぁン。大好きィ。愛してるぅゥ~」
これは夢を見ているのだろうか。
新開の目の前で今、荒北が、あの荒北が、愛の言葉を囁いているのだ。
新開の首に手を回し、顔全体を耳まで赤らめ、全身を擦り付け、吐息がかかるほど顔を近付けてきている。
高校時代から秘かに想い続けていた。
いや、今だってずっと想っている。
しかし叶わぬ恋と、本人には当然のこと誰にも言えないこの気持ちはこのまま墓場まで持って行くつもりだった。
こんな光景が展開されるなど想像もして……いや、妄想では何度も都合良く展開されたものだったが、まさか現実に起こるとは。
新開はまだ信じられなかった。
「お~い、ビールの追加いるか~。何本だ~?」
遠くから幹事の声が微かに聞こえる気がする。
「こっち~あと4本ヨロっす~」
近くのテーブルから後輩が答える声がする。
しかし新開の耳には入ってこない。
今現在目の前で展開されている現実を目に焼き付けるために、瞬きもせず荒北を凝視し意識を集中させていた。
もちろん荒北が酔っているのは判っている。
でなきゃ、こんなレアな事が起こるわけがない。
たとえ酔っていようと、自分のことを「好きだ愛してる」と確かに言ってくれた。
感激で涙が出そうになる。
録音しておけば良かったと思ったがそれは無茶な話だ。
ならば、と新開はもう一度今の台詞が聞きたいと思い、首に回された荒北の手をそっと握り口を開いた。
「俺も……好きだよ靖友。もうずっと前からだ」
何年も何年も心の奥に仕舞い込んで言えなかった言葉を、ついに言ってしまった。
自分だって酒が入っている。
今ならお互い冗談で済ますことも可能だ。
気持ちが少し緩んでしまったのは事実だった。
その台詞を聞いて、荒北はパアッと顔を輝かせた。
「ホントぉ~?じゃ俺たち両想いだねェ~嬉し~ィ」
荒北は座布団を蹴り飛ばし、ギュッと新開に抱き付いてきた。
勢いで壁に押し付けられ、体重をかけられ首も締められ苦しいが、このまま荒北に締め殺されてもいいと新開は本気で思った。
荒北のぬくもりを全身で感じる。
荒北の懐かしい匂いが高校時代を思い出させる。
し、幸せだ。
こんな嬉しいことが起こるなんて。
今回の飲み会に参加したのは正解だった。
ハコガクチャリ部の卒業生による飲み会は年々参加者が増えていき、今年も大規模化していた。
バイトが忙しくて参加出来ない年もあったが、今年は参加して良かった、本当に良かった。
何なら毎日でも構わない。
新開は本心からそう思った。
荒北は締めていた手を緩め新開の肩に掛け、顔を新開の正面に向けた。
「新開、ちゅーーー」
なんと、荒北が目を閉じ、漫画のように口を尖らせて、新開の口元に突き出してきたのだ。
これには新開も驚いた。
ドックンと心臓が跳ね、急激に血圧が上昇するのが自分でも判った。
荒北が自分にキスを求めている……だと?
新開はゴクリと唾を飲み込んだ。
周りには知り合いがたくさんいる。
たとえ酒の席とはいえ、その中でキスなどして大丈夫だろうか。
いや、何を躊躇しているのだ。
こんなチャンスが二度とあるだろうか、いや、無い。
誰に見られようが、誰になんと言われようが、やらずに後悔するよりやって後悔した方がずっとマシではないか。
この間考えていた時間は約0.2秒。
新開は自分も同じように口を尖らせ、荒北の唇へ距離を縮めていった。
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