B線からのSOS 【連載中】★オススメ





「……なンのつもりだ」

 

「なんのつもりって、変装だよ」

 

 

会社帰りに待ち合わせ場所の出逢橋に現れた新開は、スーツ姿にお面を被っていた。

富士家のベコちゃんのようなお面だ。



「どこの教祖だ」

「いやぁ、これ、昔うちの弟が愛用してたお面でさ」 

お面を頭上にずらし、笑顔で答える。



「突っ込みてェ点はいくつもあるが、とにかく外せ」

「えっでも変装……」

「外せ」



お面を外させ、ギターケースを担いで歩き出す荒北。

新開は慌てて後を着いて行く。

 

「変装しなくて大丈夫かい?」

「普通に下向いてるだけでいい」 

荒北は川沿いの道を南下して行く。



 

数分後、煉瓦色のマンションに着いた。

 

「立派だな~」

「サッサと来い」

 

新開は周りをキョロキョロと警戒し、頭を低くして肩をすぼめながらコソコソとエントランスに入る。

 

「ラブホに入る時ってこんな感じかな」

「知るか!」

 

楽しそうにはしゃいでいる新開に荒北は首を横に振って溜め息をついた。



 

最上階角部屋の玄関をカードキーで開ける。

 

「うわー!」

 

入って正面のリビングは照明が点いていなかったが、カーテンを開け放したままの窓から繁華街の夜景が飛び込み充分に明るかった。



「なんていい眺めなんだ!」 

窓に貼り付いて叫ぶ新開。 

手前に川が流れているので、対岸の灯りが水面に映って幻想的だ。



「後でバルコニーに出て乾杯しようゼ」

「すげぇ!ドラマみてぇ!」 

大喜びしている新開を見て、連れて来て良かったと荒北は思った。



この家に他人を入れたのは初めてだ。

独りで住むには広過ぎ、いつも孤独感でいっぱいだった。 

リビング以外に3部屋あり、仕事部屋、防音のオーディオルーム、寝室だ。




早速、新開が見たがっていた仕事部屋に連れて行く。


「おお~!」 


パソコン数台に、数十個ものモニターがズラリと並んでいる。

日本だけでなく世界中の市場の様子がリアルタイムに忙しなく映し出されていた。



「まるでコックピットだな」 

新開は興味深げにモニターを覗き込んでいる。
 

「これ……もしかして自動で売買してる?」 

「あァ。全部一人でやってたら寝る暇ねェかんな。海外のは全てAIだ」

「へぇ……」


 

「……!」

さっきまで子供のように騒いでいた新開が、ふいに仕事モードの表情を見せたので荒北はそのギャップにドキッとした。 

 


「空売りはしてないみたいだな」 

「経済を良くするためにやってンだ。空売りはポリシーに反する」

 

「豪の先物、どう思う?」

 

「……次の整理銘柄教えてくれるンなら答えてもイイぜ」

 



「……」

「……」

 

二人はしばらく見合った。

 



「よそう。まだ逮捕されたくねぇ」

「賢明だ」

 

二人は仕事部屋から出てリビングへ戻った。

 

 

 

ガバッ! 

「わッ!」 

新開がいきなり荒北の腰に抱き付いて叫んだ。

「なぁぁ!やっぱり教えてくれよぉぉぉ!先物ぉぉぉ!」

荒北の脇腹に頭を擦り付けて駄々をこねる。

 

「オメ!さっきと全然顔違げェ!」

「靖友ぉぉ~~ん!」

「ヤメロ!ソコ!くすぐってェからァ!」

「うりうりうり~」

「アーーッ!」 


バコッ!! 

荒北に殴られて床に転がる新開。



「ハァハァ……」

「……ごめん」 

新開は謝りながら床を這ってソファへよじ登る。



荒北は赤面した顔を隠すように早足でキッチンへ逃げ込み、冷蔵庫からベプシを出して一口飲んだ。



「新開……オメー、誰に対してもそうなのか?癖?」

「え?なにが?」 

ソファから振り向いて新開が聞き返す。



「その……スキンシップっつーか、すぐ抱き付いたりすんの」 

ベプシを飲んで気を落ち着かせながら尋ねる。



新開はよく肩を組んだり手を握ったり抱き付いたりしてくる。

荒北はそのたびに心臓が跳ねるのだった。

今までそのようなスキンシップ過多な友人は居なかったので戸惑ってしまうのだ。



「いや全然。靖友だけだよ。寿一にも抱き付いたりしねぇし」



「……寿一?」

 

初めて出てきた名前に反応する荒北。

 



「ああ、寿一はね、親友なんだ。中学からずっと一緒の幼なじみ。会社も一緒でさ、今は同僚」

 

 

「へ……ェ……。親友、なんて、居たんだ……」

 

 

「すごくいい奴なんだけどド真面目でさ、冗談も通じねぇからオレ ──」

 



福富について語る新開。 

しかし荒北の耳には全くその声は聞こえていなかった。



自分以外に親しい人間がいると知って、胸の奥がズンと衝撃を受けた。

 

 

この重い痛みは何なのだろう。



荒北にとって初めての感覚で、理解が出来なかった。
















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イイネ