B線からのSOS 【連載中】★オススメ
「エッ、オレとタメなんだ新開チャン」
barカウンターに座りカクテルを注文したあと、自己紹介した新開に青年は言った。
「オレは荒北靖友」
「よろしく、靖友」
新開はニッコリ笑ってグラスを持ち上げた。
タメとはいえ、初対面の相手にいきなり下の名前で呼び捨てされ荒北は一瞬面食らうが、無防備な笑顔を向ける新開を見て、まぁいいかとグラスを重ねた。
「ヨロシク、新開」
カチン。
グラスが鳴った。
「で、新開はなに屋サン?」
カクテルを一口呑んで尋ねる。
「証券マンだよ。区役所前の○○証券」
「エッ!……ヤベェ」
「ヤバい?なんで?」
目を逸らす荒北に質問する。
荒北は声を潜めて答えた。
「オレ……本業はデイトレなんだ」
「ええ?」
驚く新開。
「デイトレーダーの知り合いがいるなんて会社に知れたら、クビだぜオメー」
「それは……確かにヤバい」
荒北は周りをキョロキョロ見渡してからこう言った。
「ヨシ、今から仕事の話題は一切ナシだ。スポーツの話でもしようぜ」
「スポーツねぇ」
「オレァ野球やっててよ、あ、ピッチャーな。甲子園も行った」
「それ、すごいことじゃないか」
「だが1回戦でサクッと負けた」
「1回勝負だからな。仕方ないよ」
慰める新開。
「プロに入るつもりだったんだが、なんか冷めたっつーか、燃え尽きたっつーか……それで野球は辞めた。その後たいしたスポーツもせず現在に至る。へへッ」
荒北は自嘲気味に語った。
「オレは……高校までロードレースをやってたんだけど、ある時レース中に小動物を轢いちまって……それ以来自転車に乗れなくなってね。辞めた」
「マジか。そりゃア残念だったなァ」
新開は、ロードを辞めた心の傷をこんなにもスラスラと初対面の相手に話せたことに自分で驚いた。
辞めた理由は福富しか知らない。
なぜだろう。
荒北の気さくな雰囲気のおかげで、ついつい何でも話せてしまうのだろうか。
この荒北になら、福富にも言えなかったようなことを話せる気がする ──。
新開は本来の目的を荒北に話すことにした。
「ところで……おめさんの歌のことなんだけど」
「ン?」
自分が何年も前から見ている夢の内容が荒北の歌と酷似していることを、新開は詳細に話した。
「……ヘェ……」
荒北は真剣にその話を聞いている。
「それで昨日、占い師に見てもらって言われたんだ。“結ばれなかった運命の相手と近々出逢う”って」
「すげェじゃねーか」
「だけどこれ、日本語がおかしいと思わないかい?」
「ドコが?」
「普通は“再会する”だろ?なのに“出逢う”だ」
「……そういやそうだナ」
「結ばれなかったという過去の事象があるのに、出逢う。……ということは、オレ考えたんだけどね……」
「ふむふむ」
荒北は身を乗り出す。
「結ばれなかったのは前世のオレだったんだ、と」
「……」
「前世の無念な記憶が夢となって残り、現世でその相手と出逢ってやっと結ばれる、と」
「違うな」
「ええっ!?」
前世の話なんかして“そんなバカな”と笑われるのは覚悟していたが、そんなはっきり“違う”と言われるとは思わず、新開は驚いた。
「違うって……おめさんは答が判るっていうのかい?」
今まで一人で悶々としていたが、やっと違う見解に触れられるという期待に満ちる新開。
「いいか新開。前世や輪廻転生なんてェ仏教理論は矛盾だらけだ」
「おお!」
荒北の自信満々な口調に、ワクワクして耳を傾ける新開。
「前世が常に人間であるとは限らねェ。虫や花だったかもしれねェ。ひょっとしたら洗濯機だったかもしれねェ」
「せ、洗濯機……」
「結ばれなかった前世がゴキブリで、運命の相手であるメスのゴキブリと台所で近々出逢うってかァ?オメー、そン時どーするつもりだ」
「や、靖友……そんな夢壊すような……」
悲しくなる新開。
しかし、荒北の言ってることももっともだ。
「わかった。ンじゃ人間にしか転生しねェとしようか。だとしても矛盾してンだよ」
「ええ?」
「人間は何年生きる?23年前に生まれ替わったとして、直近の前世のオメーが年頃の時代は昭和だ。その夢に出てくる風景や制服はちゃんと昭和のままか?運命の彼女も生まれ替わってるとしても、前世の彼女が死んだのはいつだ?現世のオメーと年齢がちゃんと釣り合うとは限らねェぜ。ばーちゃんかもしんねェし、幼女かもしんねェ。前世が直近だとしてもこれだけ矛盾が生じる。これが更にその前の前世だとしたら大正、明治、と遡る。その夢の光景は、そんな昔じゃねェだろ?どう見ても現代なんだろ?」
「……す、すげぇな靖友……」
自分の浅い推理をバッサバッサと打ち消してゆく荒北の理論に新開は感動して震えた。
荒北なら、あの夢の謎を解いてくれるかもしれない。
新開は前のめりになった。