B線からのSOS 【連載中】★オススメ
ドン!
唇を離し、荒北は新開の胸を押しのけた。
〈こんなの……間違ってる!〉
手の甲で唇を拭い、震える声で荒北は言った。
〈靖友……〉
拒否られてショックを隠せない新開。
クルッ。
荒北は背中を向け、駆け出した。
〈靖友!〉
〈靖友!靖友ー!〉
何度も名前を叫ぶが、荒北は走り去って行く。
新開の足は石のように固まり、追いかけたいのに動くことが出来ない ──。
「はっ!!」
ガバッ!
新開は飛び起きた。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
大量に汗もかいている。
「また……あの夢……」
ゲッソリした顔で、頬を手の平で拭う。
あの夢を見た時は、必ず頬が涙で濡れていた。
ベッドから降りてバスルームへ。
熱いシャワーを浴びながら、さっきの夢のことを思い出す。
「あれは……誰なんだ」
あの夢を見るようになってから5年ほど経つ。
場所は箱学の体育館裏。
すごく好きな相手にキスをするが、拒否られ逃げられる。
毎回同じ場面だ。
追いかけたいが足が動かない。
名前を叫ぶことしか出来ない。
辛く悲しい失恋の夢だ。
しかし起きるといつも、相手の姿と叫んだ名前が思い出せないのであった。
実際、箱学時代に新開は誰とも交際してはいない。
好きな相手もいなかった。
いなかったどころか、23歳になった今まで、初恋もまだなのだ。
このビジュアルのせいか昔からよくモテる。
しかし、ビビッとくる相手とはいまだにめぐり逢えていない。
あの夢に出てくるような場面は、一度も体験していないのだ。
しかし夢はとてもリアルで、夢の中での自分はその相手のことが本当に好きで好きで、堪らなく好きで。
だから逃げていく後ろ姿を見ると胸が締め付けられるように苦しい。
そんな相手のことを、起きたらすっかり忘れている。
相手の顔はもちろん身長や体型、髪型、着ている制服すら思い出せない。
それなのに何年もずっと、同じ夢を何度も何度も見るのだ。
意味がわからなかった。
「どうした新開。帰るぞ」
同僚の福富に声を掛けられ、ハッとする。
二人で仕事帰りに呑みに来ていたが、また夢のことを考えてボーッとしていた。
新開は証券会社に勤めている。
同僚の福富とは、中学高校大学とずっと一緒の幼なじみだ。
まさか社会人になってまで同じ会社に入るとは思っていなかった。
高校まで一緒に自転車競技部に所属していたが、新開はある事故を起こしてから自転車に乗れなくなり、そのまま部活を辞めたのだ。
それでも福富はずっと親友でいてくれる。
無骨で冗談も通じない堅物だが、強くて思いやりのある尊敬出来る人物だ。
表面的ならともかくあまり人付き合いが好きではない新開が、唯一腹を割って話せる相手だった。
しかしそんな福富にも、あの夢のことは話していない ──。
「オニーサン方、見てあげるっショ」
居酒屋を出て地下鉄の駅へ向かって歩いていると、新開と福富は声を掛けられた。
振り向くと、路地に簡素な机を置いただけの占い師だった。
緑と赤のメッシュを入れた長髪の怪しげな男だ。
「占い、か」
普段は気にも止めないが、今夜は酔っているせいか新開は興味を持った。
「見てもらおうよ寿一」
「ム……」
二人は占い師に歩み寄った。
「ではオレは仕事運を見てもらおうか」
「じゃオレ恋愛運ね」
「仕事運は3千円。恋愛運は5千円ショ」
「高っ!」
新開は酔いが覚めそうになる。
「報酬は成果への対価であるべきだ。前払いの時点で詐欺だな」
福富は抗議する。
「嫌なら無理にとは言わないっショ」
手を振って追い払う仕草をする占い師。
「嫌とは言っていない」
福富は金を払った。
新開も財布から金を出す。
占い師はニヤリと笑った。
二人に右の手の平を差し出させ、凝視したあと険しい表情をして何やら念じている。
「キエェェーーっ!」
「ビクッ」
「ビクッ」
突然奇声を発した占い師に二人は驚く。
占い師はスッキリした顔で語り出した。
「金髪ライオンヘアのおたく。今提出中の企画書が社長賞獲得するっショ」
「なにっ!」
驚く福富。
「すげぇ!やったな寿一!」
喜んで福富の肩に手を置く新開。
「赤毛イケメンのおたく。結ばれなかった運命の相手と近々出逢うっショ」
「え……!」
息を飲む新開。
結ばれなかった運命の相手と……。
そう聞いてすぐに思い出したのは、あの夢のことだった。
「なんだ新開。そんな事があったのか?初耳だぞ」
「あ……いや……」
動揺する新開。
「また見てもらいたかったら来るっショ」
占い師は笑顔で手を振った。
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