奪われた第二ボタン (短編2頁)
東「うわはははは!拾うがいい!いくらでもあるぞ!」
「東堂さまー!」
「私も私もー!」
「指差すやつやってー!」
東堂が大量の制服のボタンをファンクラブの女子達にばら蒔いている。
今日は箱学の卒業式。
式は無事終わり、下校するまでは恒例の“第二ボタンくださいタイム”である。
校庭のあちこちで争奪戦が繰り広げられている。
東「オレのために争うことなどない!ちゃんと全員に行き渡るよう大量発注しておいた!ワッハッハッ!」
「東堂さま優しーい!」
「もっとー!」
荒「大量発注した第二ボタンに一体どんな価値があるってンだ」
卒業証書の筒を脇に抱え、校庭の木陰でその様子を眺めている荒北は呆れたように呟いた。
東堂の集団から少し離れた場所に、似たような混雑した集団がいる。
荒「……こっちもかよ。ご苦労なこった」
その集団とは、もちろん新開のファンクラブだ。
「新開くーん!」
「第二ボタンちょーだーい!」
「私がもらうのよ!」
「私よ!」
「なによアンタ死ねば?」
「ムキー!」
新「ちょ、ケンカは無しで頼むよ」
新開は東堂のように代わりのボタンなど用意していないようだ。
そのため当然女子の間にいさかいが起こっている。
荒「となると、やっぱ東堂のやり方のがスマートなのかねェ……」
他人事のようにその様子をポケ手でボーッと眺めている荒北。
卒業した後は、仲の良かったチャリ部の連中とも離れ離れだ。
これからは各々の道を行く。
多少の寂しさはあるが、それよりも大学生活への期待の方が大きい。
荒「……と思ってたんだが、さすがに卒業式当日はちょっとセンチになるなァ……」
箱学での3年間は色々なことがあった。
それこそ荒北の人生をガラリと変える、自転車や友人との出会い。
そして……初めての感情。
荒「……」
荒北は新開の集団をずっと眺めている。
新「ボタンは誰にもあげるつもりはないんだ。ごめんよ」
「えーー!」
「そんなのひどーい!」
「卑怯よ!」
「そうよ卑怯よ!」
新「卑怯て。……参ったな」
荒「バカだなァアイツ……。自分のファンクラブぐらいちゃんと管理しろっての」
東堂はちゃんとルールを定め、平等に接し、平等に愛を注いでいる。
荒北はそれをバカにしていたが、こういう時に争いを生まぬため正しい行いだった、と今ならわかる。
しかし新開は自分のファンクラブに対して全く無頓着で、たいして興味を示していなかった。
ラブレターやプレゼントは一応受け取り捨てたりせずに保管してあるが、ただそれだけだ。
自主的に愛想を振り撒くこともなかった。
普段はそれで良かったかもしれないが、今日は違う。
今日は特別な日。
第二ボタンはひとつしか無い。
しかも最初で最後のチャンスなのだ。
荒「血を見るかもなァ……」
きっとこのあと、新開は女子達に揉みくちゃにされ、第二ボタンも誰かに引き千切られ、誰の手に渡ったか判らず修羅場を迎えるのだろう。
あの集団の中の誰か一人が、ボタンをゲットするのだ。
ラッキーなのは誰なのか。
荒「……オレには関係ねーし」
荒北はそう呟く。
関係無いのならいつまでも眺めていないで立ち去ればいいのに、荒北の目はずっと新開を捕らえたまま動かない。
荒「アイツの姿を見られるのも今日が最後だからな……」
誰も聞いていないのに言い訳をする。
新開の最後の姿が、女子達にキャーキャーと囲まれている場面というのは正直面白くなかった。
新開は大学に入ってからもきっとモテモテで、またすぐにファンクラブが出来るのだろう。
しかし荒北とは大学が別々だから、もうこんな光景は見なくて済むのだ。
荒「こんな、胸が苦しくなる思いからやっと解放される……」
新開の姿を見ていたい、見ていたくない。
荒北の心はずっと葛藤していた。
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