続・喫茶チャリダー (中編7頁)★オススメ
荒「結……」
衝撃を受ける荒北。
福「……挨拶程度しか会話したことは無いそうだ。だが、相手がかなり入れ込んでいる。社長も乗り気だ」
淡々と補足説明をする福富。
荒「そ……そう」
荒北は笑顔がひきつっている。
荒「ロードバイクメーカーの社長の娘って……。一生安泰じゃねェか。すげェの射止めたな。……さすが新開だ……」
福「荒北……」
福富は荒北の表情を窺う。
荒「オレは大丈夫だよ福ちゃん。覚悟はしてたから」
福「そうか……。悩みや愚痴はいつでもオレが聞いてやる」
荒「あンがとね。教えてくれて」
福「ム。ではオレは戻る」
荒北は笑顔で手を振る。
福富は店を出て行った。
ガシャーン!!
福「!」
店内から物音が聞こえ、福富は慌てて引き返した。
店に入ると、カウンター内の床に割れたコップがいくつか散乱していた。
その中に荒北がうずくまっている。
福「荒北!」
駆け寄る福富。
荒北は真っ青な顔で大量に汗を流し、呼吸が粗い。
荒「ハァハァ……結構……クるな、これ……」
胸を押さえて必死で呼吸する荒北。
荒「へへ、オレ……意外とメンタル弱かっ……」
福「喋るな荒北!」
過呼吸が酷くなっていく。
福富の腕の中で、全身の痙攣が始まった。
目を開けている筈なのに、立ち眩みのように真っ暗で何も見えない。
福富が何か叫んでいるようだが、耳鳴りが酷くて何も聞こえない。
このまま気絶して、二度と目覚めたくない──。
荒北はそう思っていた。
救急病院に搬送され、病室のベッドに横たわっている荒北。
腕には点滴が繋がっている。
側の椅子に座り、見守る福富。
荒「悪かったな福ちゃん……仕事中だったのに」
福「会社には連絡してある。オレの心配はいらん」
荒「その傷……」
福富の腕の包帯に気付く荒北。
割れたコップで切った傷だった。
福「大袈裟に巻かれただけだ。たいしたことは無い」
荒「すまねェ……」
福「オマエは何も考えずゆっくり休め。明日には帰宅して良いそうだ。今日倒れたことは誰にも言わん。安心しろ」
福富の優しさが身に染みる。
荒「……パニック起こしちまったンだなァ。自分でも驚いたヨ」
荒北は天井を見つめながら先程の状況をふり返った。
荒「もう結婚か……早かったなァ。……まだあと1、2年は大丈夫だって勝手に思い込んでた……」
福「荒北……」
福富が荒北に顔を近付けて言う。
福「今ならまだ間に合うぞ。なんならオレから……」
荒「やめてくれ福ちゃん!」
荒北がピシャリと遮る。
荒「アイツには……アイツには絶対言わねェでくれ」
福富に点滴の刺さった手を伸ばし、腕を掴む。
あまり力が入らず弱々しい。
それでも必死で指に力を込め、訴える。
荒「アイツの幸せの邪魔はしたくねェ。アイツの負担にはなりたくねェんだ……」
荒北の目に涙が滲む。
福「荒北……」
荒「アイツ……優しいからさァ……」
涙が溢れ、頬をつたう。
荒「頼むよ福ちゃん……。頼むよ……」
福「……」
後から後から涙が溢れ、枕を濡らしていく。
しかしそれを拭おうともせず、じっと福富の目を見て訴える荒北。
福「……わかった。約束しよう」
根負けする福富。
荒「ありがとォ……」
福富の腕を掴んでいた手の力が緩む。
荒北の手はそのまま下へ垂れた。
力尽きて眠ってしまった荒北の手を、毛布の中へ戻す福富。
荒北の涙をティッシュで拭き取り、しばらく寝顔を眺めた後、病院の手続きを済ませ福富は帰って行った。