喫茶チャリダー (中編6頁)★オススメ
〜翌日の夜〜
カランコロン。
荒「いらっ……」
言いかけてギクリとする荒北。
入って来たのは福富だった。
福富は真っ直ぐカウンターに来て、荒北の正面に座った。
福「……いつものセットを頼む」
荒「あ、あァ」
いつものセットとは、熱々アップルパイのバニラアイス乗せと、コーヒーのことだ。
福富の大好物だった。
福「ム。いつもより旨い」
荒「リンゴを替えたんだ。マッキントッシュってやつ。PCのマックの元になった品種だヨ」
福「ほう」
パイをペロリとたいらげ、コーヒーをすする。
福富専用マグカップにはリンゴが描かれていた。
福「……」
荒「……」
沈黙が辛い。
荒北はさっきから嫌な汗が止まらなかった。
福「……いつからだ」
福富が沈黙を破った。
荒「や、やだなァ福ちゃん。主語が無いとわかんねェよ」
動揺する荒北。
福「……」
福富は荒北の目をじっと見る。
荒「……ハァ」
荒北は根負けして、語り始めた。
荒「高校ン時からずっとだ。大学で離れ離れになれば忘れられると思ってた。……けど、会えねェと余計に辛くて、苦しくて、4年間地獄だったよ」
福「……」
福富は黙って聞いている。
荒「離れても忘れるのは無理だと判ったオレは、開き直って真逆に進もうと決心したんだ」
福「真逆?」
荒「アイツの近くにいて、目一杯アイツのアシストをしよう、ってナ」
福「それでここに店を開いたのか」
荒「アイツをサポート出来て、アイツがリラックス出来て、アイツがチャリだけに専念出来る環境を作ってやりたくて」
福「思惑通り、最早依存症レベルだぞ」
荒「あァ。まさかオレもアイツが毎日三食入り浸るとは思ってなかったヨ」
福「甘やかし過ぎだ」
福富が苦言を呈する。
荒「安心してくれ福ちゃん。この店、ずっと続けるつもりはねェから」
福「ム?どういう意味だ」
荒北はフーッと溜め息をついてから言った。
荒「アイツが結婚するまでだ」
福「!」
荒「オレの役目はそこで終わり。オレが担ってきた事は、そこからは嫁さんがやるんだからナ」
福「……オマエはどうするんだ」
荒北は遠い目をして語る。
荒「店畳んで、旅に出る。暫く日本には戻らねェ。いや、一生戻らねェかもなァ。……チャリで世界一周とかさァ、なかなかロマンだと思わね?へへっ」
福「オマエは……」
荒「心配しねェでくれ。外国で稼ぐ方法はあるンだ。この店の資金も……」
福「オマエはそれでいいのか!」
福富が荒北の言葉を遮って叫んだ。
荒北は苦笑いして言う。
荒「福ちゃん……オレ、男なんだぜ?どんだけ想ってても、これだけはどうにもならねンだ」
福「しかし……」
荒「アイツには、才能がある。これから世界デビューもするんだ。それが……もしゲイだなんて噂が立ってみろ。一気にスポンサーが去っていくぜ」
福「ム……」
心配している福富に、荒北は優しく語り掛ける。
荒「誤解しないでくれ福ちゃん……。オレ、今スゲー幸せなんだ」
福「幸せ?」
荒「毎日毎日ずっとアイツの笑顔見れて、メシ作れば旨い旨いって食ってくれて、世話焼いて、送り出して、出迎えて……アイツにちゃんと癒しを与えてあげられてるって実感がある。こんな幸せな事、ねェよ。そして、オレをこんな幸せな気持ちにさせてくれるアイツにホント感謝してンだ。へへっ。癒されてんのはオレの方かァ」
福「……」
頬を赤らめ、はにかみながら語る荒北を見ていると、福富はもう何も言えなくなってしまった。
カランコロン。
新「あー疲れたーっ。靖友ー、甘いものちょーだい甘いものー」
新開がクタクタになって入ってきた。
荒「お疲れサン」
新「あれっ?寿一?こんな時間に珍しいな」
福「アップルパイを食いに来た。新作だ」
荒北と福富が何事も無かったかのように新開を迎え入れる。
新「アップルパイ!オレも食う!靖友!アップルパイ!大盛りで!」
荒「アップルパイにそんな単位はねェんだよ」
仲睦まじい二人の様子を暫く眺めたあと、福富は席を立った。
福「……ではオレは戻る。新開、今日は居眠りせずに帰って来るんだぞ」
新「今日は大丈夫。多分。ははっ」
新開が笑顔で福富に手を振る。
荒「……おやすみ、福ちゃん」
福「ああ……」
荒北と暫く目を合わせ、福富は出て行った。
喫茶チャリダー。
自転車好きの集う店。
皆様々な思いを胸に秘め、今日も一日が終わる ──。
おしまい