蒼い赤信号 (短編3頁)
見覚えのある横顔を発見して、荒北は呟いた。
「……アイツぁ」
その日も両手をズボンのポケットに突っ込み猫背気味で面白くなさそうな顔をして、荒北は校内を歩いていた。
飼育小屋の前を通りかかると、しゃがみ込んでいる人物がいる。
「確か……新開とか言ったな」
尊敬する福富の近くによく出没する、育ちの良さそうなすましたニヤケ野郎だ。
「……フン」
そのまま通り過ぎようと思ったが、新開が動物に何か餌を与えている様子が気になり、荒北は近付いて行った。
新開の背後に立ち、小屋の中を覗き込む。
「ウサギ……か」
新開は振り向いて荒北を見上げる。
「やぁ、靖友くん」
「下の名前で呼ぶな」
すかさず威嚇する荒北。
しかし新開は全く気にせず、ウサギに細く切った人参を与える。
ウサギはモグモグ食べている。
「……」
その様子を無心に眺める荒北。
餌を食べている小動物の姿には、ついつい見入ってしまう魅力がある。
「コイツの名前はウサ吉」
「まんまかヨ」
荒北は突っ込みながら、新開の隣にヤンキー座りをした。
新開が話し掛ける。
「靖友くんもウサギ好きなのかい?」
「だから下の名前……ちっ」
調子の狂った荒北は、首の後ろを掻きながら諦めたように語る。
「ウサギでも猫でも動物はなんでも好きだ。ウチで犬飼ってるしな」
「なんて名前?」
「アキチャン」
「“アキ”なの?“アキチャン”なの?」
「アキチャンはアキチャンだ」
「もしかして秋田犬……」
「オメーだってウサギにウサ吉って付けてンじゃねーか!」
プーッ!
新開が吹き出した。
「なンだよ」
ククク……と肩を震わせて笑っている新開。
「笑い上戸かテメェ」
イラッとする荒北。
すると、新開がスックと立ち上がった。
「!……な、なンだやる気か?」
反射的に身構える荒北。
しかし新開は荒北の横をすり抜けてスタスタと行ってしまう。
「オイ、どこ行くんだよ」
「餌、買いにね」
「……」
荒北はなんとなく新開について行く。
斜め後ろをついて来る荒北に対して、新開は何も言わなかった。
校門を出て、坂を歩いて降りて行く。
「コンビニにね、野菜も売ってるんだ」
説明する新開。
「チャリで行かねェのか?」
「部室まで戻ってると遠いしね。それに、チャリばかり乗ってると歩行困難になる」
「大袈裟だろ」
他愛もない会話をしながら、車道まで出た。
ここから交差点をいくつか越えた所にコンビニがある。
横断歩道の信号は赤だったが車が来ていなかったので、荒北は交差点をヒョイヒョイと渡った。
振り向くと、新開が対岸で立っている。
「何やってんだ。来いヨ」
荒北が声を掛ける。
しかし新開は信号が青になるまで待った。
「……」
イライラする荒北。
やっと渡って来た新開に文句を言う。
「遅せェよ」
「信号は守らなきゃ」
「マジメか」
荒北はブツブツ言いながらも、新開と一緒にコンビニまでついて行った。
それからも何度か、荒北と新開は飼育小屋でウサ吉と一緒に過ごし、コンビニまで餌を買いに行った。
ある時、荒北が新開に尋ねた。
「ウサ吉、まだ小さいよな。コイツの親は?」
「……」
聞こえている筈なのに、新開はその質問には答えなかった。
その様子を見て、親ウサギはもう死んだのだと理解した荒北は、それ以上聞かないことにした。
「……」
新開の横顔を見つめる荒北。
ウサ吉の世話をしている新開は癒されているのかニコニコしているのだが、いつもどこか悲しげな表情をしている。
荒北はその表情がどうしても気になっていた。
いつしか荒北は、ウサ吉ではなく新開の横顔ばかり眺めるようになっていた──。
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