小話(一年は組中心)
土井先生の『今日はおしまい!』の一言で色めき立つ同級生たちを、ほほえましく見回す。
バイトに行かなきゃと急ぐきり丸と、手伝うというしんべヱ。
今日は保健委員会があると眉を下げる乱太郎に、俺も委員会だ、と心なしか浮かない表情の金吾。兵太夫と虎若が二人を慰める。
喜三太はナメクジの壺を撫でていて、三次郎は大きく伸びをしている。
箒を持った団蔵がぶつぶつ言いながらごみを集め、伊助は使用した机を早速拭いている。今日は彼らの掃除当番なのだ。
我らが頼れる学級委員長、と言われるのはとても嬉しい。
自分で言うのは何だが、実戦経験が豊富で人がいい一年は組の級長をするのはとても光栄なことなのだ。
このバラエティーに富んだは組の連中は、個性がかなり強い。
人当たりの良い事でカムフラージュしてはいるが、きり丸を筆頭として人間不信が何人いることか。
そのなかで勝ち取った信頼がいかに尊いかを、自分は知っている。
いつぞや、い組の安藤先生から金吾が編入してきた際に、い組に来ないかと誘われたことがあった。
い組は成績優秀者が集まる組で、は組は成績振るわず落ちこぼれだから、単に成績の良かった私をい組に編入させて組の人数のバランスを取るという名目であったが、隣にいたきり丸が自分に身構えたので、すぐさまその場で断った。
きり丸は幼少期の経験で人を安易に信用しない。
入学したすぐは、めげずに話しかけていた乱太郎としんべヱとしか会話をしなかったほどだ。
それでも入学してから初夏にかけての実践実習や、乱太郎からの巻き込まれ事故で級友に少しずつ心を開きかけていた時に、この話だ。
安藤先生空気読めよと心の中で怒りながらも、『冗談は面白くないです。』とバッサリやったのがよかったのか、それから宿題やら課題やらで自分を頼ってくれるようになったので、認められたようでとても安心した。
土井先生や山田先生からも「よくやった」と褒められた。
あの先生方ですら、きり丸の人間不信には手を焼いていたのだ。
一年は組の級長となってからは、全体を見回すように心がけている。
「庄左エ門、今日は時間ある?」
三次郎の言葉に我に返る。
「あるよ。」
出された宿題を何とかしないといけないので、このまま図書室に行かなければいけないと思っていたところだ。
「宿題一緒にやろう?」
恥ずかしそうに言う三次郎の言葉に笑って応える。その後ろから「ぼくも!」とみんな手を上げる。
「んもー!いいなぁ!わたし、今日委員会あるからできないよー!」
落ち込んだままの乱太郎と金吾には「委員会が遅くなったら、夕飯の後声かけてよ」と言づける。きっとその時にきり丸としんべヱも一緒に来るだろう。
金吾は「体育委員会で落ちなかったら来る・・・」とこちらは早々に諦めモードだ。
体育委員会委員長の六年生、六年ろ組の七松小平太先輩はとても気持ちのよい、サッパリした性格の持ち主ではあるが、ついたあだ名は“暴君”だ。
委員会のメンバーをマラソン、塹壕掘り、バレー等で引っ張りまわし、性格には難ありだが優秀と名高い四年い組の平滝夜叉丸先輩さえふらふらにさせる程の体力バカなのだ。
『戦忍は花形だ!』を豪語しており、できなければできるまでやる方針で、マラソンで山々を巡って落ちる下級生に、できなかったからもう一回!と笑顔で言うらしい。
つくづく、体育委員会じゃなくてよかったと思うが、金吾はなぜかかの先輩を大変慕っている。
“暴君”とは言われるが、付いて行きたくなるようなカリスマがあるらしい。
「金吾、体育委員会大変なの?」
伊助が心配そうにつぶやく。金吾は大変だけど、楽しいと笑う。
「裏裏裏裏山までのマラソンを行ったり来たりするんだ。どこまで行くかは七松先輩次第だなぁ。僕は体力もたなくて滝夜叉丸先輩に毎回、回収されるんだけど・・・」
「えーあの先輩なんかぐだぐだ言ってて話長くない?」
「いやいや。普段聞くと面倒だけど、体育委員会ではあれはとてもありがたい。」
「なんで?」
「その間、休憩できる。二年の時友先輩が教えてくれた。決して止めないようにって。」
あはははは!と笑う団蔵と三次郎に金吾は「冗談なんかじゃなく!」と赤い顔で頬を掻いた。
「じゃあ、委員会に行く組、アルバイト組は、夕食後で僕の部屋においでね。お茶用意して待ってる。」
「「「はーい‼」」」
「何も予定がない組は今から宿題!今日は図書室を考えていたけど、あそこは私語厳禁だから、掃除をちゃっちゃっと終わらせてここでしよう!」
「「「さーんせーい!」」」
「あるかりせーい!」
みんな実際には気づいていないけれど、は組は『特化型』の集まりなのだ。
何かしら突出しているものがあり、それを伸ばすためのクラスであることは間違いない。
自分には突出しているものがないのに、このクラスに入れたのは、きっと一年生が9人で綺麗に分けられる人数だったからだと思っている。
最初から喜三太と金吾がいたらい組になっていたかもしれない。でも、今はこの幸運を逃すことはできない。
この11人が、自分の帰るところであり、守るべき場所だ。
『僕のなわばり』
だからこんな風になることはとても許せない。
夕飯前の鐘の音が鳴ったかと思えば、四年生の先輩が慌てて保健室に駆け込むのが見えた。その腕の中には、自分たちと同じ一年生の制服が見える。
通り過ぎたのが一瞬だったのでよく見えなかったが、嫌な予感がして隣にいた伊助を見ると、伊助は顔を真っ青にして震えていた。
「庄、庄ちゃんッ、」
「伊助?」
「今の、金吾だった・・・!」
涙を溜めた瞳で僕の袖を握る伊助のその一言に頭が真っ白になる。
「なんて・・・?」
「・・・前髪が金色だった!そんな一年生は他にいないはずだよ!」
パニックになりかけている伊助を落ち着かせるべく一つ呼吸を置く。
誰かが攫われたり、ドクタケと遭遇した時によくやる癖だ。
僕らは乱太郎がいないとき、パニックに陥りやすい。誰か一人が冷静に戻れたらそれに巻き込まれるように皆落ち着きを取り戻すことを知ってからは、一番最初に冷静になるように心がけている。
「伊助。今から夕飯で、皆に会うよね。」
「・・・うん。」
「上級生の間で、このことが既に話題に上がっているかもしれない。でもそうなると皆に間違った情報がいく可能性がある。だから、伊助は先に皆と合流して。」
「庄ちゃんは・・・?」
「僕は今から保健室に行って話を聞いてくる。金吾と思しき一年生を連れていたのは四年生の制服を着ていた。運ばれていたのが金吾だったら、きっとその四年生は滝夜叉丸先輩だ。」
「体育委員会の先輩に直で聞くんだね。」
「そう。乱太郎もいるし、あの狭い空間には組の皆は入れない。土井先生から何か伝えられるだろうけど、きっとそれは全てが終わった後だ。」
「庄ちゃん。」
「叩くなら今じゃないと。伊助に頼みたいのは皆が食堂にいる間、上級生が何を言っても信じないことと、食べ終わったら僕の長屋で待ってることを伝えてほしいんだ。」
「・・・わかった。」
「あと、僕と乱太郎の分のおにぎりをおばちゃんに頼んでほしい。」
「いいよ。」
「頼んだ。」
涙を袖で拭って伊助は食堂に走り出した。一呼吸おいてから自分も保健室に走り出した。
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