誰も居なくなったあの子の隣




壇上から見下ろした人々が俺を見て畏怖の念を送ることに笑ってしまう。

この3か月間はクライン派をありとあらゆる手段でもって痛めつけた自覚はある。
だから今日ほど気分の良い日は無い。
議長席に座りながらも震える女・・・ラクス・クラインはこれから起きる事を、きっと理解することも、受け入れることも出来ないだろう。

この議会では、ジュール派の発起を明言することと共に、大きな目的があった。アスランによるザラ派解体宣言と、アスラン自身の進退への言及だ。

俺も1ヶ月前に母と共に聞き、とても驚いた。
どうにかアスランの翻意を望みたかったが、その意思はとても固く、すまないと言いながらも最後まで彼の意思は変わらなかった。
1ヶ月間、アスランと会話しながら漸く迎えた今日だ。

俺も母もアスランの意思を尊重し、理解し、彼の話に納得したから、議会での解体宣言とアスランの進退に同意した。

・・・断じてあの潤んだ瞳でされた、アスランの初めての『お願い』に絆された訳ではないと思いたい。



「本日より旧ザラ派はジュール派と名を変え、プラント評議会に参加することと相成った。

私はザフト軍所属ジュール隊 隊長、イザーク・ジュールである。

ザラ派の宗主であったパトリック・ザラの子息であるアスラン・ザラと、彼を次代の宗主としていた旧ザラ派の推薦により、私イザーク・ジュールが旧ザラ派を束ねることとなった。
以後、旧ザラ派はジュール派と名乗ることをここで表明する。」

大きな拍手が中央から起こった。
アイリーン・カナーバ氏や母であるエザリアを筆頭とするジュール派のメンバーが立ち上がりお辞儀をする。
旧ザラ派のトップの二人だが、引き続きジュール派でも活動してもらうことになったのだ。

「続いて、旧ザラ派の次期宗主であったアスラン・ザラから、リモートでのザラ派解体宣言を行う。
アスラン・ザラは現在、身体に著しい不調が見られ、主治医であるタッド・エルスマン氏から様々なドクターストップが掛けられている。
議会への参加をリモートで行う件については異例中の異例であったため、プラントの最高裁判所を通じ、エルスマン氏の診断書やアスランの意思を書面にて提出し、今回はやむを得ない事情として予め許諾を得ている。
リモートではあるが、彼の体調が悪くなれば中断を余儀なくすることも視野に入れている。アスラン・ザラの命に関わることであるので、そこはご理解頂きたい。そうなった場合についてはまた後日評議会を別途開催を予定している。情報部、繋がるか?」

手元のタブレットはアスランの顔が緊張気味に映っている。
命令を受けた情報部とユーリ氏が大きく頷いた。アスランに視線をやると大きく頷いたのでそのままOKサインを情報部に送る。
自分が立つ壇上の後ろに大きなスクリーンが天井から垂らされ、スクリーンの周りだけ照明が落とされた。

スクリーンに映ったアスランは、白いシャツと黒のスラックスを着ている。
大きな3人掛けのソファに座っており、その左腕には点滴が射されていた。ジャケットはタッド氏に反対されたので着ていない。
例の発作や、過度なストレスにさらされることで、いつ重篤状態になってもおかしくないほどアスランは弱っている。
極度の瘦せた体が原因だった。
だから点滴は抜けないのだ。
ジュール邸に来て、俺と会話ができるようになってからは少しずつだが食事をとるようになり増加傾向ではあるものの、成人男性の一日のカロリーには全然足りていない。
1日に3回行われる点滴が、今のアスランの命を文字通り繋いでいる。

タッド氏は今日アスランが体調を崩した時のためにジュール邸に詰めている。リモートカメラを繋いでいるのは俺の副官のシホで、警備はジュール隊が担っている。
リモートのカメラ越しに俺を見て穏やかに笑ったアスランを見て口角を上げた。
口で『頑張れ』と形作るとアスランは一瞬驚いた様に目を見開いた後、分かりにくい密やかな笑みを浮かべてカメラに向き、穏やかな口調で話し始めた。







『お集まりの方々、プラントの皆様、お初にお目にかかります。
私は、パトリック・ザラとレノア・ザラの息子、アスラン・ザラです。
このような貴重な機会を頂きましたこと、本当に感謝致します。

私はここで、旧ザラ派の全ての権限をジュール派の皆様に譲渡することを宣言致します。
これより先は、旧ザラ派はジュール派と名乗ることを許します。』

痩せた彼がゆっくりと話す言葉を、場内は耳が痛くなるほどの静寂でもって受け入れた。

『ザラの名前は大きく、悪評高く、多くの皆様を不当に傷つけ、脅かして、ヤキン・ドゥーエからこれまでの日々を過ごしてきました。
これは一重に私の不徳の致すところであり、家名を捨てられない私の我儘でした。
私が父との唯一のつながりである名前をそのままにしたために、第二次世界大戦へのきっかけを作ってしまいました。
・・・ユニウス7の被害者の縁者が、ユニウス7を地球へ落とすという暴挙でした。
私の父である、パトリック・ザラの歪んだ思想と名の元に行われた大罪です。
いかなる理由であれ、断じて許されるものではありませんでした。
パトリック・ザラの息子として、改めて被害に遭われた方に謝罪申し上げます。
本当に、申し訳ございませんでした。』

ソファーに座ったまま青い顔で頭を下げるアスランに、何人かのクライン派が息をのんだ。一番サイズが小さいシャツなのに、布が余って浮いているからだ。

『今後は、ザラの名前が歪んだ正義の名のもとに使われないために、旧ザラ派の解体を、私の意思でもって決断致しました。
私はここに、ザラの名前が今後一切公の場に出ないことを明言し、私自身がプラントの政治へ介入する権利を、永遠に放棄致します。
ザラの名前は私で最期としたいのです。

私の他にザラの名前を騙る者が居たとしても、私、アスラン・ザラとは無関係のものとし、ザラの名前を騙った者については、裁判所や議会を通して抗議することと致します。
幸いにもプラントで現時点に、ザラの姓を名乗っているのは私だけです。
ザラの名前は戦争を呼びます。
平和を模索するプラントには必要のない名前です。
どうか、ご理解頂ければと思います。

・・・私の父がした政策により、プラントの皆様に、戦争への恐怖と政治的圧力を与えてしまったことを深くお詫びいたします。

旧ザラ派においては、宗主であった父の無茶な要求に応え続けていただき、時には身を呈して止めて頂き、感謝の念が堪えません。
父が地球への直接攻撃を命じた際に、暴走を止めるべく撃ったのも、ザラ派の方だと聞いています。
父を止めてくれて本当に感謝しています。
あなた方がいたから、父はアレ以上の罪を犯さずに済んだのです。

旧ザラ派の皆様は、尽くして信じた盟友であった父に裏切られたにも関わらず、その父の息子の私を、亡命という形で命を救ってくださいました。
その後もクライン派閥からの排斥に耐え、中立派に渡りをつけ、取れるだけの手段を取って父の悲願だったプラント防衛への道を諦めないでくださいました。
また、旧ザラ派同士で団結し、戦時下の召集でザフトに志願した為に、罪に問われていた多くの若い命を助けてもくださいました。
私にはあの時何も出来なかったので、本当に、本当に感謝しています。』

会場にいた一部の旧ザラ派のザフト官僚が涙を拭った。

彼らが本当に救いたかったのは、最後までプラントの行く末を案じ、終戦締結時に父親の汚名を被ることと、亡命を余儀なくされたアスランだったことを俺は知っている。
自身を犠牲にしてザラ派を守ってくれたアスランに、何も出来なかった無念は、彼らの方が大きいだろう。

ゆっくりと頭を下げたアスランに、心からのエールを送る。
きっと今にも震えそうなのを我慢しているのだから。

『私の使命はプラントを守ることだと今でも思っています。
両親はプラントの恒久的な平和と、一方的なナチュラルの支配から脱却するべく戦っていました。
このコーディネーターの最期の楽園であるプラントの防衛は父の悲願であり、プラントの食卓を支える食物をプラントで生産することは母の大きな夢でした。
あの血のバレンタインから、ナチュラル憎しに父が変わってしまったことは、気づけなかった私の責任です。

・・・父と母は、遺伝子統制で結婚した、いわば政略結婚でした。
しかし二人がお互いをとても尊重し、愛しあっていたのだと気付かされたのは、苦しくも大戦が終わり、その終戦への作業に移行する最中でした。

戦後処理をしていく中で、私は父の通信や、書簡などを読みました。
母が亡くなった血のバレンタインまで、二人は頻繁に通信でやり取りをしては、メッセージを送りあう仲だったようです。
私が幼かった頃、父はザフトの立ち上げの為、テロを恐れて私や母が害されないように月へ行くよう、手配してくれていました。
私がプラントのギムナジウムに入学したあとは、母の夢を応援するべくユニウス7へ行く許可を出しています。
応援している、の一文と一緒にです。

母のメッセージは父が消した形跡があり内容は解りませんが、父から送ったメッセージには体を気遣うことや、ユニウス7から仕入れた野菜を使った料理の感想、友であったシーゲル・クライン議長との私的な会話の内容が主なもので、私の知る父と大きく違っており、とても戸惑いました。

今思えば、父は最愛の母を殺したナチュラルが憎くて憎くて仕方がなく、彼らに復讐がしたかったのでしょう。

でも私は父がナチュラルに復讐を誓う程、母を愛していることを知らなかった。
ヤキン・ドゥーエの直前、私はプラント防衛の為、ナチュラル殲滅作戦を掲げた父の考えが理解できず、ラクス嬢の率いる第三勢力へ加担しました。

父は、母の敵討ちの同胞だと思っていた、息子の私から、手酷く裏切られてしまったのです。

そして私は、父の中でも優秀な駒の一つでした。
何をしてもプラントを守りたい父からすれば、最新機体のジャスティスとフリーダムはプラント防衛の要です。
もちろん、ジャスティスもフリーダムもパワーが凄い機体ですので、動かせる人間は限られています。
こと、ジャスティスは私のためにユーリ・アマルフィ氏が誂えてくれた機体です。
それが敵対しているかも知れない組織の手に、それも息子の手で渡ってしまったことが、父の焦りと復讐心に拍車をかけてしまいました。
父が精神的にも立場的にも追い詰められてしまったのは、浅はかだった私の離反が原因です。

第三勢力へ行った私ですが、ラクス嬢の目的と私の目的が違うことは薄々感じ取っていました。
でも私は父を裏切った手前、のこのことプラントに帰るわけにもいかなかった。
ジャスティスはエターナルに収容されていて、エターナルの皆さんが世界の平和について話をした時に、やはり私の守りたいものと、ラクス嬢が守りたいものは違うものなのだとはっきり致しました。

私の守りたいものは、私の故郷であるプラントだったからです。

・・・あの頃の私は、父を裏切ったことから、父の名に恥じないよう『プラントを守って死ぬ』という、名誉ある死を願っていました。
でも第一次大戦の終戦間際に、アスハ首長に『生きることが償い』だと説かれてからは、何としてもプラントを守るために生き抜くことが自分の使命だと感じるようになりました。
政治や戦局、ナチュラル、コーディネーターも関係なく、もうプラントさえ無事ならそれでいいと・・・。』

大きく目を見開いたラクス嬢に、今アスランの気持ちを漸く知ったのだと嘲笑する。

『死にたいと思ったこともありましたが、私を必死で生かしてくれた人々のことを思いました。
彼らは生きたかったのに、私に思いを託して亡くなりました。
死んだのが彼らではなく私だったらきっと、第二次大戦は起こらならなかったでしょう。
でも私は彼らに生かされた。
なら、彼らの思いに応えなくてはいけない。
だから私はどんな形であれ、プラントを守ることを実行しようと考えました。プラントの利になること、プラントの安全・・・挙げればきりがないですが、何がプラントの為なのかを思考し続けたつもりです。
しかし私の出した答えは、ミネルヴァに乗っていたザフトの同僚にも、理解を示してくれていたはずのデュランダル議長も、現政権のクライン議長にも、オーブのアスハ首長にも受け入れられないものだったのでしょう。
ザラの名前は疑心暗鬼を呼び、私の行く手を塞いだのです。
私がプラントを守るというのは大変な困難なのだなと痛感しました。
どこに行っても私はよそ者で、守りたいプラントに帰って来ても、私が機体に触るだけで攻撃してきやしないかと、裏切らないかと、周りの視線は実に雄弁でした。
何度も立ち止まりかけましたが、なんとか歩いてこれたのは、私にはもうプラントの防衛しかなかったからです。

第二次世界大戦の後、私は残党狩りをしながら考える時間を頂きました。
闇を進む中で出した答えは、きっと皆様には無責任だと言われてしまうかもしれませんが、この『ザラ』という名前との決別です。
父との唯一のつながりではありますが、それは私が心の中で思っていればいい事で、他の方を脅かし、疑心暗鬼を生んでまで主張したいことではありません。

私の相談に乗ってくれたクルーゼ隊の同期の二人は、私の答えを否定せずに、家族のことで私が悩んで出した答えなら、それは誰も否定できないと真剣な目で肯定してくれました。
本当に救われた気がしました。

再三申し上げますが、平和を模索するプラントに、ザラは不要です。

第二次大戦の最中からずっと考えてきたことです。亡命中に名前を変えたこともありましたが、その時は名前が問題になるとは思っていなかった。
だからテロリストに、パトリック・ザラの主張だったと言い分を与えてしまう前に、なんとか決着をつけたいのです。
とても迷い、他の方法はと考えましたが、私はザラ派を解体するという決断に至ったのです。』

一息吐いたアスランは、泣いたような潤んだ瞳で彼らしく穏やかに笑った。

『これを逃げだと仰られる方もいるかもしれません。
でも主治医のエルスマン氏や私のパートナーであるジュール氏から明日をも知れぬ、と体のことで何度も言われると、この問題を先延ばしにすることはできませんでした。
私が私の意思でけじめをつけられるうちにと思い至ったのです。
ザラ派を解体し、ジュール氏に委ね、彼の許可を得て中立派にジュール派を定期的に監査してもらうことでこれまでのザラ派のような秘密主義を改善できればと考えました。
明日からはジュール氏のもと、ジュール派はクリアで説明責任を果たす派閥になるであろうことは、間違いないありません。
彼ならザラの権限をプラントの為に正しく使ってくれると私は確信しています。』

タブレットの画面越しに自分を見て微笑んだアスランに思わず顔が赤くなる。咳払いをしてごまかしたのを、ユーリ氏が笑った。

『そして私は、父や母が遺した特許や、ザラ家の資産を、現在運営されている戦争被害者の会と国防委員会に譲渡し、ザフト兵にかかる医療費や、プラントの平和維持活動の資金に当てたいと考えています。
私一人でザラの資産を使うことは、プラントの恒久的な平和を願っていた両親の意に反することです。
私自身が所有する特許についても、私が生きていく上で使用しない資金や、私が死んだ後はザラの資産と同様にそれぞれの会に委ねたいと考えています。
ユニウス7の被害者遺族の方への補償や、ブレイク・ザ・ワールドの際に各地の支援や賠償の為に使用して下がってしまったプラント政府の財源の一部になればいいと思っています。
こちらも既にジュール氏を通して評議会に申請中です。
ザラの資産については税務署や裁判所に申し出て既に身辺整理が終わっています。
国税庁の許可が下りた段階で評議会での協議となりますが、ザラの資金については”資金の行先”をクリアにしてくださることを条件に実行していきたいと考えています。
間違っても条約違反の兵器の開発費用に回されないようにと申し上げるつもりです。』

あの大戦時に、新進気鋭の戦艦と新しい機体3体を作り出した資産が一部だとすると、ザラの特許資金は相当な額になるであろうことは会場の誰もが知っている。

被害者遺族の会の方が立ち上がりアスランに頭を下げた。ユニウス7の遺族会の方だ。

『そしてプラントの皆様に、この場を借りて最後のお願いがございます。』

震えるように息を吐きだしたアスランが肩で息をしている。深い呼吸を数回してからフーっと大きく息を吐いた。


『どうか、アスラン・ザラの名前はお忘れ下さい。』


ガタッと立ち上がった議長に意識など行かないほど、皆顔を強張らせて目を見開いた。
俺は台の端を握りしめて視線を下へ逸らす。ユーリ氏が驚きの目でアスランを凝視していた。

『連日の報道で、私の名前を過分にお褒め頂いていることは知っていますが、私は美しい人間ではありません。
自分一人では何も決め切れず、過去に囚われて、自分の大切なものが何なのか判断できなくなるほど周りが見えなくなる愚か者です。
私を生かしてくれた方々には本当に顔向けができないのです。

・・・2度に渡る離反について様々なご意見がありますが、私はとても、とても後悔しています。

1度目も2度目も、状況が状況でしたが、例え銃殺刑になったとしてもザフトを離れるべきではなかったと心底思っています。
私が離反しなければきっと父は狂わなかった。
ジャスティスがザフトにあれば、父はプラント防衛に躍起になって、直接地球を撃つなんて暴力的な発想にはならなかったのではと思わずにはいられません。
もともとジェネシスは、多くあるプラント群を、地球からの核の攻撃から守るための電磁波シールドでした。
そのエネルギーを一点に集中させて攻撃に回したのは、ジャスティスとフリーダムを、プラント防衛の双璧たる機体を、失ったからです。
理性的な父を、狂った指導者に変えてしまったのは私の離反が原因です。

父の願いは、ナチュラルの殲滅ではなく、プラントの防衛です。
父は、プラントを守りたかったのです。
愛する人を理不尽に喪った悲しみを2度と引き起こさない為に。

2度目の時も、離反せずに拘束されていれば、最期まで穏やかに会話をしようとしていたデュランダル議長ならば生きて、納得のいく終戦が迎えられたのではないかと思わずにはいられないのです。レクイエムも、違う使い方もあったかもしれません。

私は私が許せない。

過去のたられば、を語ればきりがない事は分かっています。
でも私は今、とても苦しい。
父は本当にプラントを大切に思っていたのに、愛していたのに、その父を裏切った私が、プラントを守ったんだ、流石はザフトの赤などと呼ばれるなんて、』

アスランの声が掠れて呼吸が次第に早くなるのを見て焦る。
アスランは首をゆるく横に振りながらその潤んだ瞳から涙を零した。

『そんなの、あんまりだ。』

場内からすすり泣きが聞こえる。ジュール派は目を真っ赤にしながらも彼の言葉を聞いている。

『私は世界一醜い男です。
逃げて、逃げて、問題を先送りにして、誰かに寄生してようやっと、生きる価値を見出せるような、そんな弱い人間です。
ザラの名前は大きく、この名前に負けないような強い心の人間になれたらよかった。
まっすぐに前を向いて父を信じ、流石はプラントの守護神パトリック・ザラの息子、プラントの盾だと堂々と言われるような存在になれればよかった。
でも、もう出来ない。
私がプラントを守ると誓っていたとしても、2度もザフトを離反した過去は消えない。
・・・独裁者の息子だということも。』

肩で息をし続けるアスランの左側に膝をついたタッド氏は、アスランの左手を取って、オキシメーターを指に嵌めた。
数値を見たあと、眉を寄せて首を横に振る。ドクター・ストップだ。
俺は左手を上げようとしたが、アスランは首を横に大きく振った。

『・・・まだ大丈夫です。』
『数値が下がっている。これ以上は、』
『あと少しですから・・・!』

お願いします、とカメラに向き直ったアスランは何度か深呼吸を繰り返した。吐き出した息が震えている。

『私の自分勝手な言い分だとは承知しています。独裁者であった父はもう取返しのつかないほど悪名高く歴史に残るでしょう。
でもそれはそうであってほしい。
平和への道をプラントに住まう皆さまが考える時、間違ってしまった例として、今後二度と起こしてはいけないこととして、父の事は刻み込んでほしい。
でも私は違います。
プラントから2度も離反した私は英雄でもフェイスでも、ザフトの赤でも何でもない、ただの裏切り者です。

プラントの為に間違った父を止めたのは、同じくプラントの為を思う旧ザラ派の方であって、私ではない。
私ではないのです・・・!
だから、父と私の名前を並列して書いて、父を貶めるのはやめてください。
父は、プラントを愛していたのです!
それだけは事実なのです!
ちゃんとプラントを守って、プラントの独立への道を開いたんです!
出来損ないの、優柔不断な私なんかと違って・・・!
私は立派な人間なんかじゃない!
裏切り者だ!裏切り者なんです・・・!

だから、お願いだからこんな裏切り者の事は忘れて下さい。
私自身は1度目の後も2度目の後にも何もできなかった。
第一次大戦の時は、ジェネシスを破壊した功績で離反した罪は無くなりました。
普通ならザフトは離反すれば除隊になります。罪が軽ければ降格処分もあります。でも私は全てが有耶無耶のままにオーブに行かないといけなかった。
許しが出てザフトに複隊した2度目も、デュランダル議長の采配でフェイスを受領しましたが、何も出来ないまま大戦に突入し、混乱しながら、疑われながら、よそ者として戦って、結局デュランダル議長に疑われて私自身が疑心暗鬼になって離反してしまった。
全部自分が招いたことです。
ザラの名前はもうプラントには要らないんだ。
皆様だってそうでしょう!?
戦争を呼ぶ名前なんて、疑うしかない名前なんてプラントには不要でしょう!?
だからもう私のことは忘れて下さい。
ザラの名前はプラントから、父の望みではないナチュラル殲滅の思想と共に私ごと永遠に消したいのです。
消えるべきなんだ・・・!』

どうか、どうかお願いします、私の事はどうか忘れて・・・!

悲痛ともいえる叫びだった。
場内はすすり泣きから嗚咽に代わる。被害者遺族会の者はハンカチで拭いきれない涙を何度も拭きながら「彼も戦争被害者の一人よ。大人が皆寄って集って彼一人に戦争責任を押し付けたのよ」と何度も首を横に振っていた。
ザフトの高官の席は沈黙したまま滂沱の涙をぬぐうこともせずにアスランを見ていた。
今日の出席者は、大戦中にアスランに庇われた者が多いと聞いている。
中立派は取り乱したように泣いている。寝耳に水だったろう。彼らはジュール派の創設に携わり、彼の人柄を知っているから、消えたいと言ったアスランが憐れでならないのだと思う。
クライン派も、何人かが頭を抱えながら嗚咽を溢した。パトリック・ザラを知る老年の高官だった。
もう遠い過去だが、クライン派とザラ派は表裏一体だったのだ。パトリック氏の手腕に多いに助けられたこともあっただろう。何より、シーゲル・クライン議長とは友だったのだ。二人でプラントの未来を描いていたのを聞いたこともあっただろう。

頭を下げたアスランは、肩を大きく震わせたまま動かなくなった。
握りしめていた手から力が抜けてだらん、とソファーから落ちた。
タッド氏がすぐさまアスランを横向けにしてソファーを倒してベッドにした。慌ただしく指示を出している。
素早く酸素が運ばれて来て、どうやら気絶したようだった。
青白い顔に、酸素マスクを当てられたショッキングなアスランの姿に、会場がどよめく。

「シホ、」
俺が呼びかけると、シホはすぐさまカメラの前に出てきた。

『こちらはジュール隊副隊長 シホ・ホーネンフースです。
アスラン・ザラ氏は体調不良のため、この後治療に移行します。
これに伴い、エルスマン医師の指示に従ってリモートを中断いたします。
また、今回の宣言については大方アスラン・ザラ氏の意向は述べたとして後の評議会は開催しないことといたします。アスラン・ザラ氏からの申し出があり、この後の宣言に不足があれば書面にて評議会へ提出することに変更致します。』

さっと頭を下げてリモートを切るあたり、自分の泣き顔も見られたくないようだった。

「アスラン・ザラによる、ザラ派解体宣言と、本人による進退については以上である。」


「待ってください!」


大きな声での静止で、ほとんどの人間がラクス・クライン評議会議長を振り返った。
流石は元歌姫。ざわついた場内でもその声は対極に位置するこの場所にも優に届いた。

クライン派の親玉
シーゲル・クライン元議長の一人娘
プラントの姫君
プラントの歌姫
プラントの救いの聖女
プラントの女神

珍しい桃色の髪の毛にブルーダイヤモンドの瞳。どこにいても響く声はまさしく歌姫のそれだ。
だが、ラクス・クラインはザフトの敵だ。

「なぜアスランの話を肯定したのですか、イザーク・ジュール隊長!彼は、自分の名前を捨てると言ったのですよ!?」

言われた言葉に鼻で嗤ってしまう。
聞かれると思っていたことだが、本当に聞かれるとは。
彼女はアスランが『ザラ』でなくていけない理由があるのだ。

「答えなさい!イザーク・ジュール隊長!」

俺はゆっくりと口角を上げた。

「貴女はアスランの言葉を聞いていなかったのですか?ザラの名前は戦争を呼ぶと、アスラン自身で言っていたではないですか。」

さぁ、ここからが正念場だ。

この女だけは許さないと俺は決めたのだから。


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