誰も居なくなったあの子の隣




最期の審判の神のように泰然と登壇したイザーク・ジュールを見て、ラクス・クラインを筆頭とするクライン派は震え上がった。

イザーク・ジュール

その出で立ちや、血筋、経歴の華やかさ、何より軍部にあっても失われない清廉潔白さはこの場にいる誰よりも"次期プラント最高評議会議長"に相応しかった。


コツコツ、とブーツを鳴らす音さえ福音に聞こえているであろう、旧ザラ派・・・新生ジュール派は、彼の登壇に、大きな拍手を送った。
今日も体調面を考慮して、アスラン・ザラ氏は評議会には来ていない。
だがアスランを筆頭に、イザーク・ジュール氏がこの舞台に立つことを、新生ジュール派は待ち望んでいた。



つい最近までアスラン氏がザラ派を率いると思われていた。
しかし彼は体の不調を理由にザラ派を率いることは、正式に『出来ない』ことを書面で発表した。
これによりザラ派の弱体化が進むかと思われたが、アスラン氏は彼の後見人であるジュール氏にザラの権限を譲渡した。

クライン派や中立派、アスラン氏を筆頭にしたかったザラ派には寝耳に水だったろう。

ザラの権限をイザーク・ジュール氏が引き継ぎ、旧ザラ派が彼に頭を垂れたことで、ここに正式に"新生ジュール派"が誕生したのだ。

"新生ジュール派"はまず、プラント主権の独立国家を軸に、各国との対話を念頭にいれつつも、自国防衛、自国生産、自国自治の三本柱を打ち立てた。

なんだジュールがザラを呑み込んだのだな、と安直に考えていたクライン派が目を覚ますのにはそう時間は要さなかった。

アスラン氏自身が水面下で旧ザラ派の在り方を改革し、ジュール派の土壌を作っていたのだ。
アスラン氏はクライン派との決別を決め、父親であるパトリック氏とは違う観点からのプラント防衛に重きを置いた意思の統一を図った。
その最たるものが、『防御こそ最大の攻撃である』と言わんばかりに開発された電磁波ミラーシールドだ。
このシールドはプラントを中心にした地点で卵形に形成されている。
電磁波ミラーシールドは、アスラン氏と、ユーリ氏の共同開発で作られ、イザーク氏の生家のあるマティウス市に試作機が展開された。
核はもちろん、弾丸、光線ビーム、システムに認知されていない戦艦や機体の侵入、時折飛んでくる隕石にさえ対応したこのミラーシールドは、プラントの防衛力を底上げし、エネルギー問題等もクリアした、とても画期的な防衛システムだ。
プラントに向かって投げつけられる悪意を、プラントに到達させず、尚且つ弾き返すことでプラントを守るというシステムだ。
つまり、プラントに何らかの攻撃をすればそのまま自分たちに帰ってくる。
アスラン氏は、父親の悲願であったプラント防衛への道を打ち出し、旧ザラ派を口説き落としたのだ。

"希望"に引き続きまた、マティウス市が先駆けての導入に、真っ先に異を唱えたクライン派だったが、ユーリ氏率いる開発部に『まだ試験中』であると言われれば文句は言えない。

このアスラン氏の行動に、クライン派はアスラン氏がプラントに戻った際に交わした彼の処遇を決定した協定の違反のレッテルを張りたがった。
しかし、アスラン氏がザフトの兵士としてではなく、アドバイザーとしてユーリ氏の要請に応じた形であったために、中立派を含めた各所から顰蹙を買う事態となった。
アスラン氏は、大きな会議ですらユーリ氏を介してのリモートコンタクトしかしていない。
そもそも、ジュール家の邸宅から自ら外に出ることが出来ないアスラン氏だったので、協定違反などのレッテルは理不尽であると直ぐ様外された。

リモートでも、プラント防衛会議に体調不良を引き起こしながら出席することは、彼の中でも大変な覚悟だったろう。

新生ジュール派は、アスラン氏が肩で息をしながら訥々と話す言葉を、文字通り神託のように扱い、彼が出してきた防衛計画や、工学の知識、アイデアを余すことなく使うことを約束した。
自分の意見を否定されなかったことに驚き、瞳を潤ませて感謝を述べるアスラン氏は、今までどんな理不尽を飲み込んで来たのだろう。
アスラン氏を抱き寄せて慰めるイザーク氏は本当に愛に溢れていた。
あんな風に傷だらけでも、アスラン氏はプラントを守る事を考える。
『アスランは、プラントが守られればそれで良いのだ』と苦々しく話したのは、彼の義母親であるエザリア氏の言だ。
その後に、『もっと自分を大切にしてほしいのに』と続いた言葉にうっかり泣いてしまったが。

ともあれ、旧ザラ派が一枚岩となったことで、それまで甘い汁を啜っていたザフト高官のクライン派の連中は次々に更迭の憂き目にあうこととなった。

もともとザフトはパトリック・ザラが起こした軍のため、ザラ派が多い。
だが、今ザフト高官の席に座っているのは、世界大戦後のザラ派排斥の影響で、大した成果も上げずにクライン派であるというだけで高官に着けた人物らだ。
彼らは旧ザラ派の兵士たちに危険領域での任務を休みなく次々に与え、その成果を我が物としていた。
一番安静な領域で、一度も戦闘に参加していないのに勲章や、褒章を不当に授与されている。
新生ジュール派はまずここにメスを入れることにしたのだ。

イザーク氏は、この状況を評議会で詳細な資料と共に議題に上げると、不遇と辛酸を舐めに舐めてきた旧ザラ派の一部があのブレイク・ザ・ワールドへの道に進んだのではないかと、中立派はクライン派の在り方を断罪した。
調査は次の段階へ進み、現在はザフト兵全員へのカウンセリング調査と平行してザラ派の被害者の全容解明に乗り出した。
兵士への調書は多岐に渡るが、ザラ派への当たりの強さは現在も横行している。

まるで踏み絵のようにパトリック・ザラを悪く言うことを強制されたこと、クライン派になるまで懲罰室へ何日も入れられたこともあったと証言もされており、クライン派を名乗らなければいけなかった彼らは、アスラン氏に対して謝罪の言葉を何度も話していた。

こんな証言が出るようになったのは、あの虚無感に満ちたアスラン氏の、『ひとりごと』を聞いたからに他ならない。

彼らは皆、祖国を守らんとするパトリック・ザラには一目置いている。
彼の息子ならこのクライン政権でもなんとかしてくれると無意識に甘えてもいた。
しかし、あんなに痩せて、虚無に満ちた彼を見て、自分たちがした非道な仕打ちを、改めて目の当たりにしたのだ。
アスラン氏が軍属から離れたことで、『自分たちは、プラントを守る最も大きな盾を失ったのだ』と涙ながらに話す兵士もいた。
ザラ派だけでなく、中立派やクライン派でも混乱が起きている。
ラクス・クラインの恋人のキラ・ヤマトが、あの連合の悪魔、ストライクのパイロットだと周知されたことだ。

これが知れ渡ると、ラクス・クラインの権威は途端に下落した。

クライン政権を支えていた土台であったクライン派の幹部の殆どに汚職疑惑の目が向けられ、ザフト兵を殺したストライクのパイロットの恋人のラクスも信じられない。

政権の任命での采配ミスを連日メディアは取り上げた。
クライン派はなんら問題ないと唱えたが、ザフト兵を殺しまくったキラ・ヤマトに、全会一致でザフトの『白』を与えたその責任能力を問われればぐうの音も出ない。

新生ジュール派は、クライン派と旧ザラ派が衝突しないように第三者委員会を中立派に依頼し、プラント議会へ申し立てを行ったことも功を奏した。
彼らは、旧ザラ派の秘密主義を改革し、何かと疑われるザラ派のイメージ払拭を図るため、今していることがクリアに見通せるようにと采配した。 これは、不安になるであろう市民への、アスラン氏の配慮だった。

ザラの持つ名前の大きさを、クライン派は痛感させられたこの3ヶ月だ。

ザフト高官の派閥が各メディアにリークされ、更迭の情報をザラ派がメディアに包み隠さず伝えることから市民からのバッシングがクライン派に集中した。
個人情報だから止めろとクライン派が申し立てを行えば、『市民からの税金でザフトは運営されている、その金の使い道は可能な程何に使われたのかを明確にするべき』だと、中立派が言ってくる。
これには市民も納得の一言だ。

次々に名前と顔が明らかになる汚職者たちは、以下の理由で更迭というのが連日のニュースで包み隠さず伝えられた。
彼らは杜撰な戦闘配備や、力任せの任務、更にはお気に入りが不当に昇給していること、また、ザラ派の兵士へのへの圧力や、誰が見てもコスパも兵士への負担もかからない戦闘計画への取り返しのつかないバカなダメ出しなど、叩けば叩くだけ埃か出てくる。
そこへ来てザラ派が出した緻密な防衛計画が、パトリック・ザラが国防委員長になった当年から遡って公開されると、市民のアスラン氏に対する罪悪感は増しに増した。
パトリック・ザラがいかにプラント防衛に決心を注いでいたのかが解る内容に、今まで狂った施政者だと論じられていたパトリック氏の、並々ならぬプラントへの愛が浮き彫りになったのだ。
狂っていれば限りある人材と資金は最初の3ヶ月で尽きていただろう。
それを私財を投入しながら、連合とやり合いながら、プラントの宗主国からの独立と、防衛力の強化の道筋を一代で立てたのだ。
更に注目されたのは先の評議会議長、ギルバート・デュランダルの防衛についての計画書だ。
戦後で資金が足りていないのに、その時最新旗艦であったミネルヴァや、最新の機体を数台ファクトリーに発注している。
だがザフト軍の予算の中にこの艦と機体は入っていない。ザフトの予算とは別の財源から出ているのだ。
その財源とは、デュランダル氏自身の私財と、ザラ家の資産の半分、ミーア・キャンベルのコンサートでの売上資金の一部、そしてラウ・ル・クルーゼから生前に譲渡されていた財産から捻出されていた。
ザフトの最新気鋭がほぼ4人のポケットマネーから出ていることにも驚きだが、軍の予算が組まれなかった理由も市民には余すことなく公開された。

デュランダル政権までの1年間がこのような負債だらけのプラントを作ったのだ。暫定政府、クライン派が使用した金額は、パトリック氏が組んだ前年度までの予算額の5倍以上。
デュランダル議長は、この1年間の軍用資金の回収に対応しなければならなかった。
だから中立国から帰化した新プラント民に彼らの持つ特許使用の協力を願い出たのだ。
プラントは中立国から帰化した彼らの力がなければ明日のパンを心配せねばならなかった。
更なる悲劇は、不当に扱われた旧ザラ派の一部が起こしたブレイク・ザ・ワールドだ。
デュランダル政権は、このための地球への賠償と支援、戦後処理、景気回復と、自国防衛の難題を抱えてスタートしたのだ。
防衛のためには最新を開発しなければならないが、莫大なお金がかかる。
デュランダル議長はパトリック氏がそうしたように、私財を投入し、クルーゼからの負の遺産を平和への願いとしてファクトリーへ寄付した。
ザラ家の財産からの資金の投入は、アスランからの了承を得ている。
彼がオーブへ亡命する際に、暫定政府がザラ家の目に見える財産を没収したが、もともとザラ家の資産の殆どが特許で得られるものだ。その特許が使用されれば資産は元に戻る。
アスラン氏が旧ザラ派にプラントの有事の際には使っていいと話していた為に、これが適応された形だ。
デュランダル氏からアスラン氏へ話もできているし、その資金で作成した機体を一体アスラン氏は受領している。
これでザフトは連合諸国や、中立国と同等に体面を保つことができた。
防衛に力を入れていることを知らしめるのは、攻撃を仕掛ける側の抑止力にもなりうる。
金策に詰まったプラントが取れるだけの対策全てで出来たのがあのミネルヴァだったのだ。

これがニュースやSNSで伝えられると、クライン派がいかに我が物顔でザフトの資金や人命を食い潰していたことが明らかになった。

「許せない」と叫ぶのは、彼らの杜撰な采配で命を落とした兵士の親族だ。
ザラ派は人ではないと笑いながら言っていたクライン派が、今度自分たちにその言葉が向けられることを何人が理解しているだろうか。


「私は、ザフト軍所属ヴォルテール艦隊長イザーク・ジュールだ。」


蒼の双方は冷ややかに熱く評議会議長を見つめた。いや、睨んだという方が適切か。

正しく、プラントの守護神。

凛として立つその清廉潔白さ。白の軍服は彼のために誂えたようだ。

その口から語られる全てを、プラント市民は待っていた。
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