誰も居なくなったあの子の隣




報道は加熱して、オーブの新政府へのバッシングは止まない。
カガリ・ユラ・アスハは自身の代表という身分について、進退の考慮を余儀なくされている。
オーブは中立国としての立場の根幹は大きく揺らいでいた。

彼女の弟であるキラ・ヤマトがフリーダムのパイロットであり、また彼がストライクのパイロットとして連合軍にいたことが理由だったからだ



キラの中では友人を人質に無理矢理参加させられた戦争だった。

マリューたちに言われるままにストライクに乗り、ザフト兵を撃った。
今は彼らが人質たちに酷いことはしないという確証があるが、あの時はキラがザフトと戦わなければ連合側であったマリューたちがキラの友人たちに何をするか解らなかった。
だからキラは彼らを守るためにストライクに乗ったのだ。

力のない、平和なオーブ出身のナチュラルを連合軍はもちろん庇護したが、キラだけはコーディネーターだからと早々に戦争に組された。
有無を言わさない措置はやはりコーディネーター憎しの連合だったからだ。
キラが守る限りアークエンジェルは安全を確保した。何故ならキラが戦う限り墜ちる事はないからだ。

だってキラはとても優秀なコーディネーターなのだから。

あのザフトのエリート集団の赤を纏う5人と敵対して無傷で生き残れる程だ。訓練さえしたことの無い素人だったのに!

マリューを含めた大人達はキラをどう調理しようか考えただろう。

降って沸いた最強の駒だ。

艦の中でさえ意見が割れるキラを、地球連合軍がどう捉え、使おうとしていたのかなど手に取るように解る。
最悪コーディネーターなのだから死んでも構わないと思っていた連中もいただろう。
だがコーディネーターであるキラがあの艦で危害を加えられなかったのは、マリューが理性的であったことと、ザフトへの戦闘員であったことだ。
嫌な言い方だが、キラに守ってもらう方が勝率が上がるからだろう。

友人たちはキラが自分たちを見捨ててどこかへ行くことは無いと思っていたし、実際戦艦に残ると覚悟した彼らを気遣って、キラもアークエンジェルに本当に苦悩しながら残留した。

あの時、キラの為を思うなら友人たちはアークエンジェルから下船しなくてはいけなかった。
あの時下船したカズイは誰よりも正しい。


戦争は殺人だ。


カズイは出来ないことを出来ないという勇気を、キラや他の友人に示したのに、何故か彼は『責任がない』や、『逃げ』『弱気』だと謗られながらアークエンジェルから降りた。
この時点であれば皆学生だ。帰る場所も、待っている人もいた。
逃げてもよかったのに、下船というまたとない機会を彼らは棒に振った。
カズイは戦争をしたくない、人殺しには皆も自分も向いてないと再三全員に説いたが受け入れられなかった。
守るべきものである友人がいなければキラはきっと軍属にはならず連合から逃げることができた。
しかし彼らは下船せずに、おめおめとアークエンジェルに残った。

自分で戦うと決めたのなら、そこからはもう連合の軍人だ。
だから自分たちの仲間の誰かが死ぬかもしれないということを、もっと考えなければならなかった。
一番キラを心配し、キラの負担を減らそうと出撃していたトールは、ザフトのアスランに撃たれた。


キラとアスランの仲が壊れたのはこのときだ。


友人たちはやっと思い知ったのだ。自分たちが戦争をしているのだということを。出撃すれば帰って来ないこともあるのだと。
何度も出撃して帰ってくるキラが特別なのだと。
甘い考えはトールの死によって浮き彫りになったが、もう後には引けなかった。

トールをアスランに撃たれたことによって、キラは自責の念に刈られ、誰よりもトールの死を慟哭した。
この件で一番傷付いたのはキラなのに、トールを守れなかったことが理由でキラは仲間内で孤立した。
彼らがキラを見つめる目はとてもじゃないが友人を見るソレではなかった。

あの頃のキラは今にも壊れそうだった。

コーディネーターだから出撃するのは当たり前で、勝って帰ってくるのは当然で、アラートが鳴れば出撃するのは当たり前な日々。
休息も食事さえ取れないときもあった。それがキラの日常だ。

自分は幼馴染と対峙していて苦しくて、本当は誰も傷つけたく無いのに、本気を出せ、手を抜いている、撃てと言われて武器を持たされる理不尽。
帰還したところで、遠巻きにされ突き刺さるような視線に曝される。
震えながら戦場に立って、我を忘れて戦闘に没頭し、勝つことだけがキラの存在意義になっていった。
寄り添ってくれたのはフラガ大尉だけになった。

キラはトールの死からストライクのコックピットに逃げ込むようになる。
表向きはストライクの調整の為だが、キラにとってはそこだけが唯一、自分の息の吐ける場所になっていった。

コックピットに居ればすぐに出撃できるし、友人達の咎めるような視線から逃げることができる。
アスランが何度も何度もこちらへ来いと誘う言葉に迷いながら、友人を残すことを考えれば無理だった。
カズイのようにあの時全員が下船していたら、アスランの元にキラは行ったかもしれない。

だが現実は凄惨だ。

あのオーブの無人島の沖で、アスランを庇ったニコルをキラが撃ってしまった。
これが決め手となって、アスランがキラのザフトへの取り込みは不可能だと断念した。
これから後、キラはアスランも加わったザフトレッドから執拗に攻撃され、死闘を繰り返すことになる。



撃って、奪われて、撃って、その繰り返しに一石を投じたのはラクスだった。

撃って撃たれて、それで本当に戦争が終わるのか。
根本的に解決しなければならないところがあるのに、それから目を反らしているのではないか。
人類に言葉があるのは、対話のためではないのか。
ラクスの声にキラは希望を見いだした。
ラクスは『アイドルが何を言う』『プラントの歌姫の綺麗事だ』と、当時の施政者達が彼女自身を軽く扱い続けていた中で、キラが話を聞いてくれたことに歓喜した。
だからラクスは平和への願いをキラに話し、婚約者のアスランが自爆してまで殺したかったキラを保護してプラントへ連れていき、あのフリーダムを授けた。

それが世界平和に繋がることを信じて。

平和の為に力を使えという聖女の言葉は、戦争にうんざりしていたキラを突き動かした。

地球連合軍アラスカ基地のザフト殲滅作戦から、命がらがら逃げ出したアークエンジェルとキラは合流した。
そしてラクスと共に第3勢力として戦争の抑止力として加担していったのだ。


アスランとキラでは戦いに関して絶対的に相容れない壁が存在する。
どうしても譲れない根本的な部分が致命的に違うのだ。


アスランの行動はとてもシンプルだ。
プラントが無事ならそれでいいのだから。

だからプラント政府に背こうが、ザフトを裏切ろうが、銃殺刑になりかけても、亡命させられても、父親に汚名を着せられても、自分の取る行動が何にせよ、プラントを生かす道であるなら従うのだ。
あの偽物のラクス、ミーア・キャンベルを容認していたのもプラントに益があったからだ。

ラクスの言葉に安堵し、癒され、元気付けられる民衆は、停戦後の不安定な情勢でラクスを、ラクスの言葉を求めたはずだ。
ラクスは『プラント市民が自分の平和へのあり方を見つけ出さなければ』と常々言っているが、何かにすがりたいのも人間の心理。

ラクスの長期に渡る不在は、プラントに思わぬさざ波を立てていた。
デュランダル議長はラクスの姿を民衆に与えることで、プラントの民衆に安心感をもたらしたかったのだ。
実際、ミーアの一言でいきなり核を撃たれたことによる暴動は止まった。
彼女の明るい笑顔は、戦って疲れた兵士たちを癒し、元気な歌で鼓舞し勇気付けた。
ミーアのコンサートは従来のラクスのコンサートとは違い、コンサートホールを使っての開催は少なかった。
しかしその代わりに、地上の空き地や、駐屯地、基地などを使っての野外で、とても頻繁に開催されていた。
これでミーアは富裕層や軍部の上層部だけではなく、貧富の差や、老若男女、ナチュラル、コーディネーター問わず大衆に受け入れられていった。

ミーアの功績はそれだけ大きかった。

民衆の混乱を毅然と宥め、かと思えば年相応に共感し、明るく元気で、アスランを愛しそうに見上げて寄り添うキュートな彼女の姿は、あのときプラントの民が欲しがったラクスの姿であり、願望だ。
その姿は偽りで、終盤の民衆を煽るスピーチは頂けないが、それさえデュランダル議長からの命令ならば従うのは当然だとも思う。
しかし、民衆を元気付けたことや、平和への思い、歌の素晴らしさは全て彼女の持ち前の魅力と能力で、平素のミーアはきちんとプラントの歌姫だったのだ。
だからアスランはミーアを受け入れたのだ。
プラント国民の安寧と平和を守りたかったから。
アスランは逆に、プラントの存続が出来なくなる事態が起きたときには死に物狂いで対処してきた。
核処理に始まり、ブレイク・ザ・ワールドへの対応、レクイエムの破壊や、デュランダル議長への背信など。
アスランの行動はただただプラントを守ることを主体としている。


しかしキラは違う。キラには守りたいものが無い。
キラは争いが憎いのだ。
だから武器を持った者はそれがどんな理由からでも同一視している。

キラの中では連合もザフトも平和を乱すならず者共の集まりだ。
ザフトとは特に相容れない。
彼らはプラント防衛の為に敷きたくもない防衛ラインを展開しているのに対して、キラは『そんなことするから連合軍に撃たれる』のだと言う。
ザフトが防衛ラインを敷かなければ、全滅しかないことを理解しない。
そもそも、コーディネーターが宇宙に居るのすら、ナチュラルが地球上でコーディネーターを虐げに虐げたからに他ならないというのに。
だからアスランがプラント防衛にと武器を取ることを良しとしない。
アスランがプラントの為に武器を持つことは、キラにとっては重大な裏切りだからだ。
だがこのルールは、キラとキラの守りたい人を守るためなら適応される。
プラントの為にアスランが武器を持つことはダメだが、ラクスの為にアスランが武器を持つことは良いのだ。
キラにとっての守りたい人は、先の大戦から変わらず友人や家族だ。
その枠組みは第3勢力として戦ってきた者達にも当て嵌められた。
平和維持活動は、相手から武器を取り上げて戦闘不能にさせること。
だからオーブ軍に居てもいいし、連合に居てもいいし、ザフトに居てもいいのだ。
どこに居てもすることは同じ、そこに矛盾は生じない。
だってキラは平和な世界のために戦っているのだから。

他から見て歪に見えるが、オーブに在籍しながらもザフトの白が着れたのはこんな理由からだ。
しかしそんな歪な正義が罷り通るほど、世界は優しくなかった。


「僕は確かにストライクのパイロットだった。でも、フリーダムで皆をあのどうしようもない戦争から守ったのに、今になって何でそれは間違いだって、言うの。ね、カガリ。」

バッシングが止まないSNSを見ながらキラは呟いた。大変な戦いだった。
先の大戦も、その次も。皆必死で平和への道を模索した。

「平和の為に銃を手に取ったのに・・・!」

俯くキラに、私はアスランの気持ちもキラの気持ちも分かるから苦しい。
逃げ出したいが、それはもう許されない。

「キラは、私がオーブを守りたいって言ったらやめろって言うか?」
「言わないよ。絶対!カガリはオーブを大切に思ってるし、オーブは故郷だ。ウズミ様だって最期までオーブを守る為に戦っていた。」
「私が、ルージュに乗ってオーブを防衛したいと言っても?」
キラはとても不思議な顔をした。
キラの中でのオーブは、身内のくくりなのだ。
「・・・カガリ、どうしたの?」
私がルージュに搭乗して戦闘に出ていたことは皆が知っている。キラのように、上手く戦闘を止められ無かった結果、悲惨な結果を招いたこともある。
アスランは、あの時オーブに帰って止めろと言った。あの言葉は正しかった。
2度目の大戦後に、アスランにあの時の話をしたら、『オーブにも立場があって、カガリがそう判断したなら俺はもう何も言えない。あの時は引き留めたかったけれど、もう過ぎた事だ。』と、憂いを込めた笑顔で拒絶されてしまった。彼は、施政者がなんたるかを理解していたのだ。

「アスランも、同じだ。」

「でもアスランはザフトに行ったじゃない!ザフトは良くないんだ!だって、」

「キラ、ザフトはプラントを守るための軍だ。オーブ軍と変わらない機能を持ってるのに。
・・・なんでアスランは、自分の故郷を守ってはいけないんだ?」

あの時の光景が浮かぶ。
静かに呼吸するアスランの背中をなぞる手が薄くなった体を露見させた。
生きてることが不思議な程に痩せていた。座っていてさえ、ぐらぐらと揺れて。何も写さない瞳は死の深淵を覗くようで。
光が戻ったときに、イザーク・ジュールに感謝する日が来るとは思わなかった。
アスランをあんなになるまで追い詰めたのは、私たちだ。
アスランはプラントも、父親も、ミーアも、デュランダル議長だって好きだったのだ。守りたかったのに。

「私たちはアスランの好きだった全てを否定して捨てさせたのに。・・・私たちはアスランを、捨てたのだ。」


まるで泣いてるみたいに瞳が潤んで静かに笑うアスランが好きだった。困ったようにため息をついて、許してくれるアスランが好きだった。

好きだった筈なのに、私はアスランが好きなものを知らないのだ。

好きな食べ物や、好きな色、キラ以外の友人の話や、ザフトでのこと。・・・彼の家族の話も。
私を好きだと言ってくれたあの言葉以外は、何一つとして、アスランの口から『好きなもの』を聞いたことがないのだ。

そんな事に今頃気付くなんて。

『・・・もう、過ぎた事だよ。』
あの憂いを帯びた笑顔は、諦めだった。
何を言ったところで私たちには響かないことをアスランは知っていたのだ。

私たちは何様だったのだろう。
それさえ、もう過ぎた事だ。

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