誰も居なくなったあの子の隣




プラント国内に安全な場所は無い。
ラエザリア・ジュールの演説を聞きながらラクス・クラインは拳を強く握った。
最早退陣を迫る声は白熱し、キラはザフトの隊長格から引きずり下ろされた。
イザーク・ジュールが彼の能力に不満を呈し、そしてザフト内で知らぬ間に集められていた署名がものをいい、不信任が受理されたからだ。
当たり前だった。
分かって居なかったのは自分たちだけだ。

あの頃は仕方がなかったのだと声高に言っても、理解はされない。
ストライクのパイロットだったキラの過去は消えないのだ。

そして、そのストライクのパイロットがフリーダムのパイロットだと言うことを一番攻撃してきたのは、あのフリーダムとジャスティスを手掛けたユーリおじ様だった。

『俺は死ねないんだ。死んではいけない。だって、俺の命は15歳だったニコルに庇われた命だから、彼の死は絶対に無駄にはできない。
ニコルの死を受けて、彼の父親であるユーリ様が、もう絶対に燃料切れの起きない機体を作ってくれた。
ジャスティスは、プラントの平和の為に使用しなくてはいけない。
プラントの平和を託された俺は、プラントを守らなくてはいけない。』

このアスランの言葉を聞いて、息子を殺した男に、なぜフリーダムを使用させたのかを抗議してきた。あの時は、彼は地球連合軍だっただろうと。敵国と通じたのかと詰られた。

平和の為だったのだと何度も話しても、それとこれとは別問題であると何度も言ってくる。
キラ・ヤマトに預けた明確な理由を話せと言われても、それを話した所で納得してくれない。
しかもその後の大戦は私が引き金だというのだ。
あの機体を私がキラに預けなければ、アスランとパトリックおじ様が仲違いしなかったし、パトリックおじ様が戦犯だと謗られることも無く、アスランも亡命しなくて良かったのだと、お父様も生きていただろうと、きつい言葉で言われた時は、身体中が震えた。

酷く青白い顔で睨み付けながらユーリおじ様は言った。

『あの核で動く、エネルギー切れのない機体が、よりにもよってザフト兵を殺しまくった連合の兵士に渡ったのだと、あの時上層部は直ぐ様フリーダムを追うようにアスランに指示を出した。
お前がキラ・ヤマトにフリーダムを渡したから、お前の父親は国家反逆罪に問われたのだ。
出頭を促したが、エターナルの秘密保持や、地球からの武器購入が発覚してスパイ疑惑がスパイ容疑となり、議会で満場一致の銃殺刑が決められた。
断じてパトリックが狂ってシーゲルを殺したのではない!
お前が変な画策をしたからシーゲル・クラインは銃殺刑になったのだ。
お前の金の出所は彼の持つ『クライン派』なのだから!
パトリックは友の裏切りと、義理の娘になるはずだった女、アスランを駒のように使うお前が許せなかった。それでもパトリックは友であったシーゲルの遺体はきちんと埋葬した。
プラントの為の功績は無くならないとしてな!
アスランがフリーダムをつれて戻ってくるのを待っていたが、彼は一人で帰って来た。
その手にフリーダムもジャスティスも無いことをパトリックは詰ったが、パトリックに疑念を抱いたアスランが納得するだけの話し合いの時間はなかった。
パトリックは息子との対話より、プラント国内の防衛を第一に考えなくてはいけなかったからだ!お前のせいでな!
プラントの存続と防衛はパトリックの悲願だ。時間はかかっても、アスランは自分の思いを解ってくれるとパトリックは信じていた。
きっと元婚約者や幼なじみでなければ、アスランはフリーダムを回収してきた筈だ。
パトリックは全て分かった上で、アスランが戦場に立てないように銃で撃った。彼が病院のベッドで寝ている間は戦場に立つことなく安全で、いつでもパトリックは会うことができる。そしてその時間に言葉を尽くそうと思っていたのだろう。
その銃弾が逸れてアスラン軽症だったのがその後のザラ家の不幸に繋がった。

ジャスティスを拝領したアスランに、お前はあたかもアスランが人形のようだと言葉巧みに何度も揺さぶり、放送をジャックして嫌戦ムードを煽ったな。
平和へと叫ぶお前は、何をもって平和だとあの頃言っていたのだ?
宗主国の言いなりになれと、そう市民に言うつもりだったのか?
そうだとしたら、お前はプラント国民全員の敵だ。

ラウ・ル・クルーゼが全世界を憎みプラントも地球も崩壊させようと画策したことはもちろん許せないことだが、私はお前が戦場に出てきたことが一番許せない。
お前が出てきてキラ・ヤマトと戦場を混乱させなければ、もっと助かる命はあった。
お前が戦場に出てきたから、パトリックが早期解決をと、ジェネシスの乱射という暴挙に出ざるを得なかったからだ。

パトリックは、プラントをプラント宗主国の属国から民主国家へ一代で漕ぎ着けた実力者だ。
その彼が家族や、仲間の未来を守る為に立ち上げたザフトというプラントの剣は、連合からプラントを守る為に機能している。
ザフトに所属する我々は決して他国を侵略しない組織であると自負している。
ザフトは多くの派閥を生み、その結果が暴走と悲劇を引き起こした連合とは違い、『プラント防衛』という一本の線で繋がった理性ある組織なのだ。
お前が言うような残酷な殺戮など一度とて無い。それは断言できる。
その誇り高いザフトの最高指令部で、パトリックが虐殺と謗られたとしてもジェネシスを撃たざるを得なかったのは、戦場や戦術を知らないお前が、ノコノコと戦場に出てきたからだ。
パトリックは家族を犠牲にしてでもプラントの行く末を第一に考えて生きてきた。
それほどプラントの独立は彼の生きる意味だったのだ。
それなのにお前が、よりにもよってプラントの安寧の為に造られたフリーダムを私的に使用し、あろうことか核の危機にさらされているプラントの防衛機能であるザフトの艦隊を攻撃して落とした。
ヴェサリウスを落としたのもエターナルと暁だと聞いている。
プラントに飛んで来る核はアスランがジャスティスで全て落としてくれたから事なきを得たが、何故ヴェサリウスまで落としたのだ!?
確かにクルーゼの母艦だったが、あの艦に乗っていたザフト兵は、平和の歌姫であるお前を慕っていたし、お前が一人で宇宙に放り投げられたカプセルを回収してくれた恩人たちでもあっただろうに!
話の出来ない連合より余程平和な、対話による解決が出来たであろうに・・・!
ヴェサリウスの撃沈を聞いたパトリックは、もうこれ以上プラント側の犠牲者を増やさないために、多くの同胞の未来を守るためジェネシスを撃ったのだ。
現にパトリックが連合の月基地をジェネシスで撃ってくれたから停戦調停に持ち込めたのだ。
ユニウス条約や平和条約が結べたのは、双方の指揮官の死亡と、甚大な損害そしてパトリックを狂った指導者、最大戦犯としてプラント側が声明を出すことで、連合軍側が、『独裁者に支配されたプラント側も望まない戦いを強いられた被害者』だと納得したからだ。
あれがなければプラントは属国に逆戻りし、連合にどんな無茶を言われたか解ったものではなかった。
パトリックが連合との話し合いの余地を命懸けで、自身の汚名を覚悟しながらも遺してくれたのだ。
終戦後すぐに消えたお前の功績ではない!
アスランは一方的に銃殺刑を言い渡されたが、命懸けでプラントを守った功績を無かった事にする代わりに命を助けられた。
しかしパトリック・ザラの息子であるという理由だけで亡命を迫られた。
暫定政府からの滅茶苦茶な命令だった。
アスランは大人の意見に振り回され、命をまるで物のように扱われた。
アスランを擁護してくれそうな相手はラクス・クラインお前だけだったのに、お前は傷心だという何の罪にも問われていない、ザフト兵を殺しまくった恋人のキラ・ヤマトを連れてオーブへ消えていた。
アスランはお前に助けられたかったであろうに。
まだアスランの不幸は終わらない。
家族との時間を犠牲にしてまでプラントの行く末を思い、大切に守っていた父親が、その大切にしていたプラント国民に裏切られた。
『狂った指導者パトリック・ザラ』
戦闘が終わった直後から最大戦犯として祭り上げられ、父親が愛したプラントは、父親を罵倒し批判したのだ。
アスランはそうではないと、絶対にそんなことはあり得ないと、父はプラントを一番に考えていたのだと弁解したかっただろうに・・・!

それなのに、父親が最大戦犯になるのを薄情なプラント国民のために承諾しなくてはならなかった。プラントの行く末を願ってだ!
私たちプラント国民は、彼らのプラントへの純粋な愛に永遠に消えない泥を塗ったのだ・・・。

アスランは銃殺刑を希望したよ。
彼は死にたかったのに、死を希望するなら生きろとクライン派はアスランから何もかも奪ったのだ。
そして無一文でアスランはオーブに下ろされた。
彼は言っただろう?『生きる事が償いだ』と。生きる事は死にたい自身に課せられた罰だとアスランは認識している。彼の生きる意味は罰を受け続けることだ。生きることは、罰なのだ。
パトリックは葬式も無く、アスランに連絡さえされずにクライン派の誰かが勝手に宇宙葬にした。
シーゲルはパトリックが葬儀を行い丁寧に埋葬して花に埋もれプラントの墓の中。お前は本当に幸せな女だよ。
アスランは父も母も宇宙の塵になってしまったのに。
アスランは両親の思い出の品さえ押収されるか、燃やされて無い。
あるとすれば父親が大切にしていたプラントだけだ。
それさえお前たちクライン派は捨てさせたのだ。亡命という形でな!
アスランの心の拠り所さえ奪うほどお前は憎かったのだな!
そんなに親が決めた婚約者が嫌だったのか。えぇ?それならそうだと言えば良かったのだ。お前の他にもアスランの遺伝子統制の候補者は沢山居たのだから!
お前が戦後処理をカナーバに丸投げして逃げなければ、アスランをプラントから追い出してザラ派を刺激しなければ、ザラ派がユニウスセブンを地球へ落とすこともなかった。
オーブの国家元首を、ユニウス条約違犯である私のフリーダムで拐わなければオーブ軍は大西洋連邦の戦場の最前線へ駆り出されることはなかった。
お前が居たからだ。
お前がいたから2度目の大戦が起きたのだ。
平和の為にしたことだと?どの口が言うのだ。お前は稀代のペテン師だ。
私にとっての平和の歌姫は、ミーア・キャンベル嬢だけだ。
彼女は各地を飛び回りながら平和の歌を歌って民衆を元気付けていた。彼女はお前と違って親しみやすく、打算が無かった。ニコルの墓の前でもニコルが作ったレクイエムを歌ってくれて、泣いてくれたのだ。
いつか平和になるようにと、こんなに若い命が喪われない世界に早くなればいいと言っていた。あの涙は本物だった。
それに本物の"百年に一人の歌声"だった。平和の歌を歌おうともせず、人々を戦争に駆り立てるお前とは違うのだ。』

屈辱だった。
あんな流行歌を歌って兵士に媚びるような自分ではないラクスを、ユーリおじ様は平和の歌姫だと言い放った。
しかも"百年に一人の歌声"は、ラクスのデビューの時のキャッチコピーだった。
クライン家がまだ地球にあったとき、当主の夫人が有名なオペラ歌手で、"百年に一人の歌声"と謳われていた。
これを気に入っていたクライン家では、女は皆彼女の声質に近くコーディネートされる。クライン家の女は、必然と百年に一人の歌声になるのだ。

でもミーア・キャンベルは違った。

彼女はコーディネートされずにあの声を持っている、本物の"百年に一人の歌声"の持ち主だったのだ。

評議会議長になってから彼女の遺伝子情報を見たときに大変驚いたのだ。
どこかでクライン家と繋がっているのではと疑っていたが、全く繋がりはなかった。
それどころか、彼女自身のコーディネートは、最低限だったからだ。
彼女の母親はなぜかミーアに冷たく接しており、あまり交流はない。
それなのにその後生まれた弟は、彼女の母親と遺伝子統制の相手の子どもで、有り余る父親の財力で素晴らしいコーディネートを受けている。
ミーアは、11歳を過ぎた辺りで家庭から離れアカデミーでの寮生活を始めている。
ミーアを除いた家族は三人で暮らしているのに。
その観点からすれば、彼女は望まれない子どもだったのだろう。
デュランダル議長の甘言に乗ったのは、ラクスと同じ声でデビューできなかったことと、家族から認められたかったからだ。
ミーアのコーディネートされた遺伝子は主に、身体能力の向上と免疫力の向上だけだ。
それだけでミーアはラクス・クラインの替え玉になれたのだ。
ラクスと同じ美しい声で、難しい音程を走り回りながら、またダンスをしながら歌い上げるのは正にミーアの才能のなせる技だったのだ。

試しに自分もダンスをしながら彼女の歌を歌ってみたが、息切れが激しく汗が止まらなくなりそれ処ではない。
これは何でも出来ると自負していたラクスの自信にヒビを入れた。
ミーアがラクスになれないのと同様に、ラクスもミーアにはなれなかったのだ。
まさか、彼女にあてた言葉を身をもって自分が知ることになるとは、とラクスは臍を噛んだ。

フリーダムとジャスティスの製造権利や、特許はユーリおじ様が所有しているので速やかに二機を返却し、ストライクフリーダムやインフィニットジャスティスの機械データを渡すようにと言われてしまった。
アレは平和を望むファクトリーの皆で開発したのだと反論したら『盗用を開発とは言わない。お前がその罪を認めなかったら、プラント最高評議会へかけて、ファクトリーのお仲間を全員監獄へ連れて行ってやる』と言われてしまった。
日を改めてファクトリーに連絡しようとしたら、数時間も待たずに評議会からユーリ・アマルフィ氏の特許盗用問題についての諮問と名の付いた議定書が連名で送られてきた。

それがちょうどエザリア様の演説の直前だったのだ。

「私は、正しいことをしたはずだわ。そうでしょう?」

支えて欲しいがキラはここには居ない。
ザフトに所属していた時は、準市民権があったが、ザフトから排斥されたら準市民権は消え失せた。
市民権がない人物は、プラント国内に滞在できない。
キラは今オーブにいる。
アスランに会わせろと、イザーク・ジュールにお願いをした時から歯車は狂い始めたのだ。


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