誰も居なくなったあの子の隣
間違いなどないと、自分が正しいのだと、今の時点までラクス・クラインが自分自身を疑うことなど無かった。
イザークの話を聞いていると、彼の言葉にも間違いがないように思えてしまう。
焦りを握る手は先ほどから感覚が麻痺してしまったようだ。
自分が知らない事柄が多すぎる。
だって、パトリック・ザラは確かに『ナチュラルを殲滅しなければ』と言ったのだ。
あれはそのままの意味だと受け取っていたが、コーディネーターのためだったと言うのだろうか。
宇宙に逃げても追ってくる、話し合いを拒絶し、核を撃ってきた相手を‥‥話の通じない敵を黙らせるための、最後の手段。
そうしなければ、遺された息子が死ぬかもしれないから‥‥?
アスランが何を言っていたかを思い出そうとして‥‥出来なかった。
彼はいつも困ったように、『それでいいよ』と、答えるだけだったから。
それが全てだと思っていた。
やっと、やっと私達の気持ちや、世界平和への道を理解してくれたのだと思っていたのに。
実はそうではなくて、私に話してももう無駄だから話さなくなったと言うこと‥‥?
「平和とは、対話をして‥‥導かれるものでは、ないのですか?」
「あなたにとってはそうなのでしょう。
ですが・・・、日々プラントの存続をかけて戦う私達にはどうしても分からないのですよ。ラクス嬢。
ユニウスセブンの時も、先の大戦のきっかけも、そもそも、どうやって対話に持ち込むのでしょうか。
話し合いをしようと何度テーブルに誘っても無視し続け、お前たちの存在が間違いなのだという、彼らの正義を話す相手に、どうやっても非情な手段で撃ってくる相手に。
貴方は、貴方方はどうやって対話への同じテーブルに着かせるのか。
フリーダムの引き金に手をかけながら、”貴方がたの話を聞きましょう“とでも、言うのでしょうね。それは連合のしていることと大差ないのではないでしょうか。
私は気づいてしまったのですよ、ラクス嬢。
核を撃ってくる相手に、貴方は対話を要求することはないということを。
むしろ、それはそういうモノとして見ている風でもある。
核を撃ってくる相手に貴方方は、一方的に『引け』とか『核を撃つのはやめなさい』とは言いますが、それ以上の対話をなさらないことは、私もアスランも、ザフト兵も知っています。
奴らの撃つ核や爆弾は攻撃対象ですが、撃ってくる奴ら自身は攻撃対象にはならないですよね?
あんな呼びかけで止まるなら、そもそも戦争にはならない。
なのに、その核を撃ってくる相手に対抗するザフト兵には、プラントを必死に守り、防衛するザフト兵には。
貴方方は、防衛のための武器を壊したり、執拗に追いかけ、ロストさせたりしていますね。
これは何故なのでしょうか。
ラクス嬢、私は確認したいのです。
貴方が作ったあの二機は、本当に平和を思って作られたものなのでしょうか。
うち一機はアスランがプラントを守るために使用しました。
その点ではプラント市民の命は正しく救われた。
アスランは初期のジャスティスで父親の暴走を止めるべく、ジェネシス内部で自爆しました。これで地球の未来も存続させる結果を出している。
今回の大戦でも彼は同様にジャスティスをプラントを守るために使用し、レクイエム破壊に使用した。
ジャスティスに関してはプラントの未来も、地球の未来も守った機体で、完全に戦争の終結の為に使用されたと考えていいと私は思います。
正しく、平和のために使用されたと。
しかしもう一機。
貴方の愛する男が持つフリーダムは、未だにそのまま奴に委ねられている。
フリーダムは戦場を掻き乱し先の大戦で大破したにも関わらず、いつの間にか修復されており、オーブの首長をその結婚式から攫いました。
その後は大西洋連邦とザフト、オーブも加入した戦いで両軍を生きたまま水底に沈め、助けもせずに、アスランが乗るミネルバを執拗に追い回しましたよね。
ミネルバと連合とが交戦した親プラント国の地上戦では、やはり貴方方はミネルバを追いかけて、連合のデストロイと熾烈に戦ったあと、犠牲となった街での救援活動は一切せずに放置した。
そんな貴方方の所業に堪りかねていたシン・アスカがその後ディスティニーでフリーダムを撃墜した。
あの犠牲となった町でその後救助活動を必死でしていたアスランのことや、あの場での貴方方の行動を、私は戦場カメラマンのミリアリア・ハウの活動記録から知っていますよ。
私はシン・アスカがフリーダムを撃ったと聞いて、あのとき本当に安堵したのです。
これでフリーダムは出てこない。連合と、貴方方と、両方の陣営に対処しなければならない案件は終了したと思えた。
でもそうはならなかった。
フリーダムは間を置かずに戦場に現れたからだ。
きっとフリーダムの試作機は複数ファクトリーで作られ、キラ・ヤマトに力を貸し続けたのでしょう。
その試作機には先の大戦でクルーゼ隊長の機体の一部であったドラグーン・システムも無断に搭載して、貴方方は『世界平和という正義の為に』新兵器を何度も作り続けた。
先の大戦後に、ザフトの資金がパトリック・ザラがいた時の5倍に膨れ上がり、全てが嘘のように消えた事があります。私はその行先をずっと探していた。
あれは、プラントを守るための大切な資金です。
誰が何の目的のために、ザフトの資金を横流ししているのか、突き止めたかった。一時期私が評議会にいたのはそのためです。
当時は大戦後で、私がザラ派に属していたこともあり、ザラ派憎しの評議会ではクライン派は天下でした。
あの資金の行く先の捜査は困難を極めましたが、ある時、デュランダル議長が会食の席でつぶやいたのです。
政府高官が楽し気にワインを嗜む会の時でした。葡萄の栽培に成功したユニウス市のセレモニーの時です。
あぁ、忘れもしない。
私が挨拶に行くと、デュランダル議長は『頑張っているね』と笑ったあと、『でも気を付けなければならないよ。』と私にワインを注いでくれました。そして、まるで明日の天気を言うように嗤いながら仰ったのです。
『女王に見張られているから、私は何もできない。私ができることはやったつもりだが、あのパンドラの箱だけは許せない』とね。
デュランダル議長はクライン派だったので、あの資金の行先をよくご存じだった。
何を作っているのかまでは確認できなかったみたいだが、貴方の所に暗部の人間が現れたのであれば、きっとそれはユニウス条約違反の機体が複数作成されていると、突き止められていたのでしょうね。
貴方は、パトリック・ザラが組んだザフトの予算より5倍も増やした軍事資金を、ファクトリーのあったオーブに流していた。それも、自分の私的な願いからこれを横領した。
ご存知とは思いますが、ザフトの活動資金はプラントに住まう人々の暮らしのお金から捻出されます。オーブも資金を出したかもしれませんが、プラントほどではないでしょう。その大切な資金を、貴方はどうして条約違反の機体につぎこんだのでしょうか。
もっとも、私の調べではクライン家やクライン派からの大きなお金が出ていないことは把握済みです。そして、あの機体の特許とライセンス、ドラグーン・システムの使用も、ユーリ・アマルフィ氏の許諾なくては作れない代物です。しかもそれはユニウス条約に違反している。貴方は仕切りに開発したと仰られていますが、盗用を、開発とは言いません。
あんな火種にしかならない機体を、貴方は何故『平和のために作った、平和への願いです』などと仰られるのでしょうか。」
場内は耳が痛いほどの静寂に包まれた。
ラクス・クラインの息遣いが会場に響くほどの静寂だ。
青白い顔で、当の議長はイザーク・ジュールを睨みつけた。
「イザーク・ジュール隊長・・・。貴方は、私を排斥するおつもり、なのですね?」
乙女の良く通る声は震えながらも正しく全体に染み渡った。
イザーク・ジュールは誰もが見惚れる程に美しく笑った。
「私は、常日頃からプラントの行先を考え、憂うアスランを近くでずっと見てきました。彼はプラント防衛を第一に考えて生きています。それは、母を喪ったあの血のバレンタインから揺るがぬ一線です。
その彼の近くに居ると、防衛とは何なのか、平和とはどうあるべきなのか、嫌でも考えさせられます。
戦いについて、戦術や防衛機能の在り方について、彼とは色々と日々議論します。ですが貴方もご存じの通り、アスランはとても優しい人間ですので、『一人でも傷つく人がいなければいいなぁ』と言って笑うのです。
対話で平和が成ることも、対話で平和にならないことも、彼は知っている。
だから、その言葉には『できるだけ』という枕詞があるということは私は解っています。彼の目には、どうしようもない世界の醜さも、素晴らしい世界の美しさも映っているから、その言葉には重さがあります。
防衛ラインの最前線には人を配置せず、人口知能を持ったユニットを待機させてはどうか、隕石も打ち返せるシールドを作れば、ザフト兵の負担が軽減されるのではないか。人工関節に電気刺激を送ることで、体の一部を喪ったザフト兵の義肢を、自分の手足の様に動かせないか。接続部分は、とこう。
プラントの防衛と言っても、ザフト兵の配置だけに関わらず、その防衛の在り方や、人命を第一に考えた工程をいくつも出してくるのです。
それも、限りなく予算を掛けない方法で、そしてザフト兵の負担にならない方法を思考し、編み出す。アスランは、人命も資金も限りあるものだというのが染み付いているのです。
喪われれば、特に命は、二度と戻らない事を知っている。
だから思考し続けることをやめない。もっといい方法は、と模索し続ける。近頃はマティアスの試作機のミラーシールドシステムをユーリ氏と楽し気に開発しています。
だからこそ、私は貴方が許せないのです。
議長席にいながら貴方ができることはもっとあったはずなのに、蓋を開けてみれば条約違反の機体を製作者の許諾なく作り、これをどさくさに紛れて正当化したこと。
ザフト兵を殺した男に、ザフトを糾弾するキラ・ヤマトに、私たちが纏う『白』を着せたこと。
このザフトの『白』は、覚悟と矜持です。
プラントを愛し、プラントを守護する。
多くのザフト兵の命を預かる者としての証です。
返り血も厭わずどんなに困難でも、どんな敵が現れても、決してプラント本国には一歩たりとも侵入させない。
必ずプラントを守ってみせるという矜持なのです。
唯単に、色で分けられた政府高官が着ている服とはわけが違う。
まずもって貴方は、ザフトの敵です。
なぜならば、貴方は世界平和は考えていても、プラントの平和を考えてはくれないからです。先の大戦では連合と共同しているかのように、ザフト兵を執拗に攻撃してくれましたね。
ユニウス条約は、連合が核を撃たない代わりにプラントも核を使用しない。プラントがジェネシスのような巨大兵器を作らない代わりに、連合が持つ核の軍事施設を凍結するという条約です。
その条約を先に破っているのならば、あのミーア・キャンベル嬢が民衆を止めた核の一件に対して見方が変わるとは思いませんか?
プラントが条約違反をしているから、太平洋連合は核を撃ってきたと考えれば、連合はとても全うに見えます。
危険があるからその危険を排除するのは道理。フリーダムは地球で作られているのだから。
燃料切れのない機体がいつ攻撃してくるかわからないから、大元を攻撃する。
しかも貴方方は、戦闘開始の合図さえない。私が連合の将校でも考えは同じです。
連合に、このことが露見する前にフリーダムをなかったことにしたかったデュランダル議長は情報が洩れていることを知って焦ってしまったのでしょう。
だから貴方方をあんな形でどうにかするしかなかった。
ラクス嬢、貴方は正しくプラントの敵です。
そんな貴方が、その席に座ることは俺は許容できない。
あれだけザフト兵を攻撃しておいて、ラウ・ル・クルーゼの母艦ではありましたが、連合よりよほど対話ができそうだったプラント防衛の最前線にいたヴェサリウスを撃墜しておいて、今更『プラントの為だった』と言われても、納得はできない。
プラント市民の税金を湯水のように使用して条約違反の兵器を作って世界大戦を引き起こしておきながら、『あれは平和のためだった』と言われても、そんなことは認められない。
その条約違反の兵器を未だにオーブに預けたままにしているその神経がわからない。
お前が、その席に座ることを、俺は認めない。
排斥しようとしている・・・?当然だ!
いつプラントを裏切るかわからない女が、その席に座り続けることを許容できる人間は、少なくともジュール派には存在しない。」
イザーク・ジュールは青褪めた女を見あげながら睨みつけた。
「私、イザーク・ジュールはラクス・クラインプラント最高評議会議長の退陣を求める。
そして、先の大戦や今回の大戦においての利敵行為により、敵国スパイと断定し、プラントに仇なす者として、全ての権限と財産を没収、プラント国外追放願いを申し出る!
・・・・貴方が愛するキラ・ヤマトと共にオーブで安穏とお過ごしになればよろしい。
もちろん、フリーダムも、未だに作られ続けているであろうフリーダムの試作機も、全てプラントに返還してもらいます。
そしてその後は、あの条約違反の機体を俺が全て燃やしてやる。」
場内はざわめきが大きく上がった。
知られていない事が多く出た為に、各派閥がどよめき、どういうことだ!とクライン派に怒号を上げている。会場の扉を守るザフト兵は逃げ出そうとするクライン派を次々と拘束していく。
「ジュール派は、全てを公平に詳らかに公開する。プラント市民には、隠し立ては一切行わない。これは、私とアスランとの約束のひとつだ。」
イザーク・ジュールの一言に、再び場内は静まりかえった。
「プラント最高評議会議長は、プラントのことを第一に考えられる者がなるべきだ。
足りない技術や知識は専門家と相談すればいい。困ったことがあれば派閥はあれど、一丸となって対応しよう。
だが、プラントのことを第一に考えられないものは、その席に座る資格はない。」
「お前に、その資格は無い」
睨みつけられたその眼光に、ラクス・クラインは遂に膝から崩れ落ちた。
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