誰も居なくなったあの子の隣


青い顔を上げラクス・クラインは俺を不安げに見つめた。
自分たちの仕出かしたことが、こんなに大事だとは思わなかった、そのような風体だ。
畳み掛けるなら今だな。

「ザフトでアスランはよく、"プラントの盾"だと称されます。
本人は違うと頑なに言っていましたが、なぜ彼がザフトでプラントの盾だと言われるか、わかりますか?」

クライン派も、中立派もハッとして俺を注視する。
旧ザラ派は沈痛な面持ちで下を向いた。

「第三勢力にあっても、プラントに向けられる悪意という悪意を、その全てをジャスティス単機で撃ち落としたからですよ。」

皆、知らなかった事実だ。

アスランは、地球連合から撃たれた悪意をプラントに到達する前にミーティアで全て撃ち落とした。
あれは皆、キラ・ヤマトの功績だと思っていたが、キラ・ヤマトは一度目の大戦ではクルーゼ隊長とやりあっていて、それどころではなかったことが解っている。
あの喰えない上官の相手をしながら連合の放つ核をミスなく撃ち落とすなど、民間人だったあの男には到底無理だ。
二度目の大戦でもキラ・ヤマトは、シン・アスカやレイ・ザ・バレルと相対し、更にはレクイエムの対応に追われていた。
確かに最初に放たれた核は二人で破壊しているが、隙を見て撃たれ続ける核を、赤服の彼らを相手取りながら片手間で壊すことは不可能だ。
しかもザフト兵はラクス陣営に嫌われていて、前線の部隊はもちろん、後方の補給部隊、最終防衛ラインまでキラ・ヤマトに標的にされている。
隙を見て撃たれる核よりも、キラ・ヤマトは核を退けようと奮闘するザフト兵を落としているのだ。

少しでも防衛ラインのどこかに穴が開いて破綻すればプラントは全滅だったろう。
でもプラントは無事だった。

アスランが居たからだ。

「あの混戦の折りに、アスランがプラントの防衛を一番に考え、最終防衛ラインで核や、貴女方からの攻撃を撃ち落とし続けたから、核を防ぐのは勿論、武器を貴女方に破壊されたザフト兵も一旦持ち場を離れて補給ができた。
最終防衛ラインが補給でき、無事だったから、地球連合からの攻撃に耐えることができた。だからプラントは今もあるのだ。
レクイエムが出現したあとは、補給が間に合った最終防衛ラインにプラント防衛を託して、アスランは休息も取らずにレクイエム破壊に乗り込んでいる。」

核を撃ち落としながら、突破されそうだった最終防衛ラインの補給を促し、ひたすらプラントを守るために奮闘して。
その合間に襲ってくるシン・アスカの説得を試みるが話が通じず、我を忘れたシンが同期を撃とうとしたのを止めるためにディスティニーをロストさせた。
ラクス陣営に武器を壊された前線のザフト兵には、皆で固まっているよう指示して、何かあれば閃光弾を撃てと託した。
レクイエムが沈んでからは、ラクス陣営に機体をロストさせられて救援を求めるザフト兵や、連合軍捕虜を救出してまわった。

「確かに、レクイエムを密かに造っていた前議長は貴女方には悪なのだろう。
だがそれすら、貴女方が第三勢力として出現しなければデュランダル議長は、レクイエムを造らなかっただろうと私は考えるのですよ、ラクス嬢。

デュランダル議長は頭のキレるとても合理的な方でした。
デュランダル議長は、貴女が先の大戦の後、余計な真似をせずに、プラントを守ってくれていたら特別防衛ラインに計上していた『レクイエム』を造らなくても良かったと俺は考えてしまうのです。
とりわけ、ラクス・クライン嬢が大戦の後、オーブに降りずにプラントに居たら、あの悲劇的な平和の歌姫、ミーア・キャンベル嬢は少なくともラクス・クラインを騙り、死ぬことはなかった。
貴女が人知れずオーブに降りたことで、デュランダル議長は色々な事に追われていた大戦後に、貴女方がどう動くか要らぬ思考や対策を取らなくて良かったのです。
だが現実に貴女はおらず、且つフリーダムやジャスティスのソースが消えていたことや、エターナルが不明艦となったことで、デュランダル議長は貴女に、ラクス・クラインにプラントは裏切られたと感じたのです。

デュランダル議長は貴女方がプラントの味方ではないと、そう考えたのです。

クラインに、ザフトや議会は見張られている。
自分たちプラント最高評議会がなにか貴女の意に添えなければ、たちまち政権危機に陥る。
貴女には、どんな望みも叶えてくれる派閥も、中枢に食い込んでプラントの税金を自由に使える人材もいた。
デュランダル議長はさぞ悔しかったでしょうね。議会がプラントの歩む道を独自に決めたとしても、貴女と意見が合わなければそれは間違いだとして粛正される。
武力でもって粛正されることは、火を見るより明らかだ。俺とてそう思うだろう。
粛正には強大な軍事力を持つラクス・クラインが優秀なパイロットと共にエネルギー切れのない機体でプラントを撃ちにくると考えた。
しかもその優秀なパイロットは、話の通じるプラント第一のアスランではなく、ザフトを撃つことに躊躇のない人間だ。
焦りや、貴女がプラントに居ない怒りは次第に疑心暗鬼や憎しみを生んだ。
クラインの意に添わなければ貴女は粛正しにくるのに、貴女はプラントに対して『こうしてほしい』と要望は絶対に言わない。

君主にひれ伏す人間のような気持ちになり、自身がいかにプラントを大切にしたくとも、次々政策を打ち出したくとも、貴女が頭の隅に過る。
実質的な人質となったプラントが、キラ・ヤマトに撃たれ粛正されるその最悪の状態も一緒に!
何故こんな怖い思いをしなければならないのか、デュランダル議長は血を吐く思いだったでしょう。
貴女は、そんな事は思っていなくて、ただ、傷付いた恋人のキラ・ヤマトを支えるためにオーブに降りたのだとでも言うのでしょう。
でもそれを知る者はあの頃プラントには一人もいなかった。
貴女自身が誰かに伝えてオーブに降りていれば、デュランダル議長は疑心暗鬼にならずに済んだのです。

貴女は自分の意思は察してしかるべきだと、そのような考えだったのだろう?
解らない方がおかしいと、そう考えていたのだろう!?
だからアスランがあんなになるまで何度も何度も『よく考えて』と言ったのだ!
自分の意見は正しい。
解らないアスランがおかしいのだと!今言ったようにデュランダル議長がアスランに言ったことは本当に正しいのか、何か思惑があると、そう決めつけた。そうだな!

ユニウス条約を締結したことで、デュランダル議長の恐怖は倍増した。当たり前だ!
停戦し、一時でも平和になるのはいい。でもあの、消えた2機のソース。
あの核で動く2機がどこかで開発されていて、それが連合に知られたら。

開発しているのがオーブや他の中立国ではなくクライン派が・・・プラントが開発しているとするなら、条約違反の謗りは正当であり、連合は間違っていない。

条約違反の機体を開発していることが知られたら、これをもとに条約を反故にされる。
そうなればまた核の雨がプラントを襲ってくる。今のザフトには連合からの攻撃に対抗ができない。
条約違反を突き付けられれば、核での攻撃に加えて、条約違反の手続きや賠償を取らされる。
そこにはプラント市民の自由を脅かす何かが必ず組まれる。

クラインのせいで何の罪のない民間人が多くのものを失ってしまう。

だからザフトの戦力を維持するために、私を含めた銃殺刑になるはずだった若いザフト兵に、恩赦を出して現場に復帰させ、それでは足りぬと、パトリック・ザラが起案したプラントを守るための電磁波の網を構築すべく、レクイエムを含む特別防衛ラインを敷いたのです。
そして貴女をずっと探していた。
ミーア・キャンベル嬢をテレビに出したのも、いきなり核を撃たれてパニック寸前だったプラント市民を落ち着かせるためと、貴女方からの反応があると見込んでいたのでしょう。
プラントを思うならプラントに帰ってきてほしい。
デュランダル議長にとって、ラクス嬢。
貴女は、プラントにいて欲しい存在だった。
でも居ない。しかも貴女が敵なのか味方なのかも解らない。
何処にいるかもわからない貴女方に、コンタクトを取るにはあんな手段しかなかった。

アスランは罪に問われて、オーブに降りた。
彼にはオーブの監視がついているから動向はまぁ分かる。しかも彼自身にはプラントを守った実績がある。だからどんなことになっても、アスランはプラントを守ってくれると信用できる。

でもラクス嬢。
貴女方は、ザフトを撃ったという事実がある。
しかもフリーダムもジャスティスも作れるだけの基盤があり、貴女の願いに応えるクライン派はプラント中枢を牛耳っている。
貴女が声高に言う平和には不要な筈の条約違反の2機のソースが消えていて、貴女の艦もない。しかもデュランダル政権の前にパトリック様が計上したより数倍高いの軍用資金が消えている。
これで疑うな、信じろ、自分は平和の使者なのだと言う方がどうかしてると、俺は思いますよ。

ラクス嬢、貴女は何故先の大戦の終戦協議の前にエターナルを隠し、あの2機のソースを持ってオーブに降りたのでしょうか。」

それは、とても罪深い。
プラントへの重大な裏切りだ。


デュランダル政権の前年の一年間のプラントを運営していたクライン派を、俺は到底許すことはできない。
あのお金があれば、プラントの民はもっと楽になれた。
中立国から上がってきたコーディネーター難民に、プラント準市民権を与える代わりにプラントへの身売り同然の措置を願い出ることもなかったのだ。
特許の帰化や、ザフトへの入隊、準市民権の購入、遺伝子統制の相手との結婚なんてしなくとももっとスムーズに、禍根や争い無く難民を受け入れることができた。


経済破綻スレスレの終戦後に、クライン派は、パトリック様が出した軍予算の5倍の予算をどこかへやってしまった。
だからプラントへ救いを求めてやって来た中立国からのコーディネーターに、こんな申し出をしなくてはいけなかったのだ。

あの時のザフトを立て直すためのお金は、ラクス・クラインがフリーダムとジャスティスの開発資金に。
そしてエターナルの改修資金に潤沢に回されたのだと俺は考えている。
エターナルは、ザフトの軍艦でありながら、先の大戦後から行方不明となり、第二次大戦後にいつの間にか戻って来た艦だ。
ラクス・クラインの艦として周知されているこの艦の運用費は、先の大戦も、此度の大戦でもクライン家の財産から出たものではなかった。

同じ行動をしていたアークエンジェルは、きちんとオーブの軍艦としての登録がある。
先の大戦の中期から、此度の大戦の最後までアスハ家が主となって軍艦の補給や改修を行っているのだ。
かの艦の運用資金をアスハ家の財産から。
オーブの軍の予算から弾丸、弾薬が組まれていた。
かの艦に搭乗していたフリーダムやインフィニットジャスティスは、エネルギーに核を運用しているために、開発資金を除けば、実質の運用資金はゼロに近い。
艦や機体の修理費はオーブ軍の予算に組み込まれている。
ユニウス条約に違反しているが、あの2機の機体やアークエンジェルは、実質オーブ軍の位置付けなのだ。


これと比べてエターナルは謎が多い艦だ。
まず、どこからお金が出ているかが定かでない。
そして、プラントの艦でありながら、ザフトに在籍していない。
クライン家のごく私的な軍艦ということになる。

これまでは、クライン派閥の党内の人員からの支援金なのだろうと考えられていたが、今回のクライン派の排斥で、関わっているであろう派閥の議員の資金を洗ったが、大きな金銭がどの議員も動いた形跡はなかった。

ラクス・クラインの持つクライン家の資金ではない。
派閥からの支援金でもない。
そして、ザフトは終戦後の一年間、パトリック様が組んだ軍用資金の5倍の金がどこかへ消えている。

ならば考えられることは一つだ。

ラクス・クラインは、ジャスティスとフリーダムの作成開発費用と、エターナルの運用費用を、国家予算から横領したのではないか、ということだ。でなければ説明がつかない。
あの2機の新型の開発とエターナルの修繕や補強は、途方もない金がかかっている筈なのだから。その出所が解らない等本来ならあり得ないのだ。

「あ、あの2機は、平和のために必要だったのです!」

頭を押さえながら青白い顔でそう答えるラクス・クラインに、ジュール派の面々は顔をしかめた。
武力が必要だとて、条約違反のアレを持ち出すのは違う話だ。

「それで?どうお考えなのですか?」

促すと、ラクス嬢は絶望したような顔でこちらを見下ろした。

「平和とは、貴方が言うところの平和とは、対話にあるのではなかったのですか?なぜ、あの2機が必要だったのです。
俺には到底解らない。
そして、貴女方が言う平和は、どこにとっての平和だったのでしょうか。
貴女は、ザフトが在ることを良く思っていない。ザフトは平和を脅かすとも思っておられる。それで?あの終戦後になぜ、プラントの誰にも言わずに機体のソースだけ持ってオーブに降りたのですか。なぜ平和に不要な2機を作り上げたのです。」

「ジュール隊長・・・あ、あの時は、わ、私がプラントに居ることで、プラントは歩みを止めるかもしれないと、そう思ったのです。
私がいれば、私の意見が通り、皆様が平和について真剣に考えずに・・・また、一人の意見でもってプラントが成っていくのだと。・・・っでもそれは!真の平和には行き着かないとそう思ったから、オーブに降りたのです。
そしてあの2機は、平和への願いとして戦争への抑止力になればと考えたのですわ・・・!決して、私はプラントを裏切ってなどおりません!あの2機は、私の平和への願いなのです!」

「それは貴女らしい平和への願いですね、ラクス嬢。
強大な武力を持ち出してきて、銃口を向けたまま『やめろ』と対話をもちかけると。皆喜んで武器を捨てることでしょう。
ラクス嬢。貴女の考えは大変矛盾している。貴女は何をもって平和と成るのでしょう。」
「・・・・ッそんな!」
「皆が争いをしないようにするには、貴女は真剣に考えたのでしょうか。
争いを無くす条件は何が必要ですか?
武器を作らないことでしょうか。停戦がずっと続くこと?不可侵領域を設け、そこに何人たりとも入らないこと?・・・それとも差別が無くなることでしょうか。それとも人が嘘をつかなくなること?
私は、ラクス嬢。
真の平和は、人類はナチュラルもコーディネーターも居なくなることだと考えています。」
「そんな暴論!」
「全ての人間が手を取り合い仲良くするなど、そんなことは今までの歴史上、誰にも成せなかったことです。
人類の歴史は争いの歴史。
私はよく地球の歴史書を読みますが、地球で争いのなかった土地は、探さなければならないほどごく少ない。
利権やエネルギー資源や土地を巡って、人種の差、肌の色、或いは宗教で、或いは民族の違いで、性差で、殺しあい、貶しあい、怨嗟の応酬です。そこにコーディネーターとナチュラルが仲間入りしただけだ。
真の平和とは環境が脅かされず動物が自由に大地を闊歩することだと考えますよ。
動物たちは弱肉強食ではありますが、それは自然のサイクルの中の一部だ。全て地球によい状態で還元される。そこに人間は必要ない。
ですがこれは仰るとおり、暴論です。人類をなかったことには出来ないからです。
ならば人類にとっての平和とはなにか。

私は、私の家族が何者にも脅かされず、毎日を普通に過ごすことが、平和であり、その為には皆がみな、他人に不干渉になることだと思っています。」
「ジュール隊長!!プラントの守護神ともあろう方がそのような考えは間違っています!」
「最初に申し上げましたが、私と貴女は意見が違う。
私の考えは私の考えです。貴女に間違いと謗られる理由は無い。それは私と貴女は違う人間だからだ。
平和も正義も、生きてきた環境と、思想が大きく左右します。
貴女の思う平和は、貴女だけのものです。
貴女が理想とする全ての人間が手を取り合う優しい世界。実現できれば、それでもよいでしょう。それは貴女の考えであり、そんな考えもあるなと、私は思いますよ。
でも私の考える平和は、他人に不干渉になること。ナチュラルもコーディネーターも、必要な時に歩みより、それ以外はお互い無いものとして不干渉を貫くことだ。
色々やらかしてくれるブルー・コスモスの平和は、全人類からコーディネーターを排除することです。
そうすれば、ナチュラルが力を持ったコーディネーターに、自分達がしたように虐げられるという未来はやってこないからです。
オーブの平和は、現状維持です。
ナチュラルもコーディネーターも人間として受け入れる。小競り合いはあれど、もし我慢できなくなったらプラントなり連合なりに行けばよい。中立国はどちらとも隣人ではあるが、友人ではない。ただし、どちらかが攻めて来た場合、武力でもって自国を守る。
わかりますか、人間が思う平和とはこんなに千差万別なのです。

私の友人は、ピアノを弾いている時が一番平和だと話していました。
私の副官は、女性とカフェでコーヒーを飲みながら話している時が一番平和だと感じると。
地球の書物では、部屋の中に同じ境遇の仲間といて、お喋りに興じながら刺繍や織物をするときが平和と書かれているものもあります。外は怖いからと。

こんなに平和についての考えがバラバラなのに、貴女は貴方の平和を強制しようとされる。それは何故ですか?それで本当に平和になるとお考えでしょうか。よく考えて、お答え下さい。」


11/11ページ
スキ